02. 縁は異なもの、味なもの

見慣れない忍装束の土井先生と並び、食堂があるという場所へ向かう。
不思議な感覚だ。
いつもは私服に烏帽子を被った姿しか知らない。
きっときり丸くんも、見慣れない姿なんだろう。

だんだんと食欲をそそられる匂いに包まれ、歩き疲れた体は正直に腹から音を鳴らした。

「お、お恥ずかしい…」
「仕方ない。おばちゃんのご飯は食欲をそそる匂いがするから」

暫くすると、しゃもじの型に抜かれた木片に、食堂と書かれている部屋が見えた。
Aランチ、Bランチと贅沢にも二種類のメニューが黒板に記されている。

「どちらにするか決まりそうかい?」
「そうですね…Aランチにします」
「お、私と一緒だ。あ、きり丸!いいところに」

食堂の手前の席に、可愛らしい浅葱色に白の井桁模様がついた装束の子供達が三人。
どこか見知った髪色を視界に捉えるや、呼ばれた声に勢いよく髪が靡いた。

「なんすかー土井先生ってぇええ!?」
「こんにちは、きり丸くん」

持っていた箸を盆に置き、慌てたように長椅子を降りてくる。

「こんにちは…いや、そうじゃなくて!なんでこんなところになまえさんが!?」

どんなに驚いていようがきちんと挨拶を返すあたり、いい子だなあと私を見上げる頭に手を乗せる。
しかし、挨拶の次にはかなり困惑した様子。
それもそうだ。よほどのことがあった時は、と教えてもらっていた忍術学園に私がいるのだ。
困惑した様子には、土井先生と同じく心配の色も滲んでいる。

「きり丸、どちら様?」

とびきり仲のいい友達が二人いるんだと、いつかのアルバイトの時に聞いたことがあった。
きり丸くんを挟むように座る二人が、きっとその子達なのだろう。

「土井先生の家を掃除したりアルバイト手伝ってくれてる、なまえさん」
「え!噂のなまえさん!?」
「噂の?」

一体何を噂されているんだろう。
椅子に座ったままの二人も箸を置いて、きり丸くんの隣に並んだ。

「こんにちは!きり丸の友達の猪名寺乱太郎です」
「同じく福富しんべヱです!」
「初めまして。よく分からないけど、噂のなまえです」

前屈みで膝に手をつき、視線を合わせる。
こう並ぶと、やはりきり丸くんは少し背が高いんだなぁ。

「お前たち、おしゃべりは席についてからにしなさい。おばちゃん、来客用に一つランチを追加したいのですが、ありますか?」
「用意できますよ。どちらにします?」
「Aランチを二つ」
「はい、ちょっと待ってね」

そのやりとりに三人に断りを入れて、土井先生の隣に並んでご婦人に声を掛けた。

「申し訳ありません、部外者の私の分まで」
「いいのよ!今日はちょうど余る予定だったから、むしろ助かったわ」

そういうと、愛想のいい笑顔で置かれた二つの盆に、Aランチという名の豚汁定食が並ぶ。
ふわっと立ち上る湯気と、香る食欲を煽る匂い。
思わず美味しそう、と口から素直な言葉が漏れると、土井先生とご婦人はにこりと笑った。

「お残しは許さないからね」

早く早くと三つの井桁が揺れる。
決まった席はないのか問えば、いいから早く座ってと急かされた。
目を輝かせながら、乱太郎と名乗った男の子が噂のなまえさん!と声をあげる。

「もう噂のはつけなくて大丈夫だよ」
「なまえさん!」
「はい、なんでしょうか」
「土井先生がいつもお世話になってます!」

食事を溢さないように、器用に土井先生が隣でずっこけた。

「お前たちなあ!」
「あはは、面白い子達ですね」

至って真面目に、乱太郎くんとしんべヱくんはにこにことした笑顔で、自分たちの担任の世話に礼を述べた。
十歳の子供に、二十五歳の男性の世話を御礼されるなんて、なんとも不思議な光景だ。

「いえいえ、お世話になっているのは私もなので」

そういうときり丸くんが、いやぁと頭を掻く。
対面の大人は唸り声を上げながら、わざわざ椅子を立ってまできり丸くんの頬を縦に横にと伸ばしている。
私が普段知っている変わらない仲睦まじさに、さぞきり丸くんは嬉しいだろうなと静かに笑った。

