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本日の朝食、食パンにチーズをのせて焼いたもの、ホットコーヒー、以上。ローテーブルに並べられた朝食を見下ろして、なまえは「明日からもう少しましなのを準備しよう」と考えた。自分ひとりならこれで構わないけれど、流石に客人に出す朝食としては質素すぎるだろう、と。しかもコーヒーは月島の口には合わなかったようだ。聞くところによると明治ではまだ一般的ではないらしい。

そんな反省を抱えながら、なまえは月島と向かい合って朝食をとっていた。

「そうだ、今日は服を買いに行く予定ですけど、何か好みとかあります?」

そう問いかけて、サクッと食パンをかじる。まぁ好みもなにも、100年前では洋服を着ていたかも怪しいが。「甚平」とか言われたらどうしよう。ふとそんな不安が過ぎったが、それはあっさりと杞憂に終わった。

「ない。動きやすければなんでも」
「じゃあ何か無難なのを……ちなみに月島さん、おいくつですか?」

メンズ服には詳しくないが、年齢で検索すれば参考例はいくらでも出てくるだろう。モノトーンで揃えれば無難中の無難ではあるけれど、月島さんは人相が怖いから一歩間違えるとアッチの人に見えそうだし。さわやかめのファッションでどうにか中和したい──なんて企みはもちろん本人に言うつもりはない。

とにかく、これから一緒に出掛ける機会も多いだろうから、今回の服選びはそれなりに重要なのである。間違ってもアッチの人と勘違いされたり、周りからパパ活と思われたりしないためにも。

と、そんなことを考えながら先ほどの質問をしたわけなのだが。

「33だ」
「ンフッ」

咀嚼していたパンの粉が気管に入り、なまえはたまらず咳込んだ。月島の回答が予想外すぎたせいだ。

「けほッ……さんじゅう、さん?」
「あぁ。お茶いるか?」
「すみません、ありがとうございます……」

月島に手渡されたコップを受け取りながら、「33……33……」と頭の中で呪文のように繰り返す。そうしてお茶をくっと飲み干すと、なまえはがばりと机に顔を伏せた。

「そんなに歳変わんない……!」
「ゴホッ、…………は?」

そうして今度は月島がむせる番だった。

「てっきり二十前後かと……」
「いや月島さんこそ、よ……もっと年上かと」

40半ば、という言葉は寸でのところで飲み込んだ。とは言っても、おおよそのところは伝わってしまっているだろうが。

いやしかし、まさか30前半だなんて。そういえば昔の人ってやけに貫禄があるような。例えば昭和のスター俳優とか。彼らの若いころの写真を見ると、実年齢より年上に見えるアレだ。それより昔の人となると更に早熟なのかもしれない。厳しい経験や苦労が外見に出るのか──軍人ならなおさらだろう。

「33……なるほど……服選びの参考にしますね」
「その辺りは俺には分からんから任せる」

了解です、と返事をして、なまえは再び「33……」と頭の中で唱えたのだった。



100円ショップで洋服ブラシを買い、一旦家に帰って干していた軍服をブラッシング。それをクリーニング屋に出した後、そのままアパレルショップへ──と、ここまでは順調に今日の予定をこなしていた二人。しかし、服を選び始めてすぐに壁にぶち当たった。

「そんなことある……?」

壁とはつまり、月島の体格である。身長的にはSサイズ、しかし盛り上がった筋肉のせいで服が入らないのだ。特に肩周りと太ももが難所だった。どうにか着れてもパツパツで動きにくそうなのである。心なしか首周りもきついようで、少し息苦しそうだった。

「ちょっと選び直しましょう……」

試着室を後にして、カゴに入れた10着ほどの衣類を全て元の棚へと戻していく。そうして今度はLサイズのものや、ゆったりしたデザインの服を選んでいった。

(まさかあんなムキムキだったなんて……)

ずっとスウェットを着ていたから分からなかった。今着ている服も試着室のない店で買ったものだから、大は小を兼ねると思い大きめサイズを選んだのだ。あんなにマッチョだなんて聞いてない。こんなの襲われたら一発アウトじゃないか。拳銃があろうとなかろうと、怒らせてはいけない人だったのだ。

絶対に失礼のないようにしよう、となまえは少々遅すぎる決意をした。が、それから幾ばくもなく──

「だ、ダサぁ……」

思わず口をついて出た言葉にハッとしたのも束の間、「ダサァとは?」という返事に安堵する。どうやら明治にはない言葉らしい。

「え? いやあの……そう、サイズが……服の大きさが合ってないって意味です」
「そうなのか? さっきより着心地は良いが」

上手く騙されてくれた月島にホッとしながら、なまえは「そりゃあ着心地は良いでしょうけど」と思った。さっきは本当にピチピチだったのだから。

しかし大きめサイズを選んだせいで裾も袖も微妙に長い。おかげで手足が短く見えて──つまり、ちんちくりんに見えるのだ。

「作戦変更で」
「作戦?」
「年相応ので考えてましたけど、マッチョを基準に考えましょう」
「マッチョ……」
「筋肉質ってことです」

ふぅん、と月島はさして興味もなさそうだった。というかむしろ、面倒臭そうですらある。

「俺はこれで構わないが」
「私が良くないです」

もちろん「そんな格好で隣を歩かれたくない」とまでは言えないが。

「どうせ買うなら似合うやつ買いましょうよ」
「……いつの時代も女は服にこだわるものなんだな。俺には分からんから任せる」

女が、というより月島さんが無頓着すぎるだけじゃなかろうか。現代のファッションを彼が理解出来るはずもないが、なんとなくこの人は昔の服だろうと無頓着そうだ。多少穴が空いていようが気にしなさそう──は流石に言い過ぎだろうか。

「よし、じゃあもう一回選び直しです!」

こうしてなまえは「マッチョ 服」の検索結果を参考に、ようやく月島の服を購入出来たのだった。