赤葦京治
『はぁ、今日も推しがカッコよくて幸せです。』
部活終わり、部員数名でファミレスに来た俺達。いくつかのテーブルに分かれて座り、各々注文を済ませて料理の到着を待つ。
その間、名前さんが携帯を開いて冒頭の言葉を呟いていた。名前さんの推しは今日もカッコいいらしい。そしてそれで名前さんは幸せらしい。『ありがとう・・・』と携帯の画面を眺めて溜息をつきながら合掌している。
「苗字ってホント推し?の話しかしないよなー。」
オタクってやつ?と言いながらパスタを豪快に口に運ぶ木兎さん。
名前さんは某男性アイドルグループのファンである。そして、その中でも特に好きな人・・・所謂"推し"がいて、その人の情報やSNSを追い、ドラマや映画、新曲についても隈なくチェックしている。巷でオタクと言われる類の人間なのだろう。推しに対する熱量なら多分ここにいるバレー部員の部活への熱量と同じくらいと言っても過言ではないのではないだろうか。
きっと先程のは、本日予定されていた新曲の情報が解禁されたことを受けての一言だろう。ジャケット写真も公開されたに違いない。
「こないだも映画何回も見に行ってたもんねー。」
「休みの日は部活か推し活かって感じだよね。」
「そんなカッコイイの?」
『うん!歌もダンスも上手くて、顔も声も体型もぜーんぶカッコいい。』
木兎さんがパスタで口をいっぱいにしながら名前さんに聞く。
白福さんと雀田さんの言葉から、『興味があったらいつでも言って!』と言われ、名前さんの好きな物なら、と彼の所属するグループのライブ映像やミュージックビデオ、ドラマなどを一緒に鑑賞した先日の出来事を思い出しながら俺もパスタを食べ進める。確かに歌もダンスも上手かった。声や性格なども、確かに名前さんの好きそうな要素が詰まっている。演技は他のキャストと比較したらやや劣って見えたが、彼の本業はアイドルであるから仕方ないだろう。
「・・・赤葦ダイジョーブ?」
「何がですか?」
ふと、木兎さんが真面目なトーンで俺に声をかける。少し哀れみを感じさせるその表情。
「苗字に、赤葦が彼氏ってこと、忘れられてねえ?」
何を言うかと思えば。
芸能人への好意や憧れは、日常生活で関わる俺達へのそれと比べたって仕方がないから、俺は別に気にしていない。実際、名前さんの推しは世間一般で言う"イケメン"だ。
「忘れられてませんよ。それに、付き合う前から名前さんに推しがいる事は知ってましたし。」
推しに夢中な名前さんの彼氏である俺に対して、木兎さんはそんな心配を投げかけてきたけれど、俺は全くそんな事気にしたことはない。そもそも個人の自由であるし、そこにとやかく口を出すつもりもない。それに。
「推しがいても俺の事を好きになってくれたって事は、実質俺が最推しということなので。何も心配はしていません。」
「・・・ですって、名前サン?」
「そこんところ、どうです?」
俺の解答を受けて、マネージャーの二人は愉しそうな笑みを浮かべて名前さんに話を振る。
『二人ともわかってるくせに・・・!ていうか赤葦も変なこと言わないでよ!』
「あれ、違いました?」
別に変なことを言ったつもりはないのだが。真っ赤な顔で慌て出す名前さんは、最初こそ反論していたものの、何を言っても無駄だと思ったのか大人しく抵抗を諦めていた。
「なーなー、サイオシって何?」
「最も推してるって書いて最推しって言うの。」
「赤葦は名前の最推しなんだよ〜。」
「へー、推しにも色々あんのなー!赤葦が苗字に忘れられてなくて俺は安心した!」
そんな会話を聞きながら、少し調子に乗りすぎただろうかと名前さんに視線をやる。恥ずかしそうにして結露したコップの水滴をなぞっている名前さんが、ついに居た堪れなくなったのか逃げるように席を立つ。
「すみません名前さん。少し調子に乗りました。」
その後を追うように、俺も自分のコップを持って名前さんの立つドリンクバーまで歩く。
声をかけてしばらくの沈黙の後、ドリンクを入れ終えた名前さんが小さく口を開いた。
『いいよ別に。・・・ほんとのことだから。』
そう言って恥ずかしそうに視線を逸らしながら名前さんは足速に席に戻っていった。
俺の推しも、今日も可愛くて幸せです。