「でもなまえさん、ここに来るのはよっぽどのことがあったときって三人の約束だったろ?なんか、よくないことでも…いや、言いたくないなら別に言わなくても」

子供らしからぬ配慮に、心配ありがとうと口にして、きり丸くんの両隣に座る二人を見る。

「乱太郎くん、しんべヱくん。これからする話はあまり楽しい話じゃないんだけど、どうしようか」

二人は困ったように顔を見合わせた。

「聞いてはいけないお話でしたら、私たちお昼も食べ終えていますし…先に戻ります」
「うん、僕たちなまえさんとお話ししたいけどね」

しんべヱくんの席を外させにくい言葉にどうしたものかと思考を巡らせれば、きり丸くんが「話が終わって、まだなまえさんが学園にいるようなら呼びにいくよ」と提案した。
それを聞くなりパッと顔を明るくさせ、分かった!と大きく返事し、盆を返して手を振りながら走り去っていく。
聞き分けの良い、良い子たちだ。

「家賃の他に、やはり何かあったんですね」
「家賃?」
「大家さんがなぜか家賃を急いでいてね、代わりに受け取りに来たの。それがまぁ、主題ではあるんだけれど」

いつもなら「断りも無く家賃の回収時期を早めるなんて!」と泣き喚きそうなものだが、私がこの場にいるという事の重大さに、きり丸くんの体もいつもの調子を出さないでいるのかもしれない。
不安に揺れつつも、真剣な眼差しが私を見る。
そんな瞳を見ていたら、やっぱり便りで済ませておくべきだったかもしれないと、私の決心まで揺らいでしまいそうだ。
一つ息を吐いて、出来る限り努めて明るく口を開いた。

「お二人と最後にお会いしてすぐ、両親が二人とも亡くなりまして」

隣とその向かいの顔を見ることができず、豚汁をつつきながら話を続ける。

「元々二人ともかなり弱っていたので、覚悟はしてたんですけどねぇ。次に帰られた時にでも墓前に手を合わせていただけたら、二人とも喜ぶと思います」
「そうですか…お悔やみ申し上げます」
「仲良くして頂いてたお二人に長いことお伝えできないのがもどかしかったので、お遣いついでにお伝えできてよかったです」

長椅子にポツンと座るきり丸くんは、俯いたまま顔を上げてくれない。
彼の境遇を考えて、直接伝えるにしても土井先生だけに話すべきだったかな、と後悔してももう遅く、きり丸くんの隣に移動して俯く顔を腕の中に包み込んだ。

「ごめんね、楽しい話じゃなくて」

目元があるであろう小袖の部分が、少しひんやりする。

「私のために泣いてくれてありがとう」
「…なんでそんな、平然としてられるんすか」
「十分泣いたからね。それに、言い訳にするのも変だけど、実の両親ではないし」

そういうと二人揃って驚きの声をあげる。
胸の中のきり丸くんは、目尻にほんのり涙を浮かべながら、そろりと私を見上げた。

「あれ、私この話していませんでしたっけ?」
「そんな話は、一度も」
「あらごめんなさい。私捨て子なんですよ。子供の頃山に置いて行かれた私を見つけた父と母に助けてもらって、育てていただいたんです。恩もあるし、もちろん亡くなったときは酷く泣きましたけど、泣ききったらなんかさっぱりしちゃって。酷い話ですよね」

私の口から出ていく衝撃の言葉の数々に、土井先生もきり丸くんも目をまんまるにしている。
まるで親子のように同じ顔をしていて、見ていて面白い。

「今は、これからどうしようかと考え中です。渋々嫁ぎ先を探すか、働ける場所を探さないと生計が厳しいなーとか。突きつけられる現実に泣いていられなくて」
「でもなまえさんって」
「うん。あまり男の人と一緒になる気がなくてね…いやあ困った困った」

身を固めて欲しい、孫が欲しいと口うるさく言わなかった両親に甘えた結果、この有様だ。

「というわけで、きり丸くん。アルバイトの斡旋か、長期働けるお仕事を知ってたりしないかな」
「うーん、自分のついでに探してはみますけど…長く続けられるようなのあるかな」

