晴天の霹靂 

その日、晴天の霹靂と呼ぶに相応しい事件が宮侑の身に降り掛かった。あまりの衝撃に膝から崩れ落ちてしまったくらいだ。例えるなら、自身の片割れがバレーの道に進まないと知ったあの瞬間に匹敵する程の衝撃である。事件のきっかけは侑の彼女―――― みょうじなまえのひと言だった。

「こんなこといつまでも続けてられないしさ、そろそろお互い良い人見つけた方が良いと思うんだよね……」

それは前日に友人の結婚式に参列したなまえがグループメッセージに貼られた写真達を眺めながら零した言葉だった。それまで「はぁ〜ほんと綺麗だったなぁ」「そーなん」「みっちゃんが結婚かぁー私達ももうそんな歳なんだね」「せやなぁ」と適当な相槌を打っていた侑だったが、突然訳の分からない言葉を落とされて一瞬思考が停止した。それからゆっくり彼女の言葉を反芻して、やっぱり訳が分からなくて、大量の疑問符が頭の中を埋め尽くした。

「エッ????こんなことってなん???良い人?は?」
「いやほら、このままズルズルやってると婚期遅れそうじゃん。私子ども欲しいし」
「?????」
「侑も世間の目があるんだからさ、ちゃんと身固めた方が良いと思うよ」
「……えっと……それは……プロポーズ?」
「えっ?」
「えっ?」

どうやら違ったらしい。なまえの呆気に取られたような顔を見て侑は悟った。しかし「私もいい歳だしさ〜そろそろ結婚とかさ〜子ども欲しいしさ〜」という回りくどい結婚して欲しいアピールではないとすると(そもそもなまえはそんな察してちゃんでもない)、では彼女の言葉は一体全体どういう意味なのか。

2人は鳩が豆鉄砲を食らったような顔で暫し見つめ合あった。そしてどうもこれは伝わってないらしいとようやく感じ取ったなまえが「あー……つまり、」と気まずそうに視線を逸らす。

「この関係もう終わりにしよって言ってるの。私も結婚願望あるし……」
「いや!どういうこと!?前後が噛み合ってへんねん!!」
「え!?なんで!?」
「"この関係終わらせて次は夫婦やな!"って意味やないねんな?」
「う、うん」
「実は婚約しとる奴がおるとか?」
「いないけど……」

分からない。さっぱり分からない。どうやら別れ話をされているであろうことだけは分かった。しかしそれにショックを受ける余裕もない程に侑は混乱していた。そこにふと一つの疑問が思い浮かぶ。

「この関係って……どの関係?」
「え?」
「俺らの関係ってなんなん?」

ずいと近寄ってきた侑に、その圧に、ナマエは少しばかり仰け反った。それから酷く言いづらそうな顔をして、たっぷりの間を置いて口を開く。

「………………セ、……愛人?」

彼女の言葉は容赦なく侑の脳を打っ叩く。これぞまさしく言葉の暴力。その衝撃に侑は暫し放心した。ていうか今こいつセフレって言おうとしたやろ。

「……いや、なんで??どお考えてもカップルやん、彼氏と彼女やん!」
「え、えぇっ!?だって、付き合おうとか言った?」
「言っ…………てへん。でも分かるやろ!こう!雰囲気で!」
「でも好きとかも言わないじゃん」
「言っ……てるやろ流石にそれは」
「えっちの時と酔った時はノーカンね」
「なんやねんその謎ルールは!!」

そう突っ込んだのち、侑は大きなため息と共に深く項垂れる。今日エイプリルフールやったっけ、なんて見当違いな事まで考えた。そんな時期はとうに過ぎている。いや、仮にエイプリルフールだったとしてもこんなタチの悪い嘘はダメだろう。

「記念日もないしイベントを一緒に過ごすわけでもない、お揃いの物もなければ一緒に旅行に行ったこともない。それ、カップルって言う?」
「言う……やろ。え、言うよな?」
「……女子アナと2人でご飯行ったりモデルと合コンしてても?」
「…………それはちょっと、ややこしなるから一旦置いとこ(何でバレてんねん)」
「(逃げた)」
「っていうかこんな長い時間一緒おって何も思わんかったん?確認しよともならんかったん?」
「だって言ったら"めんどくさ"って振られると思って……いっぱいいる内の1人なんだろうなぁくらいに……」
「はあ?????」

一体俺のことを何だと思っているのか。いや、まぁ、こちらに非があることは分かったけれども。とは言え5年以上も付き合ってきた彼女に愛人関係と思われていただなんて。どこぞのすれ違いコントか。

そんな具合に苛立ちと少しの罪悪感が侑の中を渦巻いた。これでも侑なりになまえのことは大事にしてきたつもりだった。片割れには「もっと大事にしたれや」と言われ続けてはいるけれど。

「……お、俺のことは好きやんな?」
「好きじゃなきゃ一緒にいないよ」
「(その言葉そっくりそのまま返したい)……俺の気持ちほんまにこれっぽっちも伝わってへんかったん……?」
「えー、だって日本代表の宮侑だよ?何で私?って感じだし」
「……俺はずっと彼女や思っとったわ。ほんでお前も俺のこと好きなんやったら、関係終わらせんでええやろ?……このまま結婚、とか、」
「いや侑と結婚は無理でしょ、手に負えない」
「お前卑屈なんか人貶すんかどっちかにせぇや、しばくぞ」
「おまけにモラハラ」
「ぐっ……」

言い返す言葉もなく侑は思わず口篭った。そうしてぷつりと話が途切れたところで、これまでの会話を思い返し頭の中を整理した。

つまり彼女は、自分たちは愛人関係にあると思っていたらしい。そして今現在、婚期が遅れるのは嫌だからとそれを解消したいと考えている。ちなみに結婚相手として俺は"無理"。

―――― え、ほんまに別れんの?

突然導き出された答えに、宮侑は無意識のうちに「え、むり」と言葉を漏らした。それに対し怪訝な顔をしたなまえを無視し、がばりとその両肩を鷲掴む。

「ちょお、時間ちょうだい」

まずは落ち着こう、そのためには日を改めよう。それが今出せる最善の策だった。
- 1 -

× | list | 

top