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「はい、じゃあこの答えを・・・苗字」
外で体育をやっている顔見知りの後輩の姿を追っていた事が悪かったのか。今日の日付は私の出席番号ではないのに、話を聞き流していた教科担任に当てられた。
どうやら今の時間、教科書の例題を解いていたらしい。
教科担任がページ数と問題番号を口頭で指示するも、私が開いているそれとは一致していないため、どの問題を出され、どのような答えを期待されているのか分からず、勘ですらかすりそうもない。
どうしたものか・・・いざ当てられてその場で答えが出るほど私の頭は良くない。「分かりません」という解答が嫌いな教科担任で有名であるため、あまりその言葉を出して機嫌を損ねるような真似はしたくないのだが・・・と思いつつ口を開こうとした瞬間、隣から長い腕が伸びてきて、小さな紙が机の上に置かれた。
『・・・カップリング・・・?』
「そうだ。さっきも説明したが、二つの分子を結合させて一つの分子にする化学反応の事だな。」
座っていいぞ、と声をかけられ腰を下ろす。
腰を下ろす時に腕の伸びてきた方向を見ると、その正体である男は頬杖をついて口元を隠しこちらを見ていた。
ニヤリと口元が緩んでいるのがすぐ分かる。
調子に乗られるのは癪だが、助けてもらったのは確かであるため、小さく『ありがとう』とだけ言い、今度こそ授業に集中することにした。
外の体育では、後輩がシュートを決めていた。
「どうだった?俺のスーパーアシストは」
授業が終わり、机の上を片付けてお昼ご飯の用意をしていると、隣からすかさず声がかけられた。
「全く誰かさんは教科書も追わずに外のサッカーボールを追っちゃって・・・」
俺以上のイケメンでもいたの?といつものように冗談を言うのは、高校3年間ずっとクラスメイトで、やたら席替えで隣になる事の多い黒尾鉄朗だ。彼が先程の小さな紙の送り主。先生の質問に対する答えを教えてくれるというスーパーアシストをしてくれた張本人。
『リエーフ君のクラスだったから』
「え、お前ああいうのがタイプなの?」
『・・・大きいから目立つでしょ』
楽しそうにサッカーをプレイするリエーフくんの姿は離れた教室からもよく分かった。
ちなみになぜ私がリエーフ君を知っているのかと言うと、リエーフ君は黒尾の後輩であり、黒尾と歩いている時によく会ったり話をしたりするからである。
元々彼が人懐っこい性格であるためか、彼の押しに負けたというか、社交性があまり高くない私でも自然な流れで打ち解けたのだ。
そんなリエーフ君に対して黒尾は「必要以上に懐かれると面倒臭いからあんまり仲良くするな」と何故か不機嫌になったりもするけど。てかなんで今タイプの話になった?
「ま、俺の方がイケメンだしな」
『・・・早く購買行かないと売り切れちゃうよ』
「スルーですか」と言いジト目を向ける黒尾をよそに(ジト目を向けたいのはこちらである)、財布を用意して立ち上がる。後ろから黒尾が付いてくるのを察知しながら、購買へ向かった。
***
「あ!苗字さーん!」
購買で無事にパンを買うと、体育が終わったリエーフ君が大きな体を揺らしブンブンと手を振って駆け寄ってきた。
『リエーフ君、体育お疲れ様』
「あざっす!俺今日めちゃくちゃシュート決めたんですよ!」
『見てた見てた。かっこよかったよ。』
「ほんとっすかー!嬉しいっす!」と尻尾がはえていたらこちらもブンブン振っているだろうなと嬉しそうだ。一方黒尾は、「俺もいるんですけど」とリエーフ君を睨みつけている。
「当てられた問題が答えられたのは俺のおかげだけどな」
『・・・だからありがとうって言ってんじゃん』
「また夫婦喧嘩ですか!駄目ですよ仲良くしないと!」
ニコニコと声を張るリエーフ君は、『夫婦じゃないんだけど』という私の突っ込みを無視し「じゃあ俺教室戻りますねー!」と嵐のように去っていった。
「夫婦、ですって。俺達もカップリングしちゃいます?」
先程の授業での解答を再び、上手いこと言えたと言わんばかりのドヤ顔をする黒尾を無視して私は教室へと歩きだした。