日常

今日もとても日差しがまぶしい。
午後練は絶対日焼け止め塗らなきゃと空を見ながら思った。

青道高校野球部の朝はとても早い。
みんな朝練が始まる前ですら練習するもんだから午後練なんかよりも短いはずのこの朝練がやけに長く感じる。 


「5分休憩!」


そんなことを少し手が空いてボーッと考えていた私の耳に監督から号令が聞こえた。

それは選手たちが一息つくのとは対称的に、マネージャーが忙しくなる時間の合図でもある。


『ドリンクとタオルでーす』


1年生たちもだいぶこの部活に馴染んできた今日この頃。
少しずつ気温も上がってきて運動している彼らは私たちよりももっと暑く感じているであろう。


「おい永瀬!さっさとタオル寄こせオラァ!!」
『はい、純さんの順番は最後決定ー』
「は!?んだとゴラァー!!!」


無駄にうるさい純さんはとりあえずスルー。あんなに叫んでいては絶対もっと疲れると思う。純さんにしてみればあれがいつも通りなんだろうけど。

暑苦しい純さんは、他の部員に配って回る私に文句を言いながらもついてくる。おかげで1年生が純さんの形相に怯えてしまい、ドリンクを受け取る手が震えていた。
まあ、ドリンクの籠をひったくってまで奪おうとしないところは、私から直接受けとりたいのかと思ってしまって、つい笑ってしまうのだけれど。

しばらくして終始様子を見ていた哲さんが私の肩を軽くたたいて「渡してやってくれ」と頼まれてしまい、渋々純さんにも渡した。


でも怒られた。

なぜだ。


「ヒャハハ、永瀬も懲りねーなー」


先程純さんに髪をぐちゃぐちゃにされ、一生懸命直しているところに同じクラスの倉持がやってくる。
独特の笑い方は今日も健在だ。


『何で私なのよ、懲りないのは純さんの方でしょ。だいたい、純さんが決まって私にだけ喧嘩腰なのがいけないのよ。もっと優しくしてくれたっていいでしょ!?』
「まぁお前の扱いがそんなんは今に始まったことじゃないだろ。純さんだけじゃねーし」
『あんたとかね』
「永瀬に優しくするくらいなら自分でドリンク用意するわ」
『じゃあそうしろよ』
「すみませんでした」



倉持の即答で返ってきた謝罪に私はハッと勝ち誇った。

しかしこっちは他のマネが来ない朝練にも参加してるのに、なんなんだこの扱いは。もう少し有り難がられてもよくないだろうか。改めて考えるとため息しか出ない。

悲しいかといわれれば残念ながらそうでもないのだが。


『はぁ』


慣れって恐ろしい。


『私だって可愛い可愛いマネージャーなのに…』


軽く倉持を睨みながらいじけてやった。
瞬間、私の頭に重みが加わる。


「はっはっは、冗談は顔だけにしてくれよ」
『「あんた(お前)にだけは言われたくない(ねーよ)」』


頭の上に乗っている腕をどかそうとしながら、突然現れた性悪メガネへのツッコミに思わず倉持とハモってしまった。

なんという不覚。


「お前ら俺へのツッコミだけは息ピッタリだよな」
「ムカつくからな」
『失せろって思うからね』
「泣いていい?」


別に好きでハモっているんじゃない。
悪いのはこの顔と野球だけしか長所のない御幸一也だ。

それはともかく、先程からどんなにどかそうとしてもなかなか離れない私の頭の上に乗った御幸の腕にだんだんイライラが積もる。
ふり返って「あーのーね!!」と本人に抗議しようとすると、思いのほか私と御幸の顔が近かったことに驚いて目を逸らした。

さすがにどんなに性格が悪かろうと至近距離にイケメン顔があるとなかなか直視はできない。

どんなに性格が悪かろうと(2回目)


