「…以上がマネージャーの仕事だ。駆け足で説明してしまったが理解は出来たか?」
「大丈夫。前の学校でもマネージャーやってたから!」
「そうか。ならば安心だな。これから宜しく頼む」
「うん、よろしくね。あのさ、ゃ、柳くん…」
なんだ?と優しく私に微笑みかける蓮二を見て、心臓が少し高鳴る。やっぱり、聞けない。私のこと覚えてるかなんて。「何でもない」と答えると蓮二は、「何か困ったことがあれば遠慮なく言ってくれて構わないからな」と言って私の頭をポンと叩いた。小さな頃とは違う、大きく男らしい手にじんとしていると蓮二はそのまま部室から出て行ってしまった。
パタンと静かに閉められた部室の扉を見つめながら、肩を上げて大きく息を溜め息つく。私も部室を後にし、廊下を歩いていると幸村くんに声を掛けられた。
「あ、みょうじさん。柳の説明、分かり易かったでしょ?」
「うん。頭にスッて入っていったもん」
「それなら良かった。暗い顔してこっち向かって歩いて来るから、柳と合わなかったのかなって不安になったよ」
「う、ううん。そんなことないよ。真田くんも柳くんも幸村くんもいい人そうで本当安心した」
「他の部員も個性的だけど皆いい人達だよ」そう言ってニッコリと笑う幸村くんは、流石は部活を纏める部長と言うべきなのかもしれない。すぐに私の変化にも気付いてしまうんだから。それとも、余程私の顔が暗かったのかな…。自分の表情に不安になり、両頬を自分で引っ張ってみると「何やってるの」と幸村くんに笑われてしまった。
「そういえば早速今日から来てもらおうかなって思ってるんだけど、どうかな?」
「あー今日体操着すら持って来てないんだけど…」
「別に制服でもいいよ。皆に紹介したいだけだから」
「そっか、分かった」
「それじゃ改めてよろしくね、なまえ」
「え、あ、う…うん…?」
突然下の名前で呼ばれたことに戸惑っている私を見て、幸村くんはクスクスと笑う。「もう同じ仲間なんだから、さん付けもおかしいだろ?」そう言って手を振り、私の目の前から立ち去って行った。幸村くんはああ見えて、人をからかうのが好きなのかもしれない。だけど、同じ仲間と言ってくれたのは単純に嬉しかった。
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「今日は皆に紹介したい人がいるんだ」
部活が始まる前に幸村くんは、部員全員をフェンス前へと集めた。彼の一声で大勢の部員が彼の元へと駆け足で集まってくる。真田くん、幸村くん、蓮二の順に3人は部員達のら前に立っており、私はその3人の影に隠れるようにして立つ。皆わたしの存在に気付いたようで「もしかしてあれ、マネージャーじゃね?」とひそひそ話しているのがあちこちで聞こえた。
「ふふ、皆の察しの通り彼女が男子テニス部のマネージャーをやってくれることになったんだ」
そう言って幸村くんは、数歩後ろに立っていた私の方へ振り向き手招く。私はおずおずと幸村くんと蓮二の間に入るようにして立った。
「それじゃ、みんなに簡単に自己紹介してくれるかな」
「え、えっと…」
大勢が私に注目している。脳がそれを理解すると頭の中が真っ白になってしまった。どうしよう、何を話そうと焦れば焦るほど言葉が何も浮かんでこない。すると「落ち着け、ただの自己紹介だ。そう気負わなくていい」と言って肩をポンと叩いてくれたのは右に立っていた蓮二だった。
「あ…」
「彼女はまだ転校して来たばかりということもあり、少々緊張しているようだな。皆もあまりじっと見てやるな」
ふっ、と笑いながら蓮二がそう言うと部員の皆も笑う。「改めて自己紹介…出来るか?」と優しく問う蓮二に私は頷く。
「3年C組のみょうじなまえです。テニスはほとんどやったことがありませんが、見るのは大好きです。マネージャーとしての経験もあるので、少しでも皆がテニスに集中出来る環境を作れればと思います。宜しくお願いします!」
そこまで一気に言い切り頭を下げると、皆も「お願いします!」と言って頭を下げてくれた。こんな大勢の人数に頭を下げることも、下げられるということもなかなか無い気がする。
「…よし。紹介も終わったところで今日も各自ストレッチしたら、コートランニングから。それじゃ解散!」
幸村くんの解散の声と共に、皆一斉にフェンスに囲まれたテニスコートへと入っていく。そんな光景を眺めながら深い溜め息を吐く。たったの自己紹介なのにあんなに緊張しちゃって。きっと皆からも頼りないって思われちゃったよね……。最悪だ。それよりも、よりによって蓮二に助けられるなんて…。後でちゃんとお礼言わないと。
「ふふ。思ったより人数多くて驚いた?」
「へ、あ、いや…前から何度か練習風景見たことはあるし、多さには驚かなかったんだけど…。あんなにたくさんの人数を前にして堂々と話せる幸村くんは凄いね」
「堂々と話せなきゃ部長なんて務まらないからね」
そう言ってにこりと笑うと幸村くんは、ストレッチを始める為にコートの方へと行ってしまった。ていうか私もコートの中入っちゃっていいのかな…邪魔にならないようにまだ外にいた方がいいのかな…。などと考えながらうろうろしていると「おい」と後ろから声をかけられた。振り返れば赤髪の男の子が風船ガムを膨らませて立っていた。
「あ、邪魔だった?ごめんね」
「いや別に邪魔じゃねえけど、うろうろしてっからどうしたのかと思って」
「あぁ…ストレッチ中にコートに入ったら邪魔かなって」
「そんなこと気にすんなって。そこのベンチにでも座ってりゃいいだろぃ。今日は見学みたいな感じだろ?」
「うん。幸村くんにも今日は仕事はしなくていいって言われてはいるんだけど」
「んじゃ尚更座っとけって」
「うん、そうする。ありがとう。…そういえば名前何ていうの?」
「俺は3-Bの丸井ブン太。シクヨロ」
「へえ!ブン太って珍しい名前〜。じゃあブンちゃんって呼んじゃおうかなぁ。なんか可愛くない?」
私が笑いながら冗談交じりにそう言うと、「んーまぁ別にいいけど。よくそう呼ばれるし」と予想外の答えが返ってきた。我ながら可愛らしいあだ名を閃いたと思ったのに、彼からするとそれで呼ばれ慣れているらしい。なんだか悔しいから本当にブンちゃんと呼ぶことにした。
「なぁんだ。名案だと思ったのに」
「どこがだよ」
そう言って鼻で笑うブンちゃんを睨みつけると遠くから「コラァ!丸井ー!!!サボってないでさっさとストレッチ始めんか!!」という怒号が聞こえてきた。驚きコートの方を見れば真田くんが腕を組みながら、険しい顔をして立っていた。真田くんは怒ったら怖い人という私の予想は悲しくも当たってしまった。というか想像以上に怖い。
「ちぇ、真田は本当厳しい奴だよな〜」とボヤくと、ブンちゃんは頭の後ろで手を組みながらコートへと入って行った。少し意地悪そうな所もあるけど、彼は案外優しい性格なのかもしれない。…数分しか話してないけど。