駆け出す

今日のいつもと違うところは、夏でもいつもは半袖なんか着ないのに、今日は半袖着てたところ。

キャラクターもののTシャツなんて外にはあんまり来ていかないのに、部屋で着てたからいいやと思って外にも着ていったところ。

いつもはスカートなのにズボンをはいていったところ。

そんなところだった。

最近、なんかいつもと気分が違うなぁ、とは思っていた。

いつもと考え方が違う、とでもいうのだろうか。

思考回路がいつもと違うのだ。

いつもは考えないことを考えてしまう。

例えば、いつも聞く明るい曲ではなく、しっとりとした切なめな曲を聞いてしまう、だとか、

いつも男の人は苦手だが、いつもにもまして男の人が苦手になってしまったりだとか。

つまり、いわゆる「いつも違うから槍が降る」ような状態だったのである。






『…あー…今日も独歩イケメンんんん…』

独歩のキャラソンをヘッドフォンで聞きながら、いつも通り家に帰る。

今日も私の早出癖のせいで、病院に着くと受付のお姉さんの他に人は居なかった。

毎回早くてすみません、と思いながら診察やら何やらを受けて終えて、帰宅する途中だ。

『う…』

でた、最近よく出る貧血のようなもの。

視界が歪む。

私はメガネを外し、頭に手を当てた。

それでも流れてくる独歩のイケボに、

『うう…独歩ぉ…』

と思わず言ってしまうと

「…は?」

『…え?』

思いがけず返事が帰ってきたことに私も疑問符を浮かべる。

まだ歪む視界で相手をとらえる。

「…あの、…大丈夫ですか」

『え…?』

ちょっと待てよ、なんだこの聞き覚えのある声は。

というか…

「…というか、…何で、俺の名前…」

と言った彼に、私はすみません、と断りを入れてから目頭を摘まんだ。

「あの…?」

彼が困惑しているのが伺える。

すみませんね、ちょっと待ってください。

言葉にならない念を発しながら、ぎゅっと目を閉じ、しばらくしてから目を開ける。

なんとか、視界がクリアになった。

『…よかった』

ほっと息をつくと、彼が心配そうに言う。

「…あの、本当に大丈夫ですか。その、救急車とか…いや、こんな三十路手前のおっさんに救急車とか呼ばれたくないよな。どんな拷問だよって話だよな…」

とネガティブモードに入られる彼をようやく視界に入れて、私は漸く言葉を発した。

『…観音坂、独歩…』

「…!やっぱり、俺の名前…」

彼がばっと顔をあげる。

よかった、とりあえずネガティブモードから抜け出したようである。

だが、疑惑がこちらにかかっているのは明白だ。

『は、はは…』

乾いた笑いを浮かべるしかない。

…にしても、実際の(?)どっぽってこんなに大きいんだ…

観音坂独歩(?)を見上げる。

「…あの、なにか…?」

『…あ、す、すみません…』

やべ、思いっきり私怪しい人じゃん…

視線をそらすと、独歩の訝しげな視線が刺さる刺さる。

やべぇ…!

『…あ、あの!』

「はい!?」

私が思いきって声をかけると、独歩も驚く。

『営業!が、頑張ってください!そ、それじゃ!』

「…は!?」

思いっきり捲し立てると、独歩が困惑するのがわかった。

だが、言ったもん勝ちである。

『しつれいします!』

と言って頭を勢いよく下げると、私は駆け出した。

「え!?ちょ…!」

独歩が思いっきり困惑してるのがわかるが、ごめんなさい。

推しに長時間見つめられるなんて耐えられない…!(疑惑の視線だが)




駆け出す

(どこに向かって?それは私も知らない)