青春は波の音が聞こえる



尾形百之助はうんざりしていた。
以前参列した式と違いを見つける方が難しい形式めいた結婚披露宴。締めくくりの謝辞で感極まり泣き出した新郎を、尾形は同期の宇佐美と声を潜めて笑った。幸せを妬んでいるわけではない。嫉妬するほど他人と生きる人生に興味がないと言った方が正しいのだろう。しかし、盛大な披露宴の後に改めて開かれる二次会の必要性だけは、どうにも理解し難い。今回は同期のメンバーがこぞって参加することもあり、尾形も迎合せざるを得なかった。

式場とは雰囲気の変わったウッド内装のレストランへ参加者が到着しても、新郎新婦が来るまで手持ち無沙汰な時間が続いた。宇佐美が披露宴での鶴見部長の祝辞を誉めそやし、自分の結婚式を想像して鼻息を荒くする。こいつなら鶴見部長のスピーチを目的に結婚しかねないと思って尾形が呆れていると、「すみません」と声が降ってきた。
二次会からの出席者だろう。先ほど受付を済ませていた女二人が、テーブルを挟んだ彼らの前で気恥しさを装った笑みを浮かべている。
「これ、席って決まってるんですか?」
「ううん、適当に座っちゃっていいみたい」
「そうなんですね! じゃあ、もしご迷惑でなければここ座ってもいいですか?」
愛想のいい宇佐美に手応えを感じたのか、向かいの席についた女たちが会話を始めた。二人の片方が尾形に媚びた視線を寄越し、「披露宴どうでしたか?」と声をかける。こういったことは少なくない。友人の祝いにほんの少し出会いを期待して参加する女性陣にとって、見目のいい尾形と宇佐美は恰好の的だった。

会話を広げる三人とは裏腹に、尾形は彼女らの顔すらまともに見ようとしなかった。まとわりつくような視線や鼻にかかった声。日常生活や仕事上で女と会話する分には支障はない尾形だが、異性としてのアプローチには生理的な不快感を覚えてしまう。嫌でも女たちの視線を集める尾形にとって、この病的な心理は難儀なものであった。
頑なに興味を示そうとしない尾形に、さすがの彼女たちも「友達来たみたいなので」と言って席を立って行ってしまった。解放された尾形が長いため息をつく。宇佐美が大して残念でもなさそうに「あーあ」と呟いた。
「お前、もっと上手くできないわけ」
「する必要がない」
「その場限りだと思って話合わせるくらいできるだろ」

だから来たくなかった。真剣な面持ちで「やっぱりさ、お前ゲイなんだろ」と見当違いなことを言う宇佐美に苛立ちを増していると、入口からドアベルの音が鳴った。
入ってきたのは一人の女だった。ネイビーのミモレ丈のワンピースを着た彼女も二次会からの参加者のようで、端の席に座る四人の女が手を振って彼女を呼ぶ。笑顔を返した女が受付を済ませて友人たちの元へ向かおうとした時、女と尾形と目が合った。

「尾形くん?」
尾形の息がぴたりと止まる。耳障りだった会場の喧騒が遠のいていく。ずっと冷たかった胸の中に、熱い血潮が再び巡り始める。噴き上がるような激しい情動を感じながらも、乾いた唇からは再会の言葉が出てこない。そんな尾形を気にする素振りもなく、女は音を立てるように笑みを咲かせた。
「え、誰?」
宇佐美がニヤついてたずねるが、当の本人の耳には届いていない。
忘れられない青春が、目が眩むような光を放ってよみがえった。

***

「まさか尾形くんと会えるなんてね」
「……ああ」
「卒業から五年だもんね。こんなにかっこよくなってると思わなかったよ」
「お前は、……あまり変わらないな」
フォーマルの装いもあってか、あの頃よりも幼さが抜けた彼女は地に足がついたような雰囲気が滲んで、大学卒業からの年月をたしかに尾形に感じさせた。しかし、人好きする笑顔は全く変わらず、ろくに直視できない尾形はグラスの淡い黄色を見つめている。彼女が学生の時にも、よくピニャコラーダを飲んでいたことを思い出しながら。彼女と再会したことが未だに信じられない尾形は、気の利かない返事を繰り返してしまう。

「そういえば先月もゼミの同期に会ったの。□□くんって覚えてる?」
ゼミ生たちの近況を聞いても顔が浮かんでこない。卒業後、何度か声をかけられた同窓会に顔を出したことは一度もなかった。
ビンゴ大会が終わった後に歓談の時間が入ると、宇佐美は尾形を彼女と二人にしてくれた。日を改めた方がいいだろうかと、能動的な人付き合いをしてこなかった尾形はタイミングを図りかねている。