『どいて』
「やーだ v」
『もー、ほんと御幸嫌い』
「菜穂さーん、顔が赤いですよ?」
『うっさい』


もう、これだから御幸は嫌だ。
こうしてニヤニヤしながら見てくる御幸はホントにうざい。

誰かこいつを殴るか蹴るかしてくれ。

そんなことを考えた瞬間だった。


「…いって!!」
「イチャイチャしてんじゃねーよ!ヒャハッ」


イチャイチャしてはいないが、倉持の決め技、タイキックをお見舞いされた御幸。


『よくやった倉持!私のこと大好きな倉持くんならやってくれると信じてたよ』
「お前それ御幸と同じようなこと言ってんのわかってっか?」
『御幸と一緒にしないでよ!』
「一緒だっつーの」


倉持は私を蔑んだように見ながら先程御幸へお見舞いしたタイキックをあろうことか私へもお見舞いした。


『女子に!か弱い女子にタイキックなんて…!』
「「か弱い女子なんてどこにいるんだよ」」
『いるだろここに』


何なんだこの友達いないコンビは。
私は本日2回目のため息を吐いた。



ぼっち組との話を終わらせたところで、少し離れた所に最近頭角を現し始めた1年トリオを見つけた。

また休憩も取らずに投手2人が揉めている。
とりあえずドリンクをもって近くまで寄った。


「あ、菜穂先輩」
『春っち、おつかれさま。朝練もこっちも』
「あはは、ありがとうございます」


苦笑いしながらもお礼を述べて受け取ってくれる春っち。
ああ、ホントにこの子は天使だ。

春っちがドリンクを飲んだのを見ながら、彼が休憩を満足に取れない原因へと目を向ける。

予想通り沢村がギャーギャー騒ぎ、降谷がツーンと聞こえないふりをする。というもうだいぶ見慣れてきたいつもの構図だった。


『はあ。こら!沢村も降谷も、いつまでも張り合ってないできちんと休憩とりなさい!』
「げっ、菜穂さん…」
『失礼な反応だな、本当に』


誰だ沢村に変なことを吹き込んだのは。
後輩にこんな反応されるのはさすがの私も嫌だぞ。


「菜穂先輩、すみません」
『ん、降谷は聞き分けはいいからえらいよね』


そういって届きにくいが降谷によしよしと頭を触るとホクホクとお花畑のようなオーラを振りまいていた。

するとそれを見た沢村がフルフルと震えだし、降谷に掴みかかった。


「降谷、何先輩に媚び売ってるんだ! 菜穂さんに売っても何の得もないぞ!!」
『あんたホントに私に何の恨みがあるんだよ』


春っちがまたオロオロとし始めたのでここは先輩の私が先に引いてやった。
えらいぞ、私。


「沢村!お前ほんとうるせー、静かにしろ!」


ふり返るとこれまた1年の金丸、そして東条。


『2人ともお疲れ様ー』


すでにドリンクはお持ちのようだったのでタオルを渡すと、2人とも「ありがとうございます」といってペコッと頭を下げた。

うん、これが後輩のあるべき姿だ。


『沢村も2人をちゃんと見習いなさい!』
「でも菜穂さん!この間菜穂さんがスピッツ先輩と騒いでた時にカネマールが菜穂さんのことを、”ホント中身は残念だよなあの人”って言ってたッス!」
『金丸!?』
「事実です」


まさかの訂正も焦りもしない金丸に「後輩からもそんな扱い…」とうなだれる。
しかも1年生はまだなんだかんだで入って来たばかりだ。
しかし既にこの扱い。おかしい。




『何でみんな私に対して塩対応なの…』
「ああ、入部当初に御幸先輩が菜穂先輩は雑に扱われた方が喜ぶとかは言ってましたよ」
『御幸いいいいいい!!』


元凶であるメガネにどう仕返ししてやるか思案する今日この頃です。






どの学年からもヒロインの認識は「最終的に”残念”で落ち着く人」

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