7
ようやく服を購入できた2人はひとまずラーメン屋で昼食をとり(月島がすっかりラーメンの虜になったらしい)、今度は家具屋へと向かった。
衣装ケースと布団の購入を予定していたそこでは、入店から10分と経たずに品物選びが終わった。否、選んだと言うと少し語弊があるかもしれない。というのも、どちらの決め手も金額のみだったからだ。禄に商品を比べることもなく、値札だけを見た月島が「これで」と即決したのである。
「布団、ほんとにこれでいいんですか? あんまり安いのだと身体痛くなるかも」
「兵舎のよりよっぽど質はいいから問題ない」
「(弊社?)まぁ、月島さんが良いなら……」
「構わない」
月島はそう言うと、シングルの敷布団を家具屋特有の大きな買い物カートへと放り込んだ。そうしてさっさとレジへ向かおうとするものだから、なまえは慌ててその後ろを追いかけた。
その途中で棚から適当に枕を引っ掴んで、カートに突っ込むのも忘れない。月島がそれを見て少し難しそうな顔をしたが、「悪い」と呟いただけで棚に戻すことはしなかった。さすがの彼も枕は必要らしい。
衣装ケースと敷布団、それから枕。予想はしていたが、結構な大荷物である。何せこれとは別に、服がパンパンに入った袋(L)が2つもあるのだから。今からこれら荷物を持って帰ると思うと内心げんなりした。とその時、ふとある立て看板がなまえの目に留まった。
「配送料550円……持って帰るの大変だし、家まで届けてもらいましょうか」
なまえの言葉に釣られるように、月島の視線も件の立て看板へと向けられる。そうしてじっとそれを眺めたかと思うと、「いや、」と首を横に振ったのだった。
「これぐらい運べる」
「えっ、だって服もあるんですよ?」
「戦争の時には30kg近い荷物を背負って歩いたんだ。これくらい問題ない」
「いや重……」
「まあ流石に長距離移動の時はしんどかったが」
「そっちの重いじゃなくて。話が重すぎます」
少し間があって「そうか」とだけ言った月島に何と返すべきかも分からず、なまえは「とにかく、こんな大荷物だと目立っちゃうし恥ずかしいです」と話を本題に戻すことにした。
「だから配送してもらいましょう。届くまではソファで寝てもらうことになりますが……」
「それは構わないが……というか敷布団を買わずにそれでも十分、」
「いやいいんです、どうせ来客用の布団はいつか買うつもりだったんで。ほら、親とか友達が泊まりに来た時にも使えますし」
「だから、ね?」と強い眼差しを向けられて、月島は思わずたじろいだ。そうして結局は「すまない」と渋々折れて、本日の買い物は終了したのだった。
◇
「疲れた〜!」
家に帰ってくるや否や、なまえが勢いよくソファにダイブする。そのすぐ後に、月島が荷物の山を床に置く音がした。
「付き合わせて悪かった」
「いえいえ、荷物もほとんど持ってもらいましたし。月島さんも疲れたでしょう、ちょっと休憩にしましょう」
そう言ってなまえはふぅと深い息をついた。彼女が言った通り購入品のほとんどは月島が持っていたから、その疲労感は単に歩き疲れただけのものである。
「本当は今日のうちに図書館も案内したかったんですけど、もう体力が……」
「図書館?」
「あぁ、図書館って言うのは──」
「いや図書館は分かる。なぜ俺をそこに?」
「だって、私明日から仕事だし……暇かなと思いまして。それに、調べたいことも色々あるんじゃないかと」
月島は少し驚いた顔をして「なるほど」とだけ呟いた。内心では「珍しくまともなことを言う……」と思いながら。
「今日、この辺りの地図も買ってくれただろう。散策がてら今から行ってみる」
「え、めっちゃ元気……というか、一人で大丈夫なんですか?」
「あぁ、周辺のことも見ておきたいからな。夜には戻る」
「あっ、じゃあちょっと待ってください」