「私頼んでくるけど、尾形くんも何か飲む?」
「いい。飲み過ぎるなよ」
「酔って尾形くんに迷惑かけたことあったね」
「目離したらお前が犬の散歩してた時だろ。知らねえ男からリードかっぱらって」
「あはは! そうそう、よく覚えてるね」
大学時代の尾形は何度も彼女と二人で飲みに行った。あの頃は無理やり付き合わされている体を装っていたが、本当は誘われるのが嬉しかった。
思い出話に次々と花が咲いて、上機嫌な彼女に「いける」と確信する。静かな店がいい。「この後」と切り出した尾形の声に、彼女の声が被さった。
「あ、ごめん。いいよ先」
「いや、どうした?」

尾形に促された彼女が、新しいカクテルグラスに視線を落とした。海を思わせる鮮やかな青色。少し改まった様子に、何だか嫌な予感がする。
「実はね。私、今度結婚するの」
意を決していた尾形から、表情が抜け落ちた。
舞い上がっていた感情が叩き落とされた衝撃で、話し続ける彼女の言葉が何も入ってこない。聞き間違いであってほしかった。照れくさそうな彼女の笑顔が、あの日々の残像を上書きしていく。そこに自分への情などもうないと思い知った今、すぐ隣にいる彼女が赤の他人よりも遠くなる。
やり直せると思った自分が滑稽だった。

「そうか。おめでとう」
「ありがとう」
当然だ。逃げて、諦めたのは自分だ。今さら何を望むんだと、尾形は心の中で自嘲する。
青春を終わらせたのは、他でもない自分だった。

***

尾形は父の顔を覚えていない。尾形が物心ついた頃には、シングルマザーの母は祖父母が近くに住む茨城で彼を育てていた。
「百ちゃんはママの全部なんだから」
母は尾形を溺愛した。忙しい生活の中で息子に寂しい思いをさせないよう愛情を注いでくれる母が、幼い尾形にとっても世界の全てだった。小学校へ上がると、いい成績を取り母を喜ばせることを目的に勉強した。子供の尾形に幸せを教えたのは、友達と遊ぶことでも人気のゲームを買ってもらうことでもなく、「百ちゃんは本当にすごいねえ」と頬をさすってくれる、母の冷たい指だった。

その関係に翳りが差したのは、尾形が中学二年の時だ。声変わりが始まり骨格がしっかりとしてきた尾形は、子供らしくない寡黙さをそのままに男らしさを帯びていった。整った顔立ちもあって女子から密かに人気を集め、尾形も自ずと異性に興味が湧く年頃だ。
クラスメイトの女子と並んで帰り道を歩いた日。家へ着くと、玄関前に母が見たことのない形相をして立っていた。
「百ちゃんまでママを捨てるの!?」
なぜそんな話になるのか理解できなかった。しかし母の中では尾形が異性と親しくなることは母を裏切ることと同義で、苦労して自分を育てる母に逆らうことなどできなかった。もうその女子とは話さないと言うと、母は息子の背中から腕を絡ませて、うなじに鼻筋を擦り寄せてきた。
「百ちゃんはママの全てなんだから」
母は尾形を溺愛した。
行き過ぎた干渉とスキンシップ。思春期の男子が興味を持つ異性とのそれらに、尾形が嫌悪感を抱くようになるには充分だった。クラスメイトの自慢話でさえ、母の生々しい温度を思い出させて吐き気がした。かつて冷たい指でさすってくれた頬に唇を押し付けるようになった母が、自分を息子としてではなく誰か≠ノ重ねて接していることも尾形の傷を深くした。

女という生き物そのものが恐ろしくなってしまった尾形は、母から逃げるように東京の大学への進学を決めた。母は案の定狂乱したが、言いなりでいるしかなかった尾形の最初で最後の反抗だった。
物理的な距離ができたからと言って、長年の呪縛から逃れたわけではなかった。相変わらず女の猫撫で声や上目遣いには寒気が走り上手く躱すことができない尾形は、数少ない友人たちにまで「勿体ない」「あの子が可哀想だ」と理解のない言葉を投げられた。
そんなに女と付き合うことに意味があるのかよ。
親密そうな男女を見ては、馬鹿げてると鼻で笑うようになった。恋だの愛だの取るに足らないくだらないものだと、自分に言い聞かせて。

尾形に転機が訪れたのは、三年から入ったゼミでのグループ研究だった。おちゃらけた同級生の男のせいですぐに男女の垣根のない空気感になったゼミの時間が、尾形は苦痛だった。
「尾形くんはどう思うの?」
グループのリーダーだった女子が、皆が意見を出し合う最中に尾形の意見を求めた。
「さっき言っただろ」
「みんなに合わせたものじゃなくて。尾形くん本人の意見を聞いてるの」
苛立ちを覚えながらも、自分を見つめる真っ直ぐな瞳にたじろいだ。みな尾形のことを輪に入れることは既に諦めており、尾形も単位さえ取れればいいゼミで目立つような真似は避けていた。
それ以降、彼女は尾形に話しかけるようになった。彼女の周りにはいつも人が集まっていたのに、学食や図書館で尾形を見つけるとそこを飛び抜けてきた。どれだけ素っ気なくされても折れることなく。

