ゴンッ!激しい音を立てて侑は持っていたジョッキをテーブルに叩きつけた。
「いつまでわろてんねん!!」
ひいひいと呼吸困難に陥りそうなほどに爆笑している目の前の2人にそう吠えるもなしのつぶて、笑い声は一向に収まらない。侑は自身の片割れである治と、高校時代のチームメイトである角名をきっと睨みつけた。「すれ違いコントか」と自身と同じ感想を口にした片割れが腹立たしくてしょうがない。
「こっちは大真面目に相談してんのやぞ!!!」
「あかん……ッ、……腹痛い……!」
「あーもう今の動画撮っとけば良かった。一生笑える」
「笑えへんわ!!!」
遠征で角名がこちらに来ると分かった時点で予定されていたこの飲み会。高校時代からの恋人であるなまえ―――― 厳密に言えば"恋人と思っていた"であるがそれは置いておくとして―――― をよく知る2人を前に、これ幸いと相談した侑は不本意にも爆笑を搔っ攫うことになった。いや、笑われることは十分に予想できていたのだが、それでも苦汁を嘗める思いでなまえの話題を口にしたのだ。背に腹はかえられぬ。しかしこうも笑われては腹も立つ。
「せやから大事にせえ言うたやろ」
「……サムまさか知ってたん?」
「んなわけあるかい。他の男に取られても知らへんでーくらいやったけど、まさか……ククッ」
言葉の途中でぱっと俯いて肩を震わせ始めた治に、侑はさらに眉間に皺を寄せた。話にならん、とその隣へ視線を移せば角名が顔の前に携帯を構えていた。
「……なにしてんねん」
「宮侑選手、今のお気持ちは?」
「ほんま最悪や―――― っておいコラ撮んなや、しばくぞ!」
「宮侑のモラハラ癖は続くのであった……」
「ブフォ」
「変なアテレコやめぇ!!」
そうやって散々弄られて、笑われて、ようやくそれが落ち着いたのは治の2杯目のビールが届いた時だった。店員の登場によってその場の空気が一旦リセットされたのだ。「空いたお皿お下げしますねー」と慣れた手つきで仕事をこなすその人が侑には救世主のように思えた。
店員が数枚の皿と治の飲み終わったジョッキを手に去っていったのち「で、侑はどうするつもりなの」と角名が言った。「別れんの?愛人と」と意地悪く口元を緩ませながら。
「愛人ちゃうわ!……俺的には。別れるつもりもあらへんし」
「でもこっから挽回は厳しいんとちゃうん?結婚も無理言われたんやろ?」
「せやからどうしたらええか相談してんのやろ!」
「……そもそもなんでみょうじはそんな勘違いしてたわけ?」
角名の問いかけに、侑は先日のなまえとのやり取りを思い返す。
なまえとの関係の始まりに「付き合おう」の言葉はなく、普段「好き」と伝えることもない(多分言うのはセックスの時くらい)。日々バレーに明け暮れてイベントを一緒に過ごした記憶もなく、お揃いの物を買ったこともなければ旅行に行ったこともない。極めつけは女子アナとの食事とモデルとの合コンの件までバレていた。
なまえに言われたことをなぞるようにそれらを口にすれば、治と角名の顔が見る見るうちに冷めたものへと変わっていった。
「ただのクズじゃん」
「それはもう別れたれよ。なまえちゃんのためにも」
「…………いやちゃうやん、今まであいつも何も言ってこおへんかったし…………」
「ていうかそれみょうじのことほんとに好きなの?」
「そうやなかったらこんな悩んでへんわ。束縛もせん、文句も言わん、ベタベタせん女なんか早々おらんし。俺はお互い自立した付き合いできる奴がええねん」
「…………それ好きな人っていうか、」
「ただの都合のええ女やな」
「……………………」
咄嗟に反論の言葉が出てこなかったのは何故なのか。侑は「あれ?」と心配になって慌てて自身の胸に問いただした。「俺あいつのこと好きやんな?」と。
ふとした時に会いたいと思うし、一緒にいて安心もする。彼女との会話は心地良いし、身体の相性だって良い。手放す気などさらさらないくらいには、なまえが侑にとってなくてはならない存在であることは確かだ。つまり、誰がなんと言おうと好きなことには違いない。恥ずかしいからこの2人には絶対に言わないけれど。
そうして侑が絞り出した言葉は「都合ええとかやなく……その……気に入ってんねん」と、なんとも上から目線のものだった。おかげで2人の視線は更に凍てついて、侑は居心地の悪さに思わずそっぽを向いた。
「それで挽回は余計無理でしょ」
「……せやからそこをなんとか…………」
「これはもう最初からやり直すしかあらへんな」
「"改めて俺と付きおうてください"言うんか?」
「学生からやり直せっちゅうことや」
「はぁ?」
治の言葉を補完するように「つまり諦めろってこと」と角名が続けた。全く頼りにならない元チームメイト達に侑は怒りよりも先に脱力感が来て、ばたりとテーブルに顔を伏せた。
これだけ長くなまえと付き合ってきたのに、今更他の女など考えられない。それが侑の本音だった。実のところ言い寄ってくる女はたくさんいるのだが、楽しいのは最初だけですぐに煩わしくなってくる。女子アナと食事に行こうがモデルと合コンをしようが、結局はなまえのところに落ち着くのがお決まりで。あれらはなんというかデザートみたいなもので、毎日食べていたら飽きてくる。それでいくとなまえは白米みたいなものだ。侑はそこまで考えて「あ、やっぱ俺クズかもしれへん」と不本意にも先程の角名の言葉がすとんと腑に落ちてしまった。
確かに自分は良い彼氏ではないのだろう。甚だ心外ではあるが、それはもう認めざるを得ないらしい。だからと言って彼女を諦めるつもりはこれっぽっちもないけれど。
さてどうしたものかと、侑はようやく伏せていた頭を上げた。まずはこの2人に文句のひとつでも言ってやらねばと息巻いて。
―――― それなのに。
「は…………?」
顔を上げたと同時に視界に入ったのは、治と角名の顔ではなく誰かの後頭部だった。さらにその奥には見覚えのある教師の姿。突然切り替わった景色に、侑の頭の中は真っ白になった。
(えっ?は、?……どゆこと???)
今の今まで確かに居酒屋にいたはずなのに、そこは授業中の教室へと様変わりしていたのだった。