「マネージャー?君が?」
「うん。急なお願いだし、無理なら全然構わないから」
「いいよ」
「え、…いいの?」
「俺は全然大歓迎。でも一応、部員達にも相談させてくれるかな」
そう言って目の前にいる男は、申し訳無さそうに眉を下げた。断られることを覚悟の上で頼んだものだから、ここまでトントンと話が進んでいくと逆に拍子抜けする。彼が教室から出て行こうとしている所をいきなり引き止めたうえ、嫌な顔一つせず快く話を聞いてくれるだけでも有難いというのに…
「それにしても、何で突然?君、まだ転校してきて間もないだろう?」
「テニスを見てるのが昔から好きで」
「へえ、見るだけなんだ。なんでだい?」
「小さい頃、仲良かった幼馴染2人のテニスを見ているのが、好きで楽しかったの…だから、実は前の学校でもマネージャーやってたんだよね」
「マネージャー経験者か、それは頼もしいかも。その幼馴染、今テニスは?」
「1人は今もやってるけど、もう1人は小さい頃に引っ越しちゃって…でも、きっと今もやってるんじゃないかな」
「そっか。もう1人とも、いつか会えるといいね」
「うん、そうだね」
彼は優しく微笑んだあと、「マネージャーのことは明日、また」そう言って目の前の男──幸村くんはラケットバックを背負って教室から出て行った。私しかいない教室の窓からは、オレンジ色の光が差し込んでくる。どこからか吹奏楽部の練習してる音も聴こえてきて、すっかり放課後の雰囲気だ。
自分も帰り支度を済ませて校舎から出ると、テニスコートの方から歓声に似た声が耳に入る。自然とそちらへ目をやると、ある人物が視界に入った。
「…っ、」
視線の先には私の幼馴染─柳蓮二と、先程まで教室で話をしていた幸村くんが会話をしているのが見えた。貞治から今も蓮二がテニスをしていることは聞いていたけど、実際コートに立つ彼を見ると胸にくるものがある。
コートの周りで数名の女子が絶えず黄色い声を上げている。キャーキャーはしゃぐ彼女たちを見て、小さく息を吐く。やっぱりこんな部活のマネージャーをやるなんて、無謀なのかも。
転入した初日だというのにテニス部の人気ぷりは嫌でも分かった。もしかしたら熱狂的なファンに虐められるかもしれない。そんな不安が押し寄せてきたが、そもそもまだマネージャーになれるかも分からないし。あまり考え過ぎないよう、足早にテニスコートの脇を通り過ぎる。
立海に転入したのは、たまたまではない。ちょうど半年前、家の事情で神奈川へ引っ越すことになったと母から聞かされた。その時真っ先に思い出したのは蓮二のこと。貞治から蓮二が神奈川へ引越し、今は立海の学生であることは聞いていたから。そこから紆余曲折を経て、私も立海生として今日を迎えることが出来た。どうして私がここまでして立海にこだわったのか、自分でも分からない。きっと蓮二が関係はしているとは思うんだけど…。それもこれも蓮二に会えば分かると信じたい。
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・
翌日の昼休み、私は幸村くんにテニス部の部室まで呼び出された。勿論私が昨日話したマネージャーのことで。無機質なクリーム色の扉に「テニス部」という貼り紙。うん、ここで間違いない。ドアノブを捻って扉を開いた。
「……え、」
「や、貴重な昼休みにごめんね。でも先にこの2人には会わせておきたくてさ」
正直、幸村くんの言葉は全く頭に入ってこなかった。だって、まさか、こんなに早く蓮二と対面することになるとは思ってもいなかったから。部室の扉を開くと私の視界に入ったのは、幸村くんを挟むように眉間に皺を寄せながら腕を組んでいる男の子と、その反対側には私の幼馴染…蓮二が座っていた。私が″みょうじなまえ″であることには気付いていないようだった。
部室の入口で立ちすくんでいると、中から幸村くんの笑い声が聞こえる。
「どうしたんだい?早く入っておいでよ」
「あ、ごめん…幸村くんだけかと思って」
「そんなに驚くことかな?ま、この二人オーラあるしね。特に真田なんて」
そう言って笑いながら幸村くんは、隣にいる険しい顔をした男の子の肩をポンと叩いた。真田と呼ばれたその人は「なっ…」と声を上げて、幸村くんに怒りを訴えるように睨みつけている。確かに、真田くんの顔は整ってはいるけど、怒ったらかなり怖そうな…というか厳しそうな雰囲気を漂わせている。
「あ、初めまして真田くん。みょうじなまえって言います」
「俺の名は真田弦一郎だ。よ、よろしく頼む」
こちらこそよろしく、と微笑みかけると真田くんは「あ、あぁ…」と呟き俯いてしまった。とりあえず幸村くん達の向かいの椅子に腰掛けるが、蓮二の方を見ることは何となく怖くて出来ない。
「真田は副部長なんだ。それでこっちが柳。うちの会計でもあるんだけど、参謀的役割の方が大きいかも」
─ドクン。心臓が大きく鳴る。紹介されてしまってはそちらを見るしかない。恐る恐る蓮二の方へと顔を向ける。
「柳蓮二だ。…よろしく」
「あ…よ、よろしくね」
久しぶりに近くで見る蓮二の顔は相変わらず綺麗で。小さい頃の面影も残っていて、当時の気持ちが蘇る。と同時に蓮二の言葉に少し嫌な予感がした。「久しぶり」の一言もないなんて。
「そうそう。みょうじさんにはやってもらうことにしたよ、マネージャー。宜しくね」
「あ、ありがとう。突然こんなお願いしてごめんね」
「ううん、こっちも助かるし。とりあえず、マネージャーの仕事を一通り柳から教えてもらってくれるかな。俺と真田は今月末にある練習試合について色々話さなきゃいけなくてね」
「え、あ…」
それじゃ後はよろしく、とだけ言って幸村くんと真田くんは部室から居なくなってしまった。突然二人きりになるだなんて全く考えていなかったし、何しろ心の準備が出来ていない。それに、私のことを覚えていないかもしれない可能性のある状況で、どう接すればいいのか分からなくなってしまった。
「えっと、」
「みょうじ、だったな。時間もあまり無い。手短に説明するぞ。分からないことがあれば、遠慮なくいつでも俺に聞いてくれ」
「あ…うん」
二人きりなったら昔のように話してくれるかも、という僅かな期待も呆気なく崩れ去っていった。本当に覚えてないんだ…私のこと。
「みょうじ?どうした?」
「あー…その、私の為にわざわざ悪いなって」
「いいんだ。マネージャーがいてくれるのは俺達としても有り難い」
「そ、そっか」
「さて、早速説明を始めるぞ」
この状況で「私達幼馴染だったんだけど、覚えてないの?」なんて聞けるほどのメンタルは、流石に持ち合わせていなかった。頭の中が真っ白となっている私を他所に、蓮二は淡々と私へマネージャーの仕事について教えてくれている。青学でやっていた時と仕事はさほど変わりはなさそうで、そこは安心した。
これから私、やっていけるかな。