「何でそんなに俺に構う」
「尾形くんと仲良くなりたいからだよ」
未だにゼミ生の輪に入らない自分が同情されてるようで、大きなお世話だと思った。しかし、彼女との時間は尾形にとって不快なものではなかった。きっと自分が女でも同じように接するのだろう屈託のなさが、尾形の頑なな態度を変えていった。
いつしか尾形の方から、キャンパスに来れば彼女を探すようになっていた。
四年の夏、お互い企業の内定が出て夏休みも折り返しに入った二人は、駅前のカフェで顔を合わせていた。

「尾形くんはもう実家帰ったの?」
「ああ」
彼女は「そっか」と言ってアイスティーに口をつける。何も話したことはない。しかし、踏み込んだことを聞かない彼女が、自分の境遇について何か察しているような気がした。
窓から入道雲を見つめる瞳が、何か閃いて無垢に輝いた。
「ねえ、今から海行かない?」
「は? いきなりなんだよ」
「嫌い? 海」
「そういうことじゃねえだろ」
尾形は呆れながらも、その後彼女と一時間電車に乗って人もまばらな九月の海水浴場に行った。コンクリートの階段を降りるとすぐに潮の匂いが鼻を抜けて、尾形の中に遠い記憶を呼び起こす。つばの広い帽子を被った母と手を繋ぎ、恐る恐る海水に足をつけた思い出が、尾形にとっての海だった。

目の前に広がる大海原は青々としているくせに、押し寄せてくる波は驚くほど透き通っている。静かに波が引いて、また押し寄せて。全てを許してくれるおおらかさが、そこにはあった。
「水入ってみようよ」
いつの間にかサンダルを脱いだ彼女が、砂浜を蹴って波打ち際に駆けていった。時折こうして無鉄砲になる彼女に尾形はため息をつく。しかし、振り返った彼女の笑顔が照りつける日差しよりも眩しくて、どうでもよくなって自分も靴を脱いだ。足をつけた砂浜は焼けるような温度だった。踏み慣れない感触を味わいながら彼女の近くへ行くと、二人の足を波が打つ。優しい冷たさに子どものようにはしゃぐ彼女。尾形も胸の奥にしまい込んでいた何かが込み上げてきて、久しぶりに頬を緩めて笑った。
彼女がスカートを靡かせて、引いていく波を追いかける。ズボンの裾を捲りあげた尾形がおぼつかない足の彼女を追うと、足場の悪い所を踏んだのか彼女の重心がぶれた。

「おい!」
思わず手を掴んで、よろめく彼女を支えた。自覚した途端、心臓が飛び上がりそうなほど跳ねる。女に触れるなどできるはずのなかった尾形は、手の中の柔らかな感触が怖くて、でも自分とは全く異なるそれを、離したくなかった。驚いたのは彼女も同じだったようで、今しがたの無邪気さを忘れたかのように「ごめん」と頬を赤くして呟いた。

嫌悪感でも恐怖でもない、熱い感情に胸を焦がされながら、尾形は彼女と再び押し寄せてきた波を受ける。恋だと認めるしかなかった。彼女との日々の中で、尾形の孤独はいつの間にか流されていったから。
波の音が遠のくほど鼓動がうるさくて、しかし目尻の蕩けた彼女は尾形にあまりある高揚をもたらす。幼子が初めて海に足をつけるように、ゆっくりと、彼女の手を自分へと引き寄せた。彼女が尾形の胸に頭を寄せたから、背中に腕を回す。甘えてくる彼女が可愛い。愛おしさがとめどなく溢れてきて、長年許されることのなかった、抑え込まれていた欲が燻っていく。

彼女がその先を求めるように顔を上げる。言葉はいらなかった。何も言わずとも愛を告げる方法を、人は知っている。尾形がそこに、自分の唇を重ねる瞬間。
「百ちゃん」
頭の中で、母の呼ぶ声が聞こえた。
高揚が全て恐怖に裏返り、動揺する尾形の耳に、ぐじゃりと、濡れた音が響いた。目の前の状況を理解することなくよろめきながら距離をとる。母がいるわけがない。しかし尾形に巣食った呪いが、他の女に触れさせようとしない。
彼女と幸せになることを許そうとしない。
冷えた汗が背中を流れ落ちて、服が張り付いて気持ち悪かった。我に返っても、何も言えずに乱れた呼吸を繰り返すだけだった 。尾形に突き飛ばされた彼女が、傷ついた顔で彼を見上げているのに。

