あんたには絶対負けない
士傑高校体育祭、当日。学校関係者と限られた招待客のみで開催されるそれは日本中が熱狂する雄英体育祭に比べるとそれはそれは地味なものである。まぁ、かつてのオリンピックに代わるビッグイベントと比べた時点で、殆どのイベントがそういう位置付けになってしまうだろう。そもそも地味と言われるのは世間への露出度とそれに伴う話題性の低さが理由であり、体育祭の内容自体は雄英のそれに全く引けをとらないものだ。障害物競走に棒取り合戦、騎馬戦、そして1対1のガチンコ対決――――それら全てが個性使用有りで行われ、各学年ごとに1位から4位までの生徒が決まる。表彰された者は評価はもちろん、その後のインターン活動の希望が通りやすくなると言った特典付きだ。つまり将来に大きく関わってくる。とは言え、仮にそれがなくとも全員が必死に優勝を目指すに違いない。士傑生にとって表彰者に選ばれることはそれほど名誉あることなのだ。
「……あんたには絶対負けない」
「望むところっス!」
今年の1年生は始まる前から優勝者が殆ど決まっていたようなものだった。「夜嵐に違いない」とどの学年の生徒も、教師までもがそう噂していた。それだけ彼が群を抜いて優秀なのだ。2位から4位までの予想はそこそこバラけていたが、いくつか挙がる候補者の中にはなまえの名もあった。もちろん、周りがどんな予想を立てようと本人は優勝しか見ていないが。
そうして夜嵐もなまえも順当に勝ち進んで行き、最終種目である1対1のガチンコ対決でついにぶつかった。準々決勝でのことである。ここで負けてしまえば表彰台に登ることは叶わない。ステージに上がった2人を見て、誰かが「くじ運が悪かったな」と零した。これまでの種目全てぶっちぎりの1位で勝ち上がってきた夜嵐、その対戦相手のなまえに対してのものである。
「よろしくお願いしまァーす!!」
「……ッ!」
試合開始と共に夜嵐は突風を巻き起こした。常に強風を吹かせておけばなまえの個性が使い物にならないことは、夜嵐だってこれまでの授業で十二分に理解している。前の対戦相手はスタートと同時に風で吹き飛ばしたから、今回もそうなればいい――――そんな考えもあったのだが、そこは流石になまえも対策を練っていたらしい。
「……糸か!」
粘着性を高めた糸をステージ上に張り巡らし、それに蜘蛛のようにしがみついたのだ。夜嵐の足元で太陽の光を反射した糸がきらりと煌めく。風に巻き上げられないための策と同時に早くも夜嵐の動きを封じたなまえだったが、個性"疾風"は動けずとも発動できる。そもそもが遠距離攻撃に長けているから、なまえの作戦は対夜嵐には驚異になり得ない。もちろんそれは彼女自身もよく理解していた。
「どこまで耐えられるっスかね!?」
夜嵐が竜巻のような風を次々に彼女に向かって放つ――――が、なまえは風と風の隙間を縫うようにして、夜嵐の方へと突き進んだ。夜嵐の"風"は当然人の目には見えないはずだが、彼女の立ち回りは明らかに風を読んでいた。それも随分と正確に。そうしてついに夜嵐の元へと辿り着く。
「ゼロ距離なら風があろうと関係ない」
「っ!」
「私の勝ち」
夜嵐の腕を鷲掴み、彼女は個性を発動した。糸で拘束してしまえば後はどうにでもなる。しかし夜嵐はなまえの糸が自身に巻き付くその直前で、咄嗟に彼女を振り払い投げ飛ばした。身長190cm、筋肉質の彼にとってなまえを投げ飛ばすなど実に容易い。なにせ彼女はヒーロー志望にしては華奢であり、夜嵐に抵抗するためのパワーも持ち合わせていないのだ。
「だから筋トレした方が良いって言ったよな!」
「……ぐ、ッ!」
投げ飛ばされたなまえは数メートル先で地面に叩きつけられ、その勢いのまま場外になりかけたところをなんとかステージにしがみついた。とは言え傍から見れば殆ど勝負が着いたも同然だった。夜嵐もそう思ったのか、ずっと激しく吹き荒れていた風がふっと緩む。
それと同時に、ぎろりと夜嵐を睨みつけていたなまえが口角を上げた。
「油断してくれてありがとう」
「!?」
ぎしり、突然夜嵐は金縛りにあったかのように全く身動きが取れなくなってしまった。何かに縛られているようなこの感覚は間違いなくなまえの個性によるもの。
「あんたの風に極限まで細くした糸を紛れ込ませてたの。気付かなかった?」
「うわっ!?」
まるで釣られた魚のように夜嵐の身体が糸によって引っ張られる。場外まであと少し、というところで彼は一際強い突風を起こした。そのまま自身の身体を浮かせば、2人を繋ぐ糸によって今度はなまえが引っ張られる番だった。上に上にと引き上げられる力と、再び吹き荒れる暴風になんとか堪えていたなまえだったが――――
「っ、うそでしょ!?」
ついにはあまりの風の強さにステージの表面が剥がれ始めた。なまえの足元からガコッと鈍い音がして、床ごと空中へと投げ出される。そのまま彼女の身体は場外へ――――なまえの敗北が決まった瞬間だった。
「勝者!夜嵐イナサ!」
場外に吹っ飛んだなまえをステージの上から見下ろしながら、「いい勝負だった」と夜嵐は素直にそう思った。本当はもっと早く勝負がつくと思っていた。けれど想像以上に彼女がしぶとかった。
彼女の個性が解除され締付けがふっと緩んだところで、夜嵐はステージを降りなまえの元へと向かう。なまえにはいつも嫌な感情を抱いてばかりだが、今回初めて清々しい気持ちで彼女と向き合えた気がした。今なら仲良くなれる気がする、なんてことを思ってしまうくらいには。
「あんた強いな!すげぇ熱かった!!」
そう言って未だ地面にうずくまる彼女に手を差し伸べる。試合が終わればノーサイド。そこには勝者も敗者もなく、ただ良い戦いだったと相手を称えるのみ。そんな気持ちで彼女に伸ばした手だったけれど、一向に握られる気配はなくて。あ、そういえばコイツはこんな奴だった、なんてことを思いながらも彼女の顔を覗き込む。
「……え゛っ!!!」
そこには地面を睨みつける獰猛な眼差しと、そこからぼろぼろと零れ落ちる大粒の涙があった。