天使だって恋をする

「今日いつもの時間に行くから。」

ぴこん、という音とともに簡潔な一言が画面上に現れる。こっちの予定なんてまるで無視、みたいな素っ気ない内容に小さく溜息をつき、画面をタップしてトーク欄を開く。「了解。待ってるね。」と返し、以前買ったうさぎのスタンプを押そうとして…、辞めた。押したところでどうせ既読だけで終わるのだから。いや、別に返信を求めているわけでは無いけれど、何も反応を返してもらえないと分かっているのに可愛いスタンプを送るのは何か嫌だった。残りのココアを飲み干しカフェを出る支度をする。少し離れた席で、同い年くらいの女の子たちが好きな人とのLINEのやり取りがどうのこうのと騒いでいるのが聞こえた。頬を桃色に染めて、楽しそうに笑いながら。

−−少しだけ、羨ましいと思ってしまった。



付き合っているわけじゃない。私の親族が九条さんと知り合いで、気がついたら私たちも自然と話したりするようになっていた。天が13歳で留学した時も時差に気を遣いながら時折連絡は取り合っていたし、友人くらいのカテゴリーには入れてくれている、と思う。天はお人形さんみたいに整った顔立ちをしているけれど、私の好みでは無いし、初恋も彼では無い。こういう恋バナはした事ないけれど、天だってきっと同じだと思う。

以前、留学中に向こうで好きな人が出来たりしたのか聞いたことがある。すると見る見るうちに不機嫌になり、そんなものにうつつを抜かすために留学した訳では無いと怒られてしまった。そのまま会話は終わってしまい、結局何も教えてくれなかったけれど、もうお互い18年も生きているのだから恋のひとつやふたつ、経験していても何もおかしくはない。

それに、芸能界に入ったら周りは美形の人ばかりで、そんな美人な女優さんに言い寄られたら流石の天も心が動いたりするかもしれない。スキャンダル雑誌に載せられて潰れてしまった芸能人は沢山いる。

…まあ天はプロ意識高いし、スキャンダルになるようなヘマをする可能性は限りなく低いと思うけれど。


もし、天に好きな人が出来たとして。自分の気持ちより他人の期待に応えることを優先しようとする人だから、きっとそのまま心の奥に押しとどめるのだろう。今の天はもう私の幼馴染の九条天では無くて、今をときめく大人気アイドル『TRIGGER』のセンターなのだ。きっとファンを不安がらせるような行為はしない。

誰にも悟らせず、独りで咲かせ、その日が来たら延命させようとはせずに、静かに散らせるのだと思う。私のことも、いつかは切り捨てる日が来る。


私は、いつまで天の隣にいられるのだろうか。





ガチャ、と鍵が回った音ではっと我に帰った。カフェを出てからの記憶が曖昧だが、どうやら無意識のうちに家に帰って来ていたらしい。足音が近付いてくる。


「ちょっと、既読無視したでしょ。」


ソファに座ってぼうっと考え込んでいた私の前に回り込み、腰に手を当てて睨んでくるのは先程まで私の頭の中を独占していた幼馴染、九条天だ。カメラの前では決して見せない、ほんのひと握りの近しい人しか見れないその表情。天の言う「いつもの時間」はもっと遅かったと思うけれど、今日はどうしたのだろう。


「いつもはすぐ返信来るからどうしたのかと……。ねえ、ちょっと、聞いてる?」

「え、あっ、ご、ごめん。…え?既読無視?してないと思うけど…」


ピンク色の宝石みたいな瞳に睨まれ、慌てて携帯を確認する。すると、送ったつもりでいたメッセージが送信ボタンを押す手前で止まっていた。

「ごめん!送ったつもりだった。心配してくれたの…?」

「はあ…。そんなことだろうと思った。…別に。」

「そ、そう。」

そう言ってそっぽを向いてしまった天。もしかしてメッセージがないことを気にして急いでくれたのだろうか。普段は素っ気ないのに、分かりづらいところで心配性なのだ。だって、ほら、白い頬が桃色に薄く染っている。気にしてくれた証だ。思わずふふ、と笑うと「何?」と睨んでくる。

「天に心配を掛けることが出来るって、これも幼馴染の特権かなあ、って。」

携帯の画面をとんとん、と指でノックしながら言うと、天はムッとした顔で私の手から携帯をするりと抜き取り、近くのテーブルの上に置いた。私の手を覆うように手を重ね、整った指先を私の手に絡める。そのまま自分の口元へ持っていき、軽くリップ音を立てたあと、天使の囁きのように甘く、でもどこか意地悪そうにその声を響かせた。


「−−僕は、幼馴染を卒業したいんだけど?」



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