***

二年前に母が亡くなった。病気が進行していくにつれて息子への執着も削げ落ちていった母に、少しの安堵も覚えなかったと言ったら嘘になる。しかし死後、そんな自分を責める大きな喪失感に襲われて、尾形を投げやりにさせた。女への苦手意識など、克服する理由もなくなった彼にはもうどうでもよかった。人は一人でも生きていける。いや、一人の方がずっと楽に生きていける。他人に執着して愛されることを求めたから母はおかしくなったのだから。

茨城の田舎とは違う、決して漆黒にならない仄明るい夜空の下を尾形は歩いていた。夏の夜の街は開放的に華やいでいる。先程まで取引先と飲んできた尾形には酔い醒ましにならない熱風も、行き交う人々には心地よさそうだった。昔ゼミの飲み会で入った居酒屋を通り過ぎる。大学が近かったこの街には行ったことのある店が点在していて、角のカフェにも彼女と入ったことを思い出した。
幸せなら良かった。
ショックを受けながらも、そう思えたのも事実だ。他人と生きることに興味のない尾形が、誰かの幸せを初めて願った。

窓のカウンター席に視線を向けた尾形は、思わずそこで足を止めた。
間隔をあけて座る客の中に、先週会ったばかりの彼女がいた。こうも立て続けに出くわすものかと驚いて目を凝らす。仕事帰りだろうか、隣には誰もいない。
異様だった。彼女に気づいたというよりは、魂が抜けたかのように虚空を見つめる女があまりに景色から浮いていて、尾形の目に留まったという方が正しかった。
 声をかけようかその場で躊躇っていると、気付いた彼女が尾形を見た。ぼんやりとした顔が曖昧な笑顔に変わる。光のない弱々しいこの表情を、尾形は知っている。あの海の日から卒業まで、何事もなかったかのように尾形に振る舞った彼女の顔と同じだった。

踵を返してドアを開けた。客もまばらな店内は冷房が効いて、外の賑やかさから切り離された落ち着きがあった。入口から一番手前のカウンター席に座る彼女が目をぱちくりさせる。後ろにはキャリーケースが立ててあって、何となく尾形は事情を察した。
「また会ったね。飲み会?」
「何かあったのか?」
「え?」
「顔が死んでんだよ」
「やだ、そんなに?」
秋に入籍すると言っていた彼女の左手には、まだ指輪がない。
「レイトショーに行くところだった」
「そうなんだ。遅れちゃわない?」
「行くか? 一緒に」
初めて自分から彼女を誘った。断られてもいいと思って。彼女の人生からとっくに、自分はいなくなっているのに。それでも彼女の眩しさに何度も救われた尾形は、一度だけでいいから自分が彼女に手を差し伸べたかった。

虚をつかれたのだろう。一瞬固まった彼女の目にどんどん潮が満ちていき、ぽろぽろと透明な悲しみが落ちていった。尾形がまごつきながらも、通勤鞄からポケットティッシュを出して彼女に渡す。それが先日同僚の杉元からもらった白いうさぎのキャラクターもので、嗚咽を堪えていた彼女から笑いが漏れた。
何があったかを話し始めたのは、尾形もアイスコーヒーを頼んだ後だった。
案の定、婚約者のことだった。彼の同僚を名乗る女からSNSのアカウントに「あなたの婚約者は私と付き合ってますよ」というメッセージと生々しい写真が送られてきた。問い詰めてもその場しのぎの嘘を繰り返す男に感情的になり、先月一緒に暮らし始めた部屋を飛び出してきたらしい。

「ごめんねこんな話」
また力なく笑う彼女に、尾形が首を横に振る。何も言えなかったのは困惑していたからではない。その男が今現れたら自分が殴りかかってしまうと思うほど、静かな怒りに震えていた。
「どうするんだ、これから」
「どうしよ、最低限の荷物は持って出てきたけど。とりあえず今日は漫喫かな」
「女がそんなとこで寝泊まりすんな」
「昔は漫画読むために尾形くんとオールしたじゃん」
「いつの話してんだよ」
彼女の人生に自分はもういないと思っていた。しかし、彼女も自分との過去が心のどこかにあり続けたのだと知って、鼻の奥がツンと痛む。
あの日から何度も謝ろうとしては、突き放されることが怖くて口を噤んだ。そのくせ彼女が他の男といるところを見かければ不貞腐れて、しこりを残したまま卒業を迎えた。もしどこかでやり直せていたら、違う今があったのかもしれない。後悔を募らせながら、再び涙を流す彼女とともに、尾形も熱い瞼の裏で泣いた。

