油断したら負け


"ちょっと早く着きすぎちゃった"

信介との待ち合わせ前に今日発売予定の新作リップの下見に行った私。しかし、目当ての商品の入荷が遅れているとのことでお店には数日後からしか並ばないらしく早々に退店することとなり、約束の時間より約30分早く待ち合わせ場所である駅に着いてしまった。
とりあえず着いていることは連絡しておこうかな、と信介にメッセージを送り、例の新作リップの商品ページやレビューを見ながら彼の到着を待つ。



「お姉さん、一人ですか?」

待ち合わせをするといつも信介が先に着いて待っているから、私が信介の到着を待つのってなんか新鮮だなあ、なんて思いながら待っていると、不意に声をかけられた。顔を上げると、信介じゃない人。知らない人。あ、もしかしてこれ、ナンパってやつ?

『・・・彼氏待ってるんで。』
「待ち時間にちょっとお茶とかどうですか?ご馳走しますよ?」
『結構です。すぐ来ると思いますから。』

本当に声かけてくる人なんているんだ、と思いながら、しつこいナンパ男をどうしようか考える。無視し続けるのも無理があるしなあ、だからってどこかに行くあてがある訳でもないし・・・。

「どうかしましたか?」

「ナンパ 撃退 穏便に」などと検索しながら、対応を考えあぐねていると、不意に声をかけられた。ナンパ男とは違う声。よく知ってる声。顔を上げると、知ってる人。信介だった。

「えっ、いや、その」
「なんや困ってそうやったんで声かけたんですけど、特に何もないならもうええですか?」

私を自分の背中に隠すようにして、ナンパ男と私の間に割り込む信介。慌てるナンパ男をよそに、信介は「行くで」と私の手を引いて足速にその場を離れた。



◇◆◇



「今日はえらい早く着いてたんやな。」
『あ、うん。ちょっと見たいものがあって・・・でもお店にまだ置いてなかったから、すぐ用事済んじゃったの。』
「で、待っとったら?」
『知らない人に声かけられた。』

改札を通って、電車に乗り込む。休日の割には空いていて、車両には私達と数人が乗っているだけだった。

「あかんやん、一人で待っとったら。」
『だってまさか、声かけられるなんて思わないじゃん。それに、信介もすぐ来ると思ったし・・・。』

信介なら遅刻もしないだろうからきっとそんなに待つ事なく合流出来るだろうと思って。案の定、信介は私が待ち始めてから10分くらいで到着したし。ほんと信介はちゃんとしているよなあ、なんて思っていたら、信介から予想外の言葉が発せられた。

「こんな可愛え子が一人でおったら、そら声かけたくもなるやろ。」

まさか信介の口からそんな言葉が出てくるなんて思わず、驚いて信介の顔を見るけれど、彼はいつも通り涼しい顔をしていた。けど、なんとなく、少し怒っているような気もする。

『わ、私の事、可愛いと思って声かける人なんて、』
「俺がその一人や。」

その言葉を聞いて、私、信介にナンパなんてされたっけ?と思って過去の記憶を遡ってみる。すると・・・。

『え、もしかして、春高見に行った時に声かけてきたのって・・・』

私が初めて信介と出会った、あの春高の会場での出来事を思い出す。出入り口はどこかと迷っていた私に、信介が私に声をかけてきたのだ。「どうかしましたか?」って。

「もちろん純粋に困ってそうやなって思ったのもある。けど、初めて見た時から、かわええ子やなって思っとったで。」

まさか、信介が私に声をかけた時からそんな事を考えていたなんて。みるみる顔が熱くなるのが自分でもわかった。恥ずかしい。話題を変えなくては。

『でもさ、私いつも信介の事待たせてるから、たまには私が先に待ってても・・・』

"ちゃんとしている"信介だから、待ち合わせの時は人を待たせる側ではなく自分が待つ側だろう事は分かっているけど、いつもそれでは申し訳ない。たまには私が待ってたっていいのではないか?と提案してみる。けれど。

「待ち合わせに遅れんようにするんは俺の中では当たり前のことやから、俺の事は気にせんでええ。何より、今日みたいな事があると困ってまうやろ?名前も、俺も。」

私が困っていたのはもちろんなんだけど、信介も困ってたんだ、という事実を知る。いや、今日のは困ってたというより、ヤキモチ、妬いてくれてたのかな。先程感じた小さな怒りの感情からも、なんとなくそんな気がする。ちょっと嬉しい、なんて喜んだのも束の間。

「それに、俺の事見つけた瞬間笑顔になる名前、可愛くて好きやねん。だから、これからも俺に先に待たせてや。」

恥ずかしがって話題を変えたはずなのに、信介はそれを知ってか知らずか、なおも私に追撃をしてくる。駄目だ、きっと何を言っても信介の良いようにいじめられるだけだ。

『わかった、わかったからもう何も言わないで・・・。』

顔を真っ赤にして降参する私に、信介は頭の上にハテナを浮かべつつ、真っ赤な私を見て笑っていた。
もう、これから待ち合わせの時に私はどんな顔して信介に会いに行けば良いんだろう。