恥ずかしげに私の腕から抜け出し、潰れた前髪を触りながら考え込む。
アルバイトに関しては、お駄賃を払ってでもきり丸くんの手を貸してもらった方が、絶対にいいなと思っていたので、今日会えたのはちょうど良かった。
これまで数々のアルバイトを手伝ってきたし、きり丸くんの紹介ならどこへでも行く覚悟だ。
…死に急ぐような過激なもの以外は。

片や土井先生は顎に手を当てて、何やら考え込んでいた。
後少し残っている小鉢の中のお浸しと豚汁のお汁を食べ切るべく、席に戻って箸を進める。

「何をそんなに考え込んでいらっしゃるのですか?」
「うーん…なまえさん、書類の整理とか得意でしたよね?」
「え?はぁ、まあ。それなりに」
「溝掃除も」
「あれは得意といいますか、慣れですよ」

少しの問答をするも、まだ顎から手は離れない。
目の前の皿から綺麗に食事がなくなったので、手を合わせてカウンターに返しに行く。

「ご馳走様でした。とってもおいしかったです」
「あらほんと?そう言ってもらえると嬉しいわねえ」

両親が弱り、床に臥せるようになってからは、専ら他人のご飯を食べることなどなかった。
人の作るご飯と、心安らぐ料理に久々にゆっくりとした食事が取れたのもまた事実で、ご婦人の笑顔につられて笑う。
席に戻れば土井先生は、急ぎの仕事でもあるのか残りの食事をかき込んで、立ち上がった。

「きり丸、このままここでなまえさんと話していてくれるか?」
「じゃあ乱太郎としんべヱ呼びに行ってもいっすか?」
「私が声をかけておこう」

私の意思に反して流れるように話が進んでいく。あまりにも綺麗に進みすぎて、声を上げるのを忘れていたくらいだ。

「いやいや、私はそろそろお暇させていただきますよ。帰るにも時間がかかりますし」
「帰りのことはなんとかしますから、ここで子供たちの相手をお願いします。きり丸、耳を貸しなさい」

大胆にも私の目の前できり丸くんに耳打ちをし、盆を返すなり足早に食堂を立ち去ってしまった。
きり丸くんは任せてくださぁいと目を銭の形にして、くねくねと体を揺らしている。
きっと、利益になる提案をされたのだろう。

「私の前で内緒話なんてひどい。何言われたの?」
「そりゃもちろん秘密っすよ!それよりなまえさん」
「なぁに?」

顔の周りに銭が飛び散っていた笑顔は、徐々に暗いものになっていく。

「俺、なまえさんの家族仲が良かったから、正直羨ましいなって思ってた」
「…そうだったんだ」
「境遇も知らないで羨ましがって、今はちょっと申し訳ない、です」

気まずそうに俯きがちに言う彼の横に移動して、頭巾越しに頭をワシワシと撫でる。

「本当に優しい子だね。きり丸くんがそんなこと思う必要ないよ。気を遣わせちゃってごめんね。それに、いきなりあんな風に私の身の上話されても困ったでしょうに」
「ううん、なまえさんのこと知れて嬉しかった。俺たちに親切にしてくれてたのは、似てたからなんすか?」

そう言われ、思わずきょとんとする。

「そんなこと思ったことないよ。きり丸くんと仲良くなってから弟ができたみたいで凄く嬉しくて、なんでもしてあげたくなっちゃうんだよね」

乱雑に撫でていた手を、優しい手つきに変える。
きり丸くんはそれを嫌がったり振り払わないで、されるがままでいてくれた。

「ん?俺たちにってことは、土井先生も複雑な方なの?」
「詳しくは知らないけど、俺と似たような育ち方してるらしい」
「そうだったんだ。まぁ人間色々あるよね、忍なら尚の事」

人の過去のことなど、根掘り葉掘り聞くものでもない。
築き上げてきた人間関係など、深く踏み込んだ一つの言葉の誤りで簡単に崩れてしまう。
この関係が気持ち良いと思ったら、それを維持するに越したことはない。
だからきっと、両親との関わりもどこか一歩引いていたような気がすると、最近薄ら考える。

撫ですぎて皺の寄った頭巾を掌で伸ばしていると、元気な足音がたくさん聞こえてきた。
明らかに乱太郎くんとしんべヱくんだけの音ではない。
頭から手を離し、何事かときり丸くんと出入り口の方を振り向いた。

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