閉店時間に差し掛かり店を出ると、じっとりした熱帯夜が二人を迎えた。
「映画観るつもりだったのにごめんね」
「いい別に。本当に漫喫に泊まるのか?」
「うん。明日からはビジネスホテルに泊まるから大丈夫」
心配だった。チカチカした人工的な光の中に、弱りきった彼女が消え入ってしまいそうだったから。
「何かあったらすぐに連絡しろ」
「ありがとう。そうだ私、二次会の後尾形くんにメッセージ送ろうとしたのに連絡先になかったの」
彼女が鞄からスマートフォンを取り出す。切っていた電源を入れた彼女は、表示された通知を見るなり「うわ」と眉を顰めた。
さりげなく覗き込んだ尾形に黒い殺意が湧き上がる。婚約者らしき男とのトーク画面には、「悪かった」「チャンスを下さい」「愛してるのは○○だけだよ」という許しを乞うメッセージが着信と交互に入ってきていた。
尾形にしてみれば何の重みもない安い言葉だ。しかし、黙ってメッセージを見つめる彼女は明らかに心が揺れていて、自分の表情が強ばっていくのが分かった。

「どうするんだ? そいつと」
「自分でもよく分からなくて。こんな人だったんだと思ったら幻滅したけど、浮気させた私も悪かったのかなとも思うし」
「お前がどうとか関係なく、そういうやつはこれからも裏切るに決まってる。ずっと疑い続けて生活していくのか?」
正論に私情をのせた尾形の言葉に、彼女が俯いた。
自分が卑怯だということも自覚している。しかし、今引き止めなければ彼女がその男の元へ戻ってしまう。五年でこの想いが風化できなかった尾形には耐えられなかった。

「俺にしろよ」
「え?」
「帰るところがないなら、俺の家に来ればいい」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
動転する彼女が可愛くて尾形から笑い声が漏れた。揶揄われていると思ったのか、赤らんだ目がキッとつり上がる。
「同情してくれてるんだろうけど、尾形くんにそこまでする義理ないでしょ」
「……好きだって言ったら?」
「ウソ。だって尾形くん、」
触れなかっただけで、彼女の中でも忘れられなかった過去だと悟って胸が締め付けられる。口を利いてもらえなくても当然のことをした。そういう意味では、尾形も彼女から信用されていない。
「好きだよ、ずっと。でもお前が幸せならいいと思ってた」
彼女をその男から奪いたい。そのためには、ごめんという言葉よりもっと必要なことがあった。
細い手首を掴んで引き寄せると、彼女はより一層目を白黒させる。しかし、距離の縮まった尾形に抵抗しない。彼の一挙手一投足を見つめて、唇が重なる間近で目を閉じた。

一瞬だった。またあの時のようにならないか怖かった。
母の顔は浮かばなかった。
ようやく彼女の熱に触れた。身体中から込み上げる歓喜で、頭がぼやけていく。遠くから冷やかすような口笛が聞こえたが、どうでもよかった。
「バカ。こんなところでしないでよ」
尾形という男を知る人間にとっては、あまりにも大胆な口付けだった。その覚悟に触れた彼女が、文句を言いながらも俯いて鼻をすする。唇に残るたしかな感触を噛み締めながら、尾形はもう一度その腕で彼女を抱き締めた。

***

「ねえ、待って尾形くん」
「ん?」
キャリーケースを引く尾形に黙ってついてきた彼女は、一階のパネルで適当に選んだ部屋のドアが閉まると、ようやく恐ろしくなったのかその場で立ち竦んだ。逃げる隙など与えないように、尾形が抱き寄せて彼女の唇を塞ぐ。薄明かりが灯る部屋に響く余裕のない息づかい。タガが外れた尾形にはもう、彼女を帰してやる選択肢などなかった。

「やっぱりダメ、っ……、こんなこと」
尾形の肩を押す腕に跳ね返す力などなく、かえって彼の興奮を煽ってしまう。 舌を彼女のそれに絡ませると素直にわななくから、壁に押付けて優しく吸い付いた。探るように舌先を動かす。尾形のシャツを握りしめた彼女の腰が砕けていく。服をたくし上げようとした尾形は思い直して唇を離し、部屋の奥へと手を引いた。白いベッドに彼女を押し倒す。熱に浮かされ溶けた瞳。なけなしの理性を薙ぎ払われた尾形が、耳元で囁いた。
「何もダメじゃない」
「でも、」
「お前は悪くない。悪いのはお前を裏切った男と、それにつけ込んでる俺だろ」
観念したように彼女の頭がシーツに沈んだ。首筋に唇を移すと、昔、彼女のそばにいるとき鼻腔をくすぐった香りがして頭がくらくらした。うっとりと目を細めて肌に吸い付く。あえかな声を漏らす彼女の反応を楽しむように何ヶ所も口付けて鎖骨へと降りていくと、上下する膨らみに顔を埋めた。服越しに伝わってくる弾力。学生の頃は同級生が女の胸についてしょっちゅう猥談を繰り広げていたが、母がそれを背中に押付けてくる尾形にとっては嫌悪の対象でしかなかった。昂りを覚えていることに不思議な気持ちになりながらトップスを捲り上げる。綺麗な形の谷間に喉が鳴って、たどたどしい手つきでブラジャー越しに揉んだ。親指になめらかな肌が触れる。隔たりの厚さがもどかしくて、しかし上手くできなかったら格好がつかないと思い躊躇ってしまう。

