黒尾鉄朗
『ねぇ〜〜〜待ってほんと無理!』
研磨の部屋に転がり込み、俺はバレー雑誌、研磨はゲームをしていたところ、名前が急に頭を抱えて叫び出した。
「マイちゃん?」
『マイちゃん。無理、超可愛い。見た?ライブ映像公開されたの、見た?』
「見てねーけど。」
『もう超可愛いからとりあえず見て!』
「・・・うるさいんだけど。」
こちらをジト目で見つめる不機嫌そうな研磨とは対照的に、名前はとてもハイテンションでひたすら可愛い可愛いと口にしている。
動画を見るよう促す名前に大人しく従い、どれどれ、と名前の隣に座って一緒に携帯を覗き込む。
最近人気急上昇中の女性アイドルグループ。そのメンバーの一人であるマイちゃん。少し小柄で幼い顔立ちが特徴的。グループの中での人気順位としては真ん中ぐらいらしいのだが、常に一生懸命、努力を怠らず、前向きに自分の技術を磨いていく姿勢が名前は"推せる"らしい。キラキラと輝く姿、一生懸命頑張る姿が、こんなにも他人を幸せに出来んのなあ。推しってすげえ。
「へー、そういう衣装も似合うんだな。」
『そうなの!可愛い系も似合うけど、綺麗めな感じもこれはこれで最高に可愛い・・・。いやあ、鉄朗もマイちゃんの魅力が分かってきたねえ!私は嬉しいよ!』
マイちゃんを褒められて満足気な名前。いやいや、だってマイちゃんの魅力について何回アナタから話を聞かされたと思って。まあ、実際衣装も似合っているとは思うけれども。
もう一回見よ!と言い、ウキウキで再生ボタンを押す名前。名前が幸せそうで何よりです。
『ちなみに、クロは誰推し?』
ふと名前が俺の方を見て言う。私はマイちゃん推し!なんて食い気味に言われ、改まって言われなくても分かってるっての・・・なんて心の中で少し呆れる俺。
『うーん、リナちゃんは一番人気だけどクロのタイプとはちょっと違う感じするしなー。エリちゃんとか好きそう!』
こちらの反応はお構いなしに一人で喋り、動画をスキップしたかと思うと、『これ』と動画の中で踊る一人の女の子を指差す名前。名前が指差すエリちゃんは、スラリとした体格でサラサラの黒髪ロングを靡かせ、クールに歌って踊っている。まあ、どちらかと言えばタイプではある。が。
『合ってる?』
「残念。」
『えー!絶対エリちゃんだと思ったのに!』
名前は余程自信があったのか、うそー!とかなんでー!とか言って悔しそうな様子。
『じゃあ誰が推しなの?』
「んー、俺の推しはー・・・」
どうやら、よく一緒にアイドルグループの動画を見ている(というより名前に見させられている)からか、名前は俺の推しが気になるらしい。
俺はしばらく考えるフリをして、指をさす。すると、先程までの騒がしさが嘘のように静かになり、名前の大きな目がさらに大きく見開かれた。
「名前ちゃん、だな。」
マネージャーとして一生懸命やってる所も、頑張りがちょっと空回りしちゃう所も、それを気にして落ち込む所も、こうやって推しに夢中な所も、全部俺は可愛いと思ってるから。俺の推しは、名前ちゃんです。
『ちょっと、その、待って、今のは、そういうのじゃないじゃん!』
「すぐ顔真っ赤にする所も推せるわ〜。」
可愛い可愛い、と愛でていると、反対側から痛いほどの視線を感じる。ゲームから視線を上げて、これでもかと言うほど怪訝な顔をした研磨からの視線だった。
「ちょっと。そういうのは俺のいないところでやってくれない?」
「わりーわりー。」
謝罪の言葉を口にしながらも反省の色がない俺に対して、「全く・・・」とため息をつきながらゲームに視線を戻す研磨からは、いつもの事だから今更何を言っても意味がないという研磨の諦めすら感じられる。それでも部屋に転がり込んでくることを拒否しないあたり、この幼馴染も、俺や名前の推しの1人だったり。
「でもさ、研磨。俺の推し超可愛いからとりあえず見てくんねえ?」
「・・・はいはい。分かったからその真っ赤に固まった推しとやらを早く連れて帰ってよ。」
やれやれ、今日はここまでらしい。研磨の機嫌を損ねる前に退散しますか。隣で動かなくなった名前を抱えて、研磨の部屋を後にした。