なまえは慌てて買ったばかりの地図を開いて、図書館の場所を説明した。最寄りの駅から一駅──今日何度か電車も乗ったし、その際に乗り方の説明もした。なにより明治にも汽車はあったそうだから、そんなに心配はないだろう。
「それから電車賃──すみません、小さいのないのでこれで」
差し出された五千円札を見て月島が僅かに顔をしかめる。が、少しして「すまない」と遠慮がちにそれを受け取った。
昨日の買い出しの時からそういう素振りはあったが、なまえのお金を使うことにかなり抵抗があるらしい。それが普通の感覚とは思うが、金がないと何もできないことも事実だ。「何か気を遣わせない方法はないかなぁ」となまえはぼんやり考えた。しかし疲労のせいでそれらしい解決策が思い浮かぶ気配もなく、また今度考えようとあっさりと思考の隅に追いやられたのだった。
「じゃあ、行ってくる」
「はーい。すみません、私はちょっと休憩します……」
そうしてなまえが眠りに落ちたのは、月島を見送って数分と経たぬうちのことだった。
◇
鼻を掠める出汁と味噌汁の匂い。懐かしい実家の食卓の匂いだ。なまえはぼんやり目を覚まして、それからハッと飛び起きた。
(そういえば月島さん、一人で外出したよね……)
疲労と眠気のせいで判断力が鈍りまくっていたらしい。なにせ月島は令和に来てまだ3日目である。この辺りの地理はおろか、世の中の仕組みたってまだ分からないだろうに。もし何かトラブルに遭っていたら──迷子にでもなっていたら── 1人で行かせるべきではなかったのに。
「やっば……!」
「何がやばいんだ?」
慌てて立ち上がったなまえに、ここ数日ですっかり聞き慣れた声が掛けられる。声のした方を見れば、キッチンに立つ月島の姿があった。
「あ、れ……月島さん、外出してたんじゃ」
「あぁ、少し前に戻った。図書館の場所も分かったぞ」
「うそ、電車大丈夫でした? 切符とか改札とか……!」
「徒歩で行った」
「徒歩!? 30分以上かかりますよね!?」
「別に30分くらい大したことない」
涼しい顔でそう言ってのける月島に、なまえは何はともあれと深い安堵の息を吐いた。
「……で、何してるんですか?」
「…………」
気まずそうに視線を逸らした月島を見て、なまえはきょとんと首を捻った。というか「何してるんですか?」と聞きはしたものの、それはもう一目瞭然なのだ。だから質問としては「何を作ってるんですか?」の方が正確で、それはきっと月島も分かっているだろう。が、中々答えが返ってこないので、なまえは先に月島の手元を覗き込んだ。
「えっ、煮物! 焼き魚! そして味噌汁……!」
「勝手にすまん……外で食べるより作った方が安いと思って……」
「すごいすごい! 月島さん料理できたんですね!? 」
「まぁ、それなりには……」
聞けばコンロの使い方はなまえがラーメンを作った際に確認がてら見ていたらしい。とはいえ、それにしたって要領が良すぎるだろう。なまえは驚いた様子でまじまじと鍋の中の料理を眺めた。
「一人暮らしでこんなご飯食べられるなんて……贅沢……」
「ぜ、贅沢なのか。悪い」
「あっ金額的な話じゃなくて。こういう料理って手がかかるから、滅多に作らないんですよ」
「だからすごくありがたいです」とそれはそれは嬉しそうに言うなまえを見て、月島は思わずたじろいだ。自分にとってはごくごく普通の食事でしかなくて、この時代にはもっと上手い料理が溢れているはずで(ラーメンとか)、まさかこんなにも感謝されるとは思わなかったのだ。
「もう米も炊けてるから食うか。時間ももう遅い」
「えっもうこんな時間! 食べましょ食べましょ。わー、ほんと美味しそう」
出来上がった料理を運び、2人は早速食事を始める。こうして、この家での月島の役割が自然と決定したのだった。