毒を仰ぐ花

服を買いに行くと言うと鬼灯が着いてきた。
そんなに買わないと言っても信じてもらえず、監視するようだ。
はい、私も口ではそう言っても自制が効くかは正直自信がないので、助かります。

今日はカマーカマーの次に好きなブランドの服を見たくて町を歩いていると、正面から聞こえた可憐な声が鬼灯を呼んだ。

「鬼灯様!お疲れ様です。お仕事ですか?」
「今日は非番です」

鬼灯の腕に手を回して、背の高い鬼灯の顔を見ながら話していたので気が付かなかった。
その声につられて正面を向くと、私は石のように固まる。
私を差し置いて話し始める3人に、私はただただ呆然と立ち尽くしていた。

「えっと、隣のお方って」
「妻です」
「噂の奥様!?綺麗な方だニャー」
「でも、さっきから様子がおかしくないですか?」

私の顔を覗き込むように手を振るピーチマキちゃんに、動揺して鬼灯の後ろに逃げ込む。顔ちっっっさ。目でっっっか。まつげなっが。

「すみません。彼女、貴方方の大ファンで」




「す、すみません。取り乱しちゃって…」

推したちを前に目を合わせることなどできるはずもなく、しどろもどろにご挨拶はする。
街中で推しと遭遇?あっていいのかそんなことが、と萎縮して体が丸まっているが、背筋を正すのは無理だ。
こんな姿を昔の私がしていたら、妲己様は怒るどころじゃないだろう。

「いえ、そんなに好きだと言ってくださる方が近くにいるなんて思ってなかったので、すごく嬉しいですニャ」

ミキちゃん、かわいい〜〜〜。
あまりの可愛さに鬼灯の腕を握りしめる。猫を模している語尾が痛いなんていう輩もいるが、そこがいいのだろうがとすれ違う人がそう言ってるのを聞くたびに手が出そうになるのを抑え込んでいる。
隣に鬼灯がいる時は、腕を握りしめて通り過ぎた後に威嚇したりしていた。
蓬曰く、こういうのを「厄介オタク」というらしい。

「生きててくれてありがとう…」
「死んでますよ、我々」

鬼灯のツッコミも、もはや私の耳には入らない。
鬼灯の腕から離れると暴れてしまいそうで、腕を組んだまま手を合わせる。本当にありがとう。

「お仕事中ですよね、お邪魔してごめんなさい」
「いえ!機材トラブルが直るまでどうしようもなくて、暇してるんです。お時間あるなら是非お話させてください!」

マキちゃん、なんて明るい子。明るいオーラがすごい。眩しい。この間の握手会の衣装も可愛かったけど、やっぱり通常衣装を見るとこれぞ「マキミキ」という感じで、たまらなくいい。
カマーさんの衣装がとてもお似合いだし、今度イベントがある時のプレゼントボックスに、カマーカマーのお洋服でも入れてあげたいところだ。
ピンクも似合うし、コスメも入れてあげたい。
推しを前に可愛いという感情だけに支配され、何も喋れなくなる。

「あ、サインいります?」
「大丈夫です本当にそういうのはしっかりお金を落とすべきものなので。というか先日リリイベ当選してCDに書いていただきましたので、ありがとうほんとうにありがとう。鬼灯かわいいどうしよう」
「様子がおかしい美人だニャ」
「きゃー!美人だってどうしよう!鬼灯そんなことないよマキミキの方が何億倍も可愛いし地獄で一番かわいいよって伝えてあげて」
「もうご本人達に伝わってます」

