「あれー!なまえちゃんだ。久しぶりぃ」
極楽満月の扉を開けると、元いた店の上客で、ついでに漢方なんかもよくお世話になっていた神獣の白澤様の姿を久しぶりに目にする。
私が辞めてから会うのは初めてだった。
なんせ鬼灯自身も薬学ができるため、最近冷えて困るとか、生理痛が、なんて言うとしれっと作ってくれるし、しかもそれが味に目を瞑れば効き目は抜群で外に買いに行くことがめっきりなくなった。
本当に、味だけは嘘でも褒められないんだけど。味が、と一度訴えたら良薬口に苦しと一蹴された。実感しているのでそう言われては黙るしかない。
「なまえ…?あ、もしかしてシロたちが言ってた」
「こんにちは、桃太郎さん。シロさんたちからお噂は予々」
入って、と流れるように白澤様に手を引かれて店の中に足を踏み入れる。そして流れるように椅子に案内されて私が座ると、対面に白澤様も腰を下ろした。相変わらず手慣れている。
「今日はどんなお悩み?それともわざわざ休みの日に僕に会いに来てくれたりして。最近会いに行ってもずっと休みだったから寂しかったんだよ」
「あら。白澤様って私が花街からいなくなってるの、ご存知無い?」
「え〜?……え?」
「さては来てもらえなくなると思って、伝えられてない感じですね。その雰囲気だと」
嘘だー!と大きな声が響き渡り、働いているウサギたちの耳がピンと立って威嚇態勢に入りはじめる。
上客といえど素直に辞めたなんて伝えて来てもらえなくなったら売り上げに響くし、適当に嘘ついて他の指名を当てれば使う額が減ったとしても売り上げ自体は問題ないものねぇ、と妲己様らしい商売に苦笑する。
号外も出され、花街でこれでもかと噂は流れているはずなのに、「あの白澤には言うな」とでも暗黙の了解ができていそうな謎の団結力に更に苦笑する。
それにしたってもう半年も過ぎたのに、未だに私がいると思って健気に店に足を運んでいたのかと思うと少しだけ可哀想に思えた。まぁ、この人の場合ウチだけに限らず、他の店どころか妲己様とも遊んでいらっしゃるだろうけど。
「この話はまた今度。今日は鬼灯の品物を代わりに取りに来たのよ。桃太郎さん、金丹って用意できてる?」
「はぁ?なんであいつの代わり?なまえちゃん獄卒にでもなったの?ところで僕のことは白澤様なのに随分距離が近い呼び方だねなんで?」
「白澤様ったら肺活量すごーい。浦島太郎な白澤様に教えてあげると、私獄卒になってもう半年は経ってるわよ。それに鬼灯は」
そこまで口を開くと耳のすぐそばを何かが掠めた。
バドミントンのラケットを思いっきり振ったみたいな音がして、髪が揺れた直後、向かいに座る白澤様が壁に金棒と一緒にめり込む。
ちょっと間違えてたら私まで飛んでたんだけど、本当に私のこと大切に思ってるんだよね?
「仲悪いって本当なんだ」
「遅いと思って来てみれば。いつまで油売ってるんですか」
「失礼な!まだ来たばっかりだって!」
お店の裏にいなくなっていた桃太郎さんが音を聞きつけて戻ってくると、鬼灯の顔を見て全てを理解した顔をした。この人いつもこの調子ってこと?ちょっと可哀想だよそれは。普通に桃太郎さんにもウサギさんにも迷惑じゃない。
「鬼灯様こんにちは。金丹お渡ししますね。あ、そうだ。仙桃も持っていってください!シロから聞いてずっとお渡ししたかったんですけど、中々そちらに行く機会がなくて、遅くなってすみません。ご結婚おめでとうございます」
「わざわざどうも。ありがとうございます」
瓦礫が崩れる音と共に、白澤様が壁から抜け出してくる。服についた破片を振り払いながら、眉をひくつかせていた。
「ちょっと待って桃タローくん。結婚?こいつが?嘘でしょ」
「流石に結婚報告が嘘なことはないと思いますけど…そうですよね、なまえさん」
「桃太郎さん、この建物崩壊するかもだけど大丈夫?怖いし何があってもいいように外出よう?ね?」
桃太郎さん、気持ちは分かるけど絶対今このタイミングじゃなかった。私を巻き込んでほしくなかった。
鬼灯が邪悪な笑みを浮かべて、私の手首を掴んで引き寄せる。
仲が悪いとは聞いてたけど、まさかここまでだとは思ってなかった。
鬼灯は、と言いかけた口を止めて良かったと思っていたのに。
「ねえなまえちゃん。嘘だよね?」
「えっと、白澤様?改めてご紹介すると、私の旦那の、鬼灯、です」
左手の薬指に光るシルバーリングを、白澤様に見せる。芸能人の結婚報告みたいな絵面だ。メディア露出もそれなりにある鬼灯からすれば、一歩違えば本当に結婚会見があったかもと思うと少し不思議な気持ちになる。
その指輪を見た白澤様が泣きながら扉に体当たりして外に飛び出したのを見て、鬼灯がわざわざ私に金丹を取りに来させた理由と、そうしておきながら自分もここにやってきた理由が今ようやく分かった。
この人、白澤様に牽制したかっただけだ。