いつからだろう。ピアノを弾くのが怖くなった。
私を、私とピアノだけを照らすスポットライト。それに反射する衣装の煌めき。静寂の中、この世に私とピアノの音色だけになる世界。誰にも邪魔されないこの世界が好きだった。
でも、もう戻れない。
いつの間にか、私は一人。ピアノの音が聴こえない、無音の世界に生きている。
「・・・ん?なあ、龍、なんか聞こえねえか?」
放課後、部活が終わって更衣を済ませ、正門へと歩いている途中。俺はどこか遠くから聴こえる音色に気付いた。
「え?何も聴こえないけど・・・」
「ほんとか?ピアノの音、聴こえる気がするんだけどな・・・」
「まあまあノヤっさん、早く行こうぜ!肉まん売り切れちまう!」
「お、おう!」
今まで放課後、ピアノの音なんて聴こえたっけ・・・。俺の気のせいか?と気にしないようにしようとするも、どこか引っかかるその音。音楽の事はよくわからないけど、何となく感じる、優しいような、でも悲しいような音色。弾いている人は、一体どんな人なんだろう。そんな事を考えながら、龍に急かされた俺は、その背を追いかけるように走り出した。
あの日から、俺は放課後聴こえるピアノの音の正体が気になるようになった。今まで気にした事もなかったのに、自分でもよく分からないが、気付いたらその音を探している。
ピアノの音が聴こえるのは、大体19時〜20時頃。部活終わりに聴こえる事が多い気がする。弾いているのは多分クラシック。曜日はバラバラ。この事から察するに、きっと部活でやっているわけではないのだろう。個人で弾いているとしたら、何故?趣味?素人の俺でも、上級者の腕前とわかるそれ。この腕前の人であれば、大体の人は家にピアノがあるのではないか。それとも、家で弾けない理由や家にはピアノがないといった理由があるのだろうか。
「あっ、龍すまん、俺教室に弁当箱忘れた!」
今日はピアノ聴こえなかったな、なんて考えながら歩く帰り道。坂ノ下商店を目前にしたところで、弁当箱を机の横にぶら下げたままであることを思い出す。時計を見ると、あと30分もしたら、校舎は施錠されてしまうところだった。急がなくては。先に帰っててくれ!と龍に一言声をかけ、俺は来た道を走って戻った。