01
画面の前の皆様初めまして。
私は現在自分がどのような状況なのか把握しかねております。
だって私の記憶上はつい先ほどまで激痛と戦っていたのだ。
それは世にいう陣痛というもので。
そう、私の頭がおかしくなければ私の名前は永瀬菜穂。
25歳のごく一般的な女性、病院で出産の真っただ中であったはずだった。
あまりの痛みで意識が飛びそうになりながら先生たちの焦った様子や夫が私の手を握りながら必死に私に呼びかけていたことを覚えている。
あまりよくない状況であることを察しながらも我が子に一目会いたいという一心で痛みに耐えていた。
耐えていた………はずだったのだ。
それが一体全体何がどうなって自分が赤ん坊になっているのだろうか。
これは私の夢なのか。
必死に記憶をたどる。
赤ちゃんVer.で覚醒して一週間、小さな脳で何とか整理した答えは
私はあの時死んだ
という事実だった。
かすかな記憶ではあるが私はあの時自身の体力が限界であることを悟り夫の彼に我が子を頼むと何とか伝えて意識を手放した。
彼の泣きながら私の名を叫ぶ声を聞きながら私は短い生涯を閉じたのだ。
自身の代わりに新たな命を誕生させられるのなら本望であると思って。
ということでようやく自分はあの時死んでしまったのだと納得したはいいが、さて今は自分が死んでから何年後であろうか。
我が子は無事に生まれ成長しているのだろうか。
先立ってしまった自分としては悲しみを乗り越えて夫が子どもと健やかに暮らしてくれればと願うばかりである。
だがその答えを得るには、実は自分が死んだことを認識することよりもはるかに長い時を要した。
なぜならば私は赤ちゃんである。
赤ちゃんの視力は生まれてすぐなんで白黒でぼんやりとほぼ何も見えていない。
3か月でやっとまあ色や物の輪郭をなんとなく把握できる程度だ。
一般の人の視力になるには生後6か月ごろまで待たなければならなかった。
この期間が一番苦痛だった。
何も見えないし自分の手足も満足に動かせないし、何より暇でしかなかった。
まあそんな私の苦悩は言い出したらきりがないので割愛するとして。
やっとのことで文字が見えるようになったころ、私は衝撃を受けたのである。
私の死ぬ前に生きていた時代は21世紀、つまり2000年代だ。
あれから100年以上たってたりして…なんてのんきに考えていたが自分が想像していた100倍驚いた。
なんと現在は20世紀、1900年代らしいのだ。
つまり私が生きていた時代よりも過去であるという事実であった。
いやいやそんなことあってたまるか。
前世の記憶消す工程忘れて生まれ変わったと思ったらお次は過去へタイムスリップしたって?
何なら私の前世で生まれた年よりも前だぞ?
生まれ変わったら○○になりたいとか昔はよく考えたが「昭和生まれになりたい」とは思ってないわ。
今世の母が私にいたずらして昔のカレンダーでもひっかけてるんやないかとも思ったがそんなある意味で淡い期待もあっけなく裏切られ、私は昭和生まれの称号を手にしてすくすく3歳へと成長した。
それはもう両親もおったまげなくらいいい子に育った。育ったというよりはもともと備わっていた一般常識であったのだが。
そんな3歳の秋、私は父の仕事の都合で東京へ引っ越してきた。
お隣さんのあいさつへ向かおうとする母にくっついて向かった先の家の表札は「進藤」の文字。
かっこいいな〜なんてのんきな感想を抱いていた。
ちなみに今世の苗字も永瀬だったし何なら名前も漢字まで変わらず菜穂だった。
記憶を持っている身としてはありがたかったが何とも言えない小気味悪さを感じた。
さてそんな進藤さんのおうちに呼び鈴を鳴らしたところ、とくに待つこともなくすぐにこの家のご婦人と思われる女性が出てきた。
母がさっそく名乗り引っ越しのあいさつの要件で伺ったというと女性基進藤さんは人の好い様子で受け答えしてくださった。
続いて母に促されて私があいさつをする。
「菜穂です、こんにちは」
「まあこんにちは、菜穂ちゃんはおいくつ?」
「3歳です」
「あら、うちの子のひとつお姉さんね。ちょっとまっていてくれますか、うちの子もせっかくなのであいさつを」
そういって一度家の中へ入っていった進藤さん。
一つ年下の子か…これからお姉さんとしてその子の面倒見ていくのだろうか。
そんなに待つこともなく、進藤さんは腕の中に小さな子どもを抱え戻ってきた。
子どもを下ろし私の目の前に立たせると彼女もしゃがみながら私に笑顔で語りかけた
「菜穂ちゃん、この子が私の息子のヒカル。これから仲良くしてくれると嬉しいわ。ヒカル、この子は菜穂ちゃん。ヒカルの一つお姉さんよ」
「菜穂ちゃん?」
ここまでのやり取りを黙って見守っていたが私の頭はパンクしそうな勢いだった。
だってなんていった?
ヒカルですって?
この前髪だけなぜか金髪の特徴的な容姿で進藤さんちのヒカル君ですって?
タイムスリップでもしたのかと思ってはいたがどうやら違ったようだ。
だって私は彼を知っている。
これから先彼がたどっていく未来を一部ではあるものの知っている。
私は自分が知っている姿に比べてはるかに小さな彼へ近づいた。
「ヒカルくん、私は菜穂。これからよろしくね」
どうやら私の今世のポジションは進藤ヒカルの幼馴染らしい。
.