依然鬼灯の腕を組んだまま、顔を隠してきゃーきゃーとはしゃぐ。

「貴方、そんなに好きだったんですか?」
「蓬にチャイニーズエンジェルの話聞かされてるうちに、マキミキにすっかりはまっちゃって。昔のお客様にも根強く推してる方いたから、元々知ってはいたんだけど。へへ。顔ちっさい。肌きめ細かい。肌白い。全部可愛い。心なしかこの空間いい匂いしない?」
「匂いは貴方の香水です」
「え、マキミキのおかげで匂いが良くなったってこと…!?」
「そんな魔法みたいな香水買ったんですか?」
「すごくテンポのいい夫婦漫才だニャ!」
「えっと、お客さん?奥さんってショップ店員さんなんですか?」
「あー、いえ。お恥ずかしながら、獄卒になる前は花街でちょっと」

ミキちゃんが花街のなまえさん?と首を捻ると、何かに気付いたように慌てだした。

「もっ、もしかしてなまえさんってあのなまえさん!?」
「どの…?」
「兄が3人、ホストクラブ…じゃなくて今の狐カフェで働いてて。よくお話聞いてました。兄がお世話になってます」
「え!?ミキちゃんってあの3人衆の妹さん!?そっか、あの子達野干だものね…」

美味しそうな海外料理の名前を源氏名に使っていて、変わってたけど面白かったからオフの日はたまに構いに行っていたものだ。
指名がないというので、使い道のない金を落としてあげたこともある。
その金は、巡り巡って私の給料にはなっていたけど。
世界って狭いと驚いていると、何も知らないマキちゃんが詳しく知りたいと、ミキちゃんに教えてもらおうとしていた。

「マキちゃーん、ミキちゃーん、再開するよ…え、石楠花」

気だるげに手帳を開いたまま現れた男は、恐らく二人のマネージャーなのだろう。
私の顔を見ると、昔の名を呼んで少しばかり驚いた顔をする。
その顔、さては花街で遊んだことがある男か。
芸能関係で仕事をする男たちは、接待だなんだとよく花街で見かける。芸能界を夢見た遊女の行末も、何度も目にしてきた。
二人がその名を繰り返したのを、二人の唇に人差し指を押し当てて微笑む。

「その花はね、カガチの毒を飲んで、花街で枯れたの。永遠にね」

ぽっと頬を染めると、慌てたようにお話できて嬉しかったです!これからも応援よろしくニャ!とトラブルで押した仕事へ戻っていった。
微笑んだままマネージャーらしき男に手を振ると、それも慌てたようにそそくさと仕事に戻って行く。

さあ、目的の店まではもう少し。
鬼灯と歩みを再開する。

「貴方に毒を与えた覚えはありませんよ」
「そうね、自分の毒に飲まれたの方が正しいかも。妲己様が何を思って私にあの名をつけたのか今となっては分からないし聞く気もないけど、いつしかそれが似合うようになってたのは、今思うと癪よね」

石楠花。高山に咲く高嶺の花。
豪華な花房をつけ、その豪華さをもちながら、葉には強い毒性を持つ。
花言葉には警戒などの言葉があり、石楠花に落ちたら抜け出せないと言いながら、男たちは危険を顧みないで私へ寄ってたかった。
原種が中国で、妲己様の庭なのもよくできた話。

「あのお花素敵だけど、多分いつまでも好きにはなれないかな」
「私は好きですよ」

先程までのマキミキと話せた喜びの緩んだ顔から打って変わって、冷めた顔で思いの丈を吐き出していると、鬼灯が言葉を被せる。

「気品あふれて高貴なところも、自分を守るための毒も。その毒があったから、貴方は花街で自分を身失わずにやっていけたんじゃないんですか」

あの頃の私を否定しない遠回しな言い方に、鬼灯の優しさを感じて冷めた顔に優しさが灯る。

「私も、カガチは好きよ。提灯みたいな可愛らしい見た目に反して、強い毒があるところとか。石楠花と似てる」

違うようでどこか似ている。
閻魔大王がその昔、丁に提案したその名を、鬼灯は何千年も前から気に入ってモノにしていた。

この先またその名を名乗ることは二度と無いけれど。
いつか、その名を、その花を、好きになれる日が来たら。
私は、この長い人生とようやく一つになれる気がした。

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