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さて、この驚きを一体なんと表現すべきだろうか。

「この人見たことある……!!」

この世界に来て1ヶ月と少し。用途は寝泊まりのみ、とでも言うような簡易的すぎる私の部屋にようやくテレビが導入された。本当はずっと欲しかったのだけれど、残念ながらそんな我儘を言える立場にもなく。そのことを知った香山さんが「テレビがないなんて有り得ない!あんたどんだけ気が効かないのよ!」と相澤さんに訴えてくれたおかげでやっと手に入ったのだ。

いいぞ、もっと言ってやれ!と思いながら私はその様子を見ていた。ちなみに香山さんは私にとって女神のような存在で、洋服や下着、そしてコスメやスキンケアに至るまでの全てを揃えてくれた人である。仮にこれが相澤さんなら、ここまでの準備はしてもらえなかったことだろう。この1ヶ月で相澤さんがどれだけミニマリストな人間かはある程度分かっているつもりだ。だから香山さんの存在はとにかくありがたかった。例え彼女の準備するものがことごとく派手だろうと。

さて、そんな女神様のような香山さんと、The気の利かない男相澤消太の話は置いておいて、問題はたった今導入されたばかりのテレビから流れるこのCM――――で愉快に空を飛んでいるヒーローについてだ。

「お前の世界にヒーローはいないんじゃなかったのか?」

テレビを運んでくれた相澤さんが、まじまじとCMを見つめる私に問い掛ける。

「あ、はい。そうなんですけど……なんかこの人見覚えあるんですよね」
「こっちじゃ知らない奴探す方が難しいがな」
「そんなに有名な方なんですか?」
「平和の象徴、オールマイト。日本じゃ天皇の次に有名だろうよ」
「オールナイト……」
「オール"マ"イトな」

"一晩中"だなんて随分と陽気な名前だなと思ったら"全能"でしたか。それならいかにも無敵のヒーローといった名前である。相澤さんは「そういう反応は新鮮だな」と少し物珍しそうな顔をした。

「で、オールマイトを知ってるのか」

少し気怠げな相澤さんの視線がちらりと私に向けられる。この人は何も考えていないように見えて、その実めちゃくちゃ洞察力がある人だ(と思う)。ゆるゆると会話をしつつ、きっと探りを入れているに違いない。

なにせこの人はヒーローと呼ばれる人間である。とは言ってもそれがどれだけ凄いことなのかは私には分からないが。ポイントはもう一つの肩書きの方だ。"雄英高校ヒーロー科の教師"というやつ。

そう、彼は偏差値79のヒーロー学校の先生なのだ。超絶エリートを指導する立場の人間が凡人なわけが無い。そんな人が私みたいな素性の怪しい人間(自分で言って悲しくなるけど)とほのぼの談笑するはずもなく。何故なら私はこの学校で保護"観察"の立場にあるのだから。

だけど私みたいな凡人が彼を前に隠し事が通用するとも思っていない。自分のことは洗いざらい話してさっさと信用を勝ち得た方が得策だろう。

「テレビでちらっと見たくらいですけどね」
「へぇ、そっちのオールマイトはタレントか何かか?」
「いえ、アニメのキャラクターです。似てるだけかもしれませんが」
「……アニメ?」
「そうそう、アニメ化決定!とかそういうCMのやつで見たんです……多分。えー、やっぱり違う人かなぁ。私アニメとか詳しくないんですよねぇ」

どんなアニメか、と聞かれると全く分からない。学園もの?悪い奴と戦うやつ?なんだかそんな気はするのだけれど、大抵のアニメはそんなイメージだし、他のアニメと混ぜこぜになっている可能性も否定できない。

「個性がある世界線とない世界線と考えれば、同一人物がいても別におかしくは……しかしアニメか」
「まぁ、ヒーローっていう概念は私のところにもありましたからね。たまたま見た目が被っただけかもしれません。全く同じ外見かって聞かれるとちょっと自信ないですけど……」
「……まだ分からないことだらけだな」

相澤さんはがりがりと頭を搔くと「悪いな」とぼそりと呟いた。

「え?何がですか?」
「お前も早く元の世界に戻りたいだろ。だがその方法がまだ見つからん」
「……え、あ、」
「なんだ、戻りたくないのか」
「そういうわけじゃないですけど……まさか謝られるとは思ってなくて」
「これでも俺もヒーローなんだ。困ってる奴がいたら助ける。ヒーローの基本だよ」

申し訳ないことに彼に正義のヒーローという言葉はあまりしっくりこないのだが、どうやら正義の味方らしく私の心配をしてくれているようだ。きっと"面倒な案件"扱いされているに違いないと思っていた私は、彼の言葉につい呆気にとられてしまった。

「それからこれ」
「え?わっ――――私のスマホ!」

ヒョイと投げられたものを咄嗟にキャッチすると、それは慣れ親しんだ自分のスマホだった。私がこの世界に来て最初に個性を発動してしまったものだ。ある程度個性を扱えるようになって、元に戻すように言われてその通りにしたらそのまま回収されてしまったそれ。もう手元に戻ってくることはないと思っていたのに。

「悪いが中身を調べさせてもらった。俺は見てないから安心しろ」
「まぁ大した物は入ってないので別に……」
「ことごとくこっちの仕様と微妙に違ってるらしい。カメラ機能以外は使い物にならんとのことだ」
「じゃあ電話もメールも無理なんですね」
「流石にスマホなしじゃ不便だろうからこれから契約しにいくぞ」
「えっ」

テレビに次いでスマホまで?ありがたい提案に思わず上擦った声が漏れた。

「個性もコントロールできるようになってきたから外出許可が出た」
「えっ外出て良いんですか!?」
「しばらくは付き添い付きだがな。この辺の勝手も分からんだろう」

実はこの1ヶ月強、学校から出ることが禁止されていた。私の素性が分からないこともそうだが、何より個性がコントロール出来なかったことが大きい。ところ構わず紙が大量発生したら私も嫌なので、軟禁状態とは言え不満はなかった。取り調べや個性の使用訓練で忙しかったし、雄英高校のこの広大な敷地を歩き回れるだけで十分だったこともある。とは言え最近は学校探検も飽きてきたところだったので、とても嬉しいタイミングだった。

どこの馬の骨とも分からない私がこんな好待遇を受けられるだなんて、いい人に拾われたものだとつくづく思う。これが敵と呼ばれている犯罪者だったらと考えるとゾッとする。

「よし、じゃあ行くぞ」
「待ってください!化粧くらいさせて!」
――――30分後にまた来る」

あとはもうちょっと気を利かせてくれたらなぁ、なんてそれは流石に我儘が過ぎるだろうか。



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