くねくね

(洒落怖×ゲゲゲの鬼太郎)


ジリジリと焼け付くような日差しの中、自転車を押して歩く。運の悪いことに後車輪がパンクしてしまったのだ。回転させる度、ガガガッと馬鹿みたいな音を立てる。本当なら今頃はとっくに家に帰り、クーラーのついた涼しい部屋でアイスを食べているはずだっていうのに。

「サイアク……、」

汗を吸い上げたカッターシャツが肌に張り付いて気持ち悪い。今すぐにでも冷たいシャワーを浴びたい。蝉がうるさい。直射日光で頭が熱い。私のイラつきは募ってゆくばかりだった。

一瞬、むわりとした生暖かい風が全身を撫でるように吹いた。うげえ、なんだ今の。キモチワルイ。私は顔をしかめたまま、ふと田んぼの方に目を向けた。青々とした稲が水田一面に植え付けられている。


「えっ……」


なにかが、いる。ここから見える水田の1番奥に、ナニカがいるのだ。なんだ、あれ?

あまり視力の良くない私は、目を細めながら水田の奥にいるナニカをジッと見つめる。白い物体が、くねくねとひたすら奇妙身を捩らせている。大きさは人間の子供くらいだろうか?ここからでは遠くてよく見えない。


「案山子……?ビニール?なんだあれ……」


私の独り言を呑み込むほど、アブラゼミがこれでもか、というくらい力一杯に鳴いている。とてもうるさい。なんだ?あれ。


… … … … 見 タ イ 。


あの白いモノの正体が一体なんのか、堪らなく知りたい。このまま帰ることなどできない。自転車がガシャン!と派手な音を立てて倒れる。だけど、そんなこと、どうだっていい。私は今すぐにでも、アノ白い物体の正体が知りたくて堪らない。見てみたい。触れてみたい。知りたい。アレがなんなのかを。今すぐ。


「やめておいたほうがいいよ。」


声がした方を見れば、小さな子供が私の腕を掴んでいた。長い前髪で片目を隠している。その目が私をジッと見つめる。しばらく時が止まったような気さえした。アブラゼミの声は相変わらず鳴き止まない。突然脱力感が私を襲い、一気に我に帰る。前を見てみれば、あと一歩というところで、私は水田へと足を踏み入れるところに立っている。


「わっ、」

ヨタつきながらも数歩後ろに下がる。男の子は未まだ汗でぬるつく私の腕を掴んでいた。


「……アレは何?」
「わからないほうがいいです。」


キッパリとした口調で言う。

「おねーさんも、“ああ”はなりたくないでしょう?」

背筋が凍るというのは、こういう時に使う言葉なのだろう。汗も一瞬で引いていくような感覚だった。怖くて水田の方を見ることができない。何故だかはわからないが、涙が溢れ出てくるのだ。情けないが今はこの子の前で震えながら、ぐすぐすと泣くことしかできない。


「……大丈夫。アイツはもういません。何も知らないまま、早く家に帰るのが一番です。おねーさんが魅入られてないとイイけど。」

「魅入られるってなに!」

恐怖で混乱しているからか、思わず大きな声が出てしまった。これじゃあ逆ギレだ。男の子が私を掴んでいた手をゆっくりと離す。私はごめんなさい、と小さく呟きその場にしゃがみ込む。本当に情けない。


「さっき無意識にあっちに行こうとしてたでしょう。呼ばれてるんですよ、魑魅魍魎、怪奇の類に。」

「……………………、」

「そんなに泣かなくても大丈夫。……僕はゲゲゲの鬼太郎。おねーさんに何かあればすぐに駆けつけますよ。」

……変な子供。そんなことを思っていると、鬼太郎くんは自分の髪の毛を一本引き抜いて、倒れた私の自転車カゴから飛び出した通学カバンからルーズリーフを一枚抜き取り、慣れた手つきでそこに髪を挟んだまま折り込み、小さな封筒の様なものを作った。怪訝な顔をした私見ると「お守りです」と私に差し出した。

「これでおねーさんがピンチの時、僕がいつでも駆けつけられます。」

「ウソだあ……、」

「人間の世界でいう、探知機みたいなものですよ。」

「……鬼太郎くんも、魑魅魍魎の類なの?」


私の問いに彼はニッと笑うばかりで、何も答えない。そして「それを使う時が来ないといいですね。」という言葉を残し、カランコロンと下駄を鳴らしながら反対方向へと歩いて行った。

私も彼が言ったよう早く家に帰るべく、『お守り』をスカートのポケットへとしまい、通学カバンをひっ掴み、倒れている自転車を立て直して足早に帰路を辿るのだった。


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