「脱いだ方がいい?」
尾形と彼女と目が合う。頷いたものの決まりが悪かった。経験がないことを恥じたことなどなかったが、今は拙い自分に彼女が白けてないか不安だった。後ろ手にホックを外した彼女から、尾形がそっと肩紐を抜き取る。ホテルの照明に艶めかしく照らされる双丘。下半身が熱を集めて、今度は迷いなく、欲望に忠実な力をこめて揉みしだく。その柔らかさに夢中になって息を荒らげる尾形に彼女が微笑んだ。彼女だけ余裕があるようで面白くなかったが、指が先端に触れるとぴくりと身体が跳ねる。指の腹で捏ねたり弾いたりしているうちに彼女の息も乱れていき、尾形は再び彼女を仰向けにした。覆いかぶさった尾形が主張する頂に吸い付く。甘い声を漏らして首を反らした彼女が可愛くて、思わず口角が上がった。

「気持ちいのか?」
「うん、ン、きもちぃ、」
自分が快感を与えている悦びで調子に乗った尾形は、執拗に愛撫を繰り返した。厚い舌が彼女に刺激を与える度に、尾形の頭を撫でる指が髪を掻き乱す。耐えるように擦り合わせている膝。手を滑らせて、薄い生地の上から太腿を撫でる。学生の頃は短いスカートの裾から見え隠れしていた。他の男子学生がそこへ不埒な視線を向けていることに気付いて彼女を遠ざけたことがあったが、その時はなぜ自分が苛立ったのか分かっていなかった。間に割り入るように降りた尾形がスカートを捲り、ぴっちりとしたストッキングを抜き取る。ブラジャーと同じレースの刺繍のショーツが見えたところで、ここに包まれている場所をどう触れればいいのか、性に関する知識すら遠ざけてきた自分がよく知らないことに気付いた。恥ずかしいが彼女に教えてもらいながら進めた方がいいのだろうか。彼女は自分が童貞だととっくに察している。しかし、それではあまりに情けなくないか。迷いながらもショーツを降ろすと、色が変わるほど濡れた下着とともにそこは驚くほど湿りを帯びていた。緊張を匂わせる彼女に触ってもいいかと聞こうとした時。床に放り投げられた彼女のバッグから無機質な振動音が鳴った。

ふやけていた彼女の顔が凍りついた。快感と雰囲気に呑まれていたところで現実に引き戻されたのだろう彼女は、息を潜めてバッグを見つめている。彼女をずっと裏切っておきながら別れるつもりはないのだろう婚約者に違いなかった。彼女がその男に何度も抱かれて快感に乱れたのだと思うと、尾形の中に臓物が焼けるような嫉妬心が湧き上がる。
会ったこともない男にムキになった。振動音を無視するように、彼女のスカートを先程よりずっと乱暴な手つきで脱がせて膝をぐっと開く。身を屈めた尾形に彼女が慌てて上体を起こそうとするが、足の付け根を押さえつけた尾形は構わず、蜜の滴るそこに口付けた。
「待っておがたくん! それダメっ、あ、ああっ、まって、あっ、ダメなの、ん、うぅ、んッ、あ、」
甲高い嬌声をあげる彼女は必死で尾形の頭をそこから離そうとするが、愛液を掬い取るように舌が這うとくたりと力が抜けていく。はしたない音を立てて吸いあげるうちに着信は止んでいた。その男よりも彼女を狂わせたいという対抗心に突き動かされた尾形は、躊躇などもう忘れて愛撫を続ける。指で広げると入口らしき割れ目が見えた。熱いそこに舌を差し入れて前後していくうちに、彼女が内腿を震わせる。

「あっ、あ、ああ、おがたく、むり、それ、ぇえ、あぇ、イク、いっちゃうから、ぁあああ!!」
嬌声が悲鳴に変わった瞬間、中が収縮して舌を締め付けた。これが達する≠ニいうことかと尾形が理解して、歓喜が背筋を這い上がった。彼女が浅い呼吸を繰り返すうちに中が少し緩んだところで、今度はそこに指を挿入する。熱い女壺の奥へと進み探るように動かすと、ザラザラとした壁が指先に触れて、そこが彼女の感じる場所なのだと反応で分かった。中を傷つけそうで怖い尾形は力を加えず、優しく指の腹で搔く。
「も、もぉダメ、ンっ、イッた、イッたから、ねぇ、ぅ、 」
「何度でもイけよ。他の男のことなんて考えんな」
「あっ、ん、かんがえてにゃ、ああっ!」
関節を曲げると彼女の腰が跳ねた。また中がきゅっと締まり、尾形が指の動きを早めていく。
「今お前をイカせてるのは俺だろ、ほら」
「あっ、あ゛!は、はひ、おがたぐッ、おがたくんれす、う、」
「彼氏とどっちがいい」
「あああっ、ひぃ、ぉ、おがたくん、っあ、あ、こんなっ、こんなきもちく、ん、なったことにゃ、」
「ははっ、じゃあいいだろ。童貞に負ける浮気男なんか、とっとと捨てちまえ」
水音を立てる女壺に指をもう一本入れて、彼女の弱いところを攻めるように抽挿する。彼女が必死になって尾形の手首を掴んだ。

