パッと見ただけでは何人いるか分からない。
けれど、大勢というには少ない。そんな人数。
「土井先生、乱太郎としんべヱだけ呼びに行ったんじゃないの?」
「私たちだけはずるいかなと思って」
「みんな呼んできちゃった!」
乱太郎くんとしんべヱくんが得意気に胸を張る。
それに続いて子供たちが、口を揃えてこんにちは!と大きく挨拶をした。
「初めまして、なまえです。こんにちは」
とりあえず名乗って挨拶を返せば、キリッとした眉のしっかりした印象を受ける男の子が代表して答えてくれた。
「日頃きり丸から話は聞いています。お会いできて光栄です」
「日頃?やだ、きり丸くん。一体何を言いふらしてるの?」
悪戯に微笑めば、慌てたように手と首を振る。
「悪いことじゃないっすよ!土井先生の家を掃除したり面倒見てくれてるなまえさんって人がいて、俺のアルバイトも気軽に手伝ってくれるすっごい優しい人って、は組の皆に自慢してるだけですってば!」
そう言うなり、またも土井先生がいつもお世話になってまーす!と元気な声が揃う。
先ほどの土井先生のように、思わず私もずっこけそうになる。
生徒みんなに長屋の掃除の事が知れ渡っているの、土井先生はご存知なんだろうか。
「君たちはきり丸くんと同じ、一年は組の子達なのかな?」
「はい!僕は学級委員長の庄左ヱ門、次に伊助、虎若、兵太夫、喜三太、金吾、三治郎、団蔵、乱太郎、しんべヱです」
「きり丸も忘れないでくださーい!」
一人一人名前を呼ばれると、手を挙げて復唱してくれた。
土井先生が教え子はとても良い子たちなんだと、愛おしそうに言っていたのを思い出す。
テストの成績が悪くて胃を痛めても、こんなに可愛いのだからそれもまた活力なのだろう。
わらわらと気付けば井桁模様に周りを囲まれ、我先に話をしようと一斉に喋り出す声。
今だけは聖徳太子の魂を降ろしたいと、これほど思ったことはない。
なんとか耳を傾けるが、何の話?と思わず突っ込みたくなる不思議な単語だけが頭に入ってくる。
「ごめんね流石に聞き取れないんだけど、気のせいかな。誰かカラクリとナメクジって言わなかった?」
「みんな!一人ずついこう!」
庄左ヱ門くんが手を叩いて指揮を取ると、やれ自分が先にと今度は小さな言い争いが始まってしまった。
長屋にも子供たちはいるが、ここまでの活力があっただろうか。
元気の良さに若干押されつつ、どう落ち着かせようかと慌てていると、食堂の出入り口に土井先生の姿が見えた。
あ、助け舟。と思えば隣からおかっぱ頭のご老人と、頭巾を被った可愛らしい犬。
い、犬が立ってるのは気のせいかな?犬って立つものだっけ?
知っている犬の知識を頭の中で羅列していれば、ご老人が目を細めて私を手招く。
手招かれた理由に心当たりは全く無いが、ただならぬ貫禄に、この人絶対お偉い様だ!と慌てて席を立ち近づいた。
「お初にお目にかかります、みょうじなまえと申します」
「うむ、土井先生から聞いておる。わしはこの学園の学園長、大川平次渦正じゃ!」
私の目に狂いは無かった。
学園長だなんて、お偉い様どころの話ではない。
「学園長殿でございましたか。部外者が長居しており申し訳ありません」
「なに、うちの先生と生徒がいつも世話になっておる。部外者などじゃなかろうて」
隣にいる犬は、ヘムヘム!と聞いたこともない鳴き声で鳴いた。
見間違いじゃなくて、やっぱり犬が立ってる………。
犬の鳴き声ってワン!だけじゃないんだ………。
しかしここは忍者の学校だ。
外の世界では考えられない不思議なことも、きっとたくさんあるのだろう。
そう無理に自分を納得させて土井先生を見れば、そんな光景に見慣れているからなのか、緩やかに口角を上げたまま、何も言わずそこにいる。
「ところでお主。土井先生から聞いたが、職を探しておるそうじゃな」
「え…?はい、仰る通りですが…」
先の見えない話に、私の眉は今頃ハの字になっていることだろう。
「お主はどんな仕事を探しておるんじゃ?」
「死が目の前にあるような危険な仕事以外であれば、特には選り好みいたしません」
「なるほどなるほど。ならワシから一つ提案なんじゃが、よければここで、事務員として住み込みで働かんかの?」
「…はい?」
事態の飲み込めない私を差し置いて、そばで聞いていた一年は組のみんながワッと湧き立つ。
どういうことかと、土井先生と目を合わせた。
「私が学園長先生に推薦したんだよ。君の仕事っぷりはよく知っているし、私のお墨付きならと学園長先生が言ってくださってね」
「もちろん無理強いはせん。ここは忍を育てる特殊な学校じゃ。馴染みのないお主には、慣れないことも多くあろう」
十一人からは、働かないのですか?と声が聞こえそうなほど潤んだ瞳で見られている。
その瞳たちを見渡しながら、思考を巡らせる。
正直に言えば、一人で暮らすのは寂しかった。
生活のためといえ好きでもない男と結婚するのも、本当はすごく嫌だし。
「俺と土井先生がいるじゃん」
そうそう。ここには土井先生ときり丸くんがいて、全ての人を知らないわけでもない。
「住み込みで仕事ができるって、なかなか珍しいよね」
「三治郎いいこと言う〜」
そうだよね。住み込みなんて、とんでもない好条件。
「おばちゃんのご飯、とっても美味しいですよ」
「僕毎日おばちゃんのご飯食べられて幸せ!」
そうそう、頬が落ちてしまいそうなほど美味しいご飯って、とても魅力的。
仕事先で胃袋を掴まれちゃったら、もう他所でお仕事なんて出来なくなっちゃいそう。
「スリルとサスペンスも満載!」
「乱太郎、伏木雑みたいなこと言うなよ」
スリルとサスペンスかどうかは分からないけれど、忍の学校で過ごす毎日がつまらないわけがない。
考えるうちに、なんだかワクワクとした気持ちが湧き上がってくる。
普段なら持ち帰って考えるところだけど、たまには思い切った選択も悪くないかもしれない。
「お前たち、茶々を入れるんじゃない」
「先生、ぼくたちお茶なんか淹れてません」
「虎若、そう言うことじゃなくてだな」
「考えておられるなまえさんに、余計な言葉をかけるなってことだよ」
「流石庄左ヱ門。一年は組の学級委員長」
その茶々に、まんまと乗せられてしまっている悪い大人がここに一人。
土井先生には秘密にしておこう。
考え込む姿勢を崩して、学園長殿と目を合わせる。
「忍でない私でも、ちゃんとお役に立てますでしょうか」
「それは、お主の働き次第じゃ!」
頑張ることは嫌いじゃない。
人のために働けるかどうかは、きっと誰よりも土井先生ときり丸くんが知ってくれている。
「………不束者ではございますが、皆様のお役に立てるよう精一杯勤めたいと思います。どうぞ、よろしくお願いいたします」
そう深々と頭を下げれば、やったー!という歓声と共に、何人かは飛び跳ねてまで喜んでくれていた。
なんだか私と言う存在を誇張して噂されているのではないかと思うくらいの喜びように、今後学園で働いていくうえで幻滅されないだろうかと言う不安に駆られる。
「きり丸くん、今まで私のことどんな風に話してきたのよ」
飛び跳ねる一年は組の中心で、きり丸くんは八重歯を見せて、嬉しそうに笑っていた。