嫌いな奴リストに入れた瞬間

「んんっ……!あんたとは合いそうにないっス!」
「はぁ?」

これは夜嵐イナサとの初対面時の会話であり、同時に彼を嫌いな奴リストに入れた瞬間でもある。「こちらこそだわ」という言葉が咄嗟に出てこなかったことが大いに悔やまれる。なにせこの会話が「好きなヒーローは?」「エンデヴァー」の後に続けられたものだったから尚更。エンデヴァーの支持層がおじさんで構成されていることは百も承知だが、こんなにも分かりやすくアンチ宣言されたのは初めてだった。

入学初日のこの日、彼は私以外のクラスメイトにも好きなヒーローを聞いて回り「シンリンカムイ!?俺も好きっスよ!」「エッジショット!いいっスね!」とクソデカボイスを披露していた。どうやらエンデヴァーだけがお気に召さなかったらしい。その様子に益々イライラが募っていく。

エンデヴァーと言えば誰もが知っているNo.2ヒーローである。あの平和の象徴オールマイトがいるから万年2位だなんて揶揄されることもあるけれど、それでも20歳で今の座に上り詰めて以降ずっとその地位を保持し続けている。彼の実力を語るにはその事実だけで十分だろう。

そんなヒーローだからこそ、これまでエンデヴァーファンを自称しようと「渋いね」と言われることはあってもそれを否定されることはなかった。それがあの男はなんだ。「エンデヴァー」の名を聞いた途端分かりやすく顔を顰めさせ、不愉快さを表し尽くすかのような表情をしてみせたのだ。

ああ、今思い出しても腹が立つ。



「えっ、雄英の合格を蹴った……?」
「らしいよー。夜嵐くんが話してるの聞こえちゃった」

友人から聞かされたまさかの事実に動揺してしまって「声デカいからねあのハゲ」と返すのが精一杯だった。あまりにびっくりしたせいで、鞄の中を漁っていた手がぴたりと止まる。何を探していたのかすっかり忘れてしまったのだ。「ハゲは辞めてあげなよ」「クソ坊主?」「うーん、ハゲよりはマシかも」なんて、今はアイツの呼び名などどうだっていい。

「……私、何探してたんだっけ」
「数学のプリントでしょー、昨日の宿題」
「そうだった。……あぁ、あったあった」

透明のクリアファイルに入ったそれを鞄から取り出して、昨日解いたばかりの問題を眺める。計算ミスをしていないか見直しをするつもりだったのに、頭に浮かぶのはあのクソ坊主のことばかりで。おかげで計算式が全く頭に入ってこなかった。

友人曰く、彼は雄英に推薦で合格したもののそれを辞退し、この士傑高校に一般入試で入ってきたらしい。声がデカくて頭のおかしい奴だとは思っていたが、どうやら本当にイカれているらしい。士傑は雄英に並ぶ名門校ではあるものの、そのネームバリューは雄英に劣るのだ。「雄英に匹敵する」と称されることからもそれは明白である。そのため倍率だって雄英の方が幾分も高い。

かく言う私も第一志望は雄英だった。一番の理由はエンデヴァーの出身校だから。だけど「士傑なら推薦できる」と中学の担任に言われ結局はこの高校を選んだのだ。レベルを落としたとは言え推薦組には違いないから、正直なところ夜嵐を見下していた。しかしアイツが雄英の推薦を蹴っているとなると話は変わってくる。私より夜嵐の方が格上?そんなこと受け入れられるわけがない。ただのうるさいクソ坊主であって欲しかった。

数学のプリントを眺めながらも結局別のことばかり考えてしまい、解答の見直しはひとつも進まなかった。そこへふっと影がかかる。

「ここ間違ってるっスよ!」

今一番聞きたくない声が聞こえたかと思うと、デカい人差し指がずいっと視界に現れて、手に持っていたプリントの問3を指さした。

「……聞いてないんですけど」
「その引っ掛けややこしいスよね!俺も間違いかけた!」

会話にならないこの男に頭痛がしてくる。今の今まで会話していた友人は急に口を閉ざしたかと思うと私と夜嵐を見てニヤニヤ笑っている。完全に楽しんでやがる。じとりと彼女を睨みつけるが馬耳東風、何の意味も成さなかった。

「……夜嵐、アンタ雄英の合格蹴ったってマジ?」
「え、なんで知ってるんスか?マジっスよ」
「なんで?」
「轟焦凍がいたから」
――――は?」
「だから、轟焦凍がいたから」

本日2度目の衝撃。轟焦凍って、もしかしなくともエンデヴァーの息子では?彼を理由に入学を辞退するなんて狂気の沙汰だ。むしろお近付きになりたいと思うところでは?いや、いちファンとしてヒーローのプライベートにまで首を突っ込むのはマナー違反か。一周回って「私なんぞがご子息と同じ学校など畏れ多い」と思うのは分かる。しかし夜嵐の場合は絶対にそういう理由ではないだろう。となると余計に「は?」である。

「やっぱアンタとは仲良くなれる気がしない」
「同感っス!」
「……コロス」

ガタリと立ち上がったところで「ちょっとなまえ、先生来てるから!」という友人の言葉によって制される。教卓の方を見れば数学の先生の刺し抜かんばかりの視線を食らい、渋々また席に腰を落ろした。その時には既に夜嵐の姿も消えていた。どうやら彼も怒られる前にとさっさと自席に戻ったらしい。「宿題ムズかったっスね!」と前の席の男子に話しかける声がこちらにまで聞こえてきた。

無駄に声のデカい夜嵐に更に怒りが募っていき、それを全てぶつけるような気持ちでぎゅっと彼の横顔を睨みつける。しかし彼はそんな事に気付きもせずに、お喋りを続けながら授業の準備に取り掛かったのだった。


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