「それダメ、ぇ、うぅ、あっ、なんかくる、なんかきちゃううぁ、ひ、あああ!」
再び彼女が痙攣した瞬間、散々尾形に愛でられたそこから勢いよく飛沫が散った。何が起きたか分からない尾形はびくりとして、濡れたシーツと彼女の顔を交互に見る。頬を染めて泣きべそをかく彼女が枕に顔を埋めるから、それがたまらなくて背中から抱きついた。
「大丈夫か?」
「大丈夫じゃない」
「そんなに良かったのか?」
「……尾形くん本当に童貞なの? その、深い意味はないけど」
疑念の滲んだくぐもった声が尾形を悦ばせる。自身は痛いほど膨張して、早く彼女と繋がることを求めている。しかし、その前にもう一度伝えたかった。

「好きな女としかできなくて悪いかよ」
尾形という不器用な人間を知る彼女にとっては、その言葉の誠実さを疑う余地はなかった。顔を上げた照れくさそうな彼女の唇に、尾形が一途な口付けを落とす。彼女が応えて、あの時止まってしまった二人の時間を取り戻すように深まっていく。唇が離れたところで彼女が「欲しい」と囁き、劣情を煽られた尾形が彼女を反転させて跨る。シャツを脱ぎ取り、ベルトの金属音を鳴らしながらズボンを脱ぐ手つきは性急だった。下着から弾みをつけて飛び出した男根が、はち切れんばかりの質量で先走りを垂らしている。ベッドの上の避妊具を取り出し、不慣れな手つきでようやく装着すると、彼女の膝を割り開いてそこにあてがった。先端に伝わる熱だけで震えるほど気持ちよくて、深く息を吐いてから、腿を引き寄せて押し進めていく。尾形の侵入に悦ぶように収縮する媚肉。味わったことのない快楽が脳髄まで駆け上がり、熱い息を漏らしながら全てを埋めた。快感を逃がすように枕を握る彼女がいじらしい。尾形が両手を掴むと指を絡ませる彼女は、余すことなく彼を受け入れている。それだけで尾形は胸が詰まったが、せがむように彼女の中がひくつくからゆっくりと律動を始めた。

腰が溶けるような快感。眉を寄せて切ない声を漏らす彼女。一つ一つの刺激が尾形を早々に絶頂まで追いやろうとして、数回の抽挿で慌てて動きを止める。
彼女が首を傾け、目を細めて笑った。
「いいよ、イッても」
「……まだ余裕だ」
強がっているだけではない。ようやく彼女と繋がったこのセックスを、尾形は終わらせたくなかった。流された彼女はこの熱が冷めたら、やはり恋人の元へ帰ってしまうのではないかと思うと怖かった。
彼女に自分を選んでほしい。
尾形が彼女の身体に倒れ込むように重なる。角度が変わった自身がぐっと奥を穿ち、彼女の嬌声が尾形の耳元で響いた。
「あ、すごい、」
「きもちい?」
「うん、っ、おく、あたってぅ、あ、あぁっ、」
先端をより奥へ押し付けると、彼女の爪が尾形の手の甲に食い込んだ。
「ごめん、痛かったよね」
「構わない。背中でもいいから」
尾形が彼女を包むように抱きしめる。彼女も尾形の背中に腕を回して、互いの熱を今までで一番近く感じる距離になった。彼女からの甘えるような口付けが、中の猛りを一層大きくする。

「尾形くん」
「ん?」
「私も、尾形くんのこと好きだったよ」
「……ああ」
「また好きになってもいいの?」
他人が近づくことを阻んできた尾形の硬い壁が、彼女の柔らかい抱擁で崩れていく。
本能的な欲求を満たすだけの行為に何の意味があるのだと、尾形はずっと思っていた。そこに特別な感情など必要がないから自分が産まれたのだと、性的経験の有無を重要視するような価値観とともに自己を否定して。しかし今、泣きそうなほどの幸せに満ちたセックスをしているのは。身体だけでなく、自分の心ごと彼女に抱きしめられているからだ。
その温度に愛が通っていることを、尾形は認めざるを得なかった。
愛されたかった自分を、ようやく受け入れた。

