04
「仕事を斡旋して欲しい」と言ったみょうじが鶴見と謁見できたのは、月島との再会から3日後のことだった。杉元の捕獲、脱走、兵舎での火災、そして二階堂洋平の死――――みょうじと月島が再会した日にあまりにも色んなことが起こったせいだ。むしろそんな状況の中、たった3日で会えたことの方が驚きである。裏を返せば、鶴見にとってそれだけ彼女の優先度が高いという証拠でもあった。
「月島から粗方話は聞いている。鬼殺隊、だったかな」
その日、鶴見は月島を連れ立ってみょうじの病室に来ていた。寝台に腰掛けるみょうじ、見舞い客用に置かれた丸椅子に座る鶴見、そしてそのすぐ後ろには月島が控えている。みょうじは月島を一瞥したのち、すぐに鶴見へと視線を戻した。
「申し訳ないが、その話を信じろというのは難しい」
「だろうね、普通の反応だと思う」
「――――何か証明するものは?」
鶴見の言葉に、みょうじは首を傾げて思案する様子を見せた。それから「ひとつだけ」と言って寝台の上でくるりと反転すると、何を思ったのか入院着の
「鬼に襲われた時の傷だ。証明にはならないかもしれないが、これくらいしか……」
その背中には肩甲骨から腰の辺りにかけて伸びる四本線の傷跡があった。引っ掻いた、いや、抉られたと言って良さそうなその傷。鶴見は彼女の背にそっと手を伸ばし、傷跡をなぞるように指を這わせた。そして一言「信じよう」と零す。鶴見の手が離れたところで、みょうじはさっと服を羽織り再び
「君には兵舎で雑用をやってもらいたい。ただ、こちらに来るのだから私に隠し事はなしだよ」
鶴見はにっと笑みを作ると、自身の
「それこそ信じてもらえないと思って。そうか、お金……」
「君は一体どこから、いや、"いつ"から来た?」
「……大正4年。この銅貨が発行されたさらに2年後だ」
「今から何年後の話だ?」
「8年後だよ」
みょうじは「どこから話そうかな」と独りごちて、窓の外へと視線を移した。丁度外には2羽の鴉が飛んでいて、月島は彼女の言っていた鬼殺隊独自の伝達方法の話をふと思い出した。
「"尾形上等兵"を見つけるその前日まで、私は確かに8年後にいた。仲間達と一緒にいたしね。それがヒグマに襲われて散り散りになって……気付いたらこの時代に」
「月島の渡した新聞で気付いたのか」
「そう。その後に病院の暦も確認したけど」
「過去に来たのだと気付いて、すぐに東京へ向かったのは何故だ?傷も癒えていないのに、無理をしてまで」
みょうじは視線を落とし、入院着をぎゅっと握った。しばしの間沈黙が流れ、しかし鶴見は根気強く彼女の言葉を待つ。月島には、みょうじが鶴見のじっと探るような視線から逃れているようにも見えた。かと言って助け舟を出す訳でもない。彼もまた、静かに彼女の強く握られた拳を見つめた。
「新聞を見て驚いたよ。明治40年───私が鬼殺隊の入隊試験を受けた年だ。季節も丁度今頃だった」
彼女はそう言うと自身の拳を開き、その手のひらを見下ろしながら「本当なら私はそこで死ぬはずだった」と続ける。
曰く、その入隊試験の合格条件は"7日間山の中で生き残ること"。それもただの山ではなく、幾多もの鬼が放たれた山である。毎年片手で足りる程の人数しか生き残らないその試験で、みょうじの代の脱落者は一人だけだったという。
「一人の男が殆どの鬼を殺して、そして死んだ。私達じゃなく彼が生き残るべきだったんだ。私の代は殆どが使い物にならなくてね、あっという間に死んでいくか私みたいに事後処理部隊に回る者が多かった。……あぁ、1人だけ最高位まで上り詰めた人がいるけど」
「……その過去を変えるために東京へ向かったのか」
「そう。でもどれだけ探してもあの山は見つからなかった。一年中藤が咲き乱れているから、分からないはずはないのに」
山を探すのを諦めた彼女は、鬼殺隊の関係者を探し回ったのだと言う。しかし誰ひとり、手掛かりひとつ見つけられなかった。鬼殺隊の最高位――――"柱"と呼ぶそうだ――――に与えられた屋敷も、鬼殺隊を支援しているという"藤の花の家紋の家"もなかった。そして悟った。ここには鬼も、鬼殺隊も存在しないのだと。
「どうやらここは、私のいた8年前とは事情が違うみたいだ。鬼に関することだけごっそり抜けている」
「――――これからの8年で、何が起こるか聞いても?」
鶴見の目がぎらりと光る。彼女に著しく関心を寄せていた理由はこれに尽きるのだろう。未来を知るなど、禁断の果実に手を出すようなものだ。しかし目の前にぶら下がっていたら手を伸ばす他ない。みょうじは鶴見の眼差しを真っ直ぐ受け止めて、ふっと笑った。
「鬼を追うのに必死だったから世間のことはあまり知らないんだ。ご期待に添えず申し訳ない。……あぁ、天皇は5年後に崩御されるよ」
――――賢い子だよ。彼女は。
鶴見の言っていた言葉がふと月島の頭を過ぎる。8年後から来たという彼女がいた時代は大正4年。わざわざ教えてくれずともその情報だけで崩御の時期は分かる。どうやら先の出来事について話す気はないらしい。裏を返せば、何かしら情報をもっているということだ。鶴見もそれを察したのだろう。「そうか」と返した言葉は少しも残念そうな声色ではなかった。
「君が惨たらしい環境で生きてきたことは分かった。そして今も大変な状況にある。辛いだろうに、話してくれてありがとう。――――安心しなさい、これも何かの縁だ。生活には困らないよう私が取り計らう」
「……ありがとう」
鶴見とみょうじがかたい握手を交わすのを、月島はただ静かに見守った。