「うん。もう、お前を諦めないから」
言葉を交わしながらじっとしているだけでも、彼女の中は尾形を離さないように締め付けた。再び腰を揺らし始める。彼女の吐息が艶のある声に変わって、もっと鳴かせたいと、尾形の中に獰猛さが芽生えた。動きが性急になった尾形の腰に、彼女がしがみつくように両脚を絡ませる。
「あっ、それ、……は、はげし、いっ、ひぃ、」
「イッてもいいぞ」
「や、やらぉ、もお、イぎたくなっ、……まって、あ、ああ」
「はぁっ、かわいい」
額に汗を浮かばせた尾形がうっとりと微笑む。水音と肌がぶつかる音が響いて、快感に溺れる彼女の爪に力がこもった。
指で覚えた弱い場所をひたすら打ち付ける。今までで一番大きな悲鳴をあげた彼女が激しく痙攣して達した。中が締まった感覚に尾形が苦しげに唸り声をあげて、果ててぐったりした彼女の最奥を二度、思い切り貫いて欲を吐き出す。天に昇るような恍惚感に包まれて、自分でも驚くほど長い吐精が終わっても、頭がぼんやりして彼女の上から退けなかった。ようやく引き抜くと、緊張が切れたからか身体が鉛のように重くなり、彼女の隣に沈んだ。床から再び短い振動音が響く。彼女はその方向を見ようともしない。それが彼女の答えなのだと受け取った尾形は、汗ばんでしっとりとした身体を自分に寄せる彼女に何も聞かなかった。
荒波が過ぎた後のひんやりとした静寂に安心したように、長いまつ毛が伏していく。眠りに沈んだ、あの頃よりも幼く見える寝顔。眺めているうちに尾形も甘い気だるさが降りてきて、小さな頭を抱き寄せて瞼を閉じた。幸せな温もりが、彼をすぐに眠りにいざなった。

***

青々と輝く水面は、尾形の心に焼き付いていた景色と何も変わらなかった。
頬に大きな絆創膏を貼った、いかにもわけありな男を前にしても、五年ぶりに訪れた海は全く動じなかった。ここへ訪れる人が抱えているものを全て許すように、淡々と波を繰り返している。それを眺めていたら、自分を棚に上げた男と殴り合いになったことなどどうでもよかった。
海鳥の鳴き声がした方へ向くと、波打ち際を走り回る幼い少年がいる。すぐ後ろには、日傘をさして見守る母親が。そこに切ない懐かしさを覚えるのは、長年苦しめられたはずの自分の母を憎むことができないからだ。

幼い頃は、いつも母を喜ばせたかった。それゆえに、母が疎ましくなり遠ざかっても、「母に嫌われたくない」という思考が根を下ろしていた自分が、無意識に彼女との関係にブレーキをかけたことに、尾形も気付いていた。
彼女を奪うという揺るぎない決意が、本当の意味で自分を母から自由にした。そう飲み込んだ尾形はもう、昔歩いた散歩道でも思い出すかのように、心は穏やかだった。

「本当はね、ずっと知ってたの」
「何を」
「尾形くんが女の子を苦手なこと」
彼女の髪が乾いた潮風に靡く。晴れて恋人となった二人の初デートとしては、些か湿っぽい場所だった。しかし、彼女がもう一度海へ行きたいと言った時、尾形も自分たちがこれから始まるための必然である気がした。
「だから私とだけ仲良くしてくれるようになって嬉しかったんだ。でも、尾形くんが私といることで、どんどん他の女子とも話すようになってくのが嫌だったの。狡いよね。私は尾形くんを勝手に自分のものだと思ってたんだよ」
まっすぐな水平線を見つめる横顔が愛おしい。孤独な自分を照らしてくれた眩しい女。しかし、無垢な笑顔の下で自分と同じ独占欲を抱いていたのだと知って、己の胸がまたずしりと重くなる。募っていく愛に、もう耐えきれそうになかった。

「──、」
名前を呼ばれて振り向いた彼女へ、尾形が口付けた。そこにもうぎこちなさはない。しかし、唇が離れてから互いに赤く頬を染める二人は、既に身体を重ねたとは思えないほど初心だった。
「アホか。女と話せようが、俺にとって女はお前しかいねえんだよ 」
言った後で、クサかっただろうかと、更に羞恥が込み上げた。きっと自分はこれからも、想いを素直に伝えることに苦労するのだろう。
彼女が目に涙を滲ませながら微笑む。その真珠のような笑みに、なんて美しい女なのだろうと思い目が離せなかった。

母との過去も、他の女も関係ない。
一人の女を愛している。尾形にとっては、ただそれだけだった。
「海、入らない?」
「ああ」
焼けた砂浜を踏みしめる。彼女が飛び込むような速さで走るから、尾形も砂を蹴って追いかけるしかなかった。

潮騒が響いている。




冷たいラブロマンスを抱いて眠る