「…あっ、」
学校からの帰り道、忘れ物に気が付いた。それも最悪なことに明日が期日の課題の。あと数分で家に着く距離にいたけど、課題を忘れて補習になるのも嫌だし……。まだ学校にいるはずの彼氏の蓮二に電話を掛けてみるも出なかった。まだ部活中なんだろう。はぁ、と小さく息を吐きながら仕方なく元来た道へと引き返した。
・
ようやく自分のクラスの教室の前へと辿り着き扉に手をかけると、教室の中から机が倒れたような大きな物音が聞こえた。私はなぜか反射的に手をサッと引っ込める。
扉の小窓からそっと覗くと二人の男女が向かい合っているが見え、咄嗟に身を隠すようにその場にしゃがみ込んだ。あれってもしかしなくてもカップル…だよね。そんな状況で教室に入れるほど、私の精神力は強く出来ていない。だけどわざわざ取りに戻って来た訳だし、諦めるわけにもいかないから出てくるまで待つしかない、のかな。
どうやって時間を潰そうかと考えていると一つ、ふと疑問に思ったことがある。クラス内に私達以外のカップルなんていたっけ。教室内は暗くてよく見えず、誰なのかは分からなかった。考えれば考えるほど気になってしまい、音を立てないようにもう一度教室の扉へとそっと近付き覗いてみる。
私が覗いたと同時にタイミング悪く教室にいる男女がキスをしているのが見えてしまった。見てはいけないものを見てしまった気がして、思わず顔を逸らす。
とはいえ、咄嗟に目を背けてしまったもののやっぱり誰なのか気になってしまう。罪悪感に駆られつつも視線を戻すとキスはもうしておらず、先程よりも距離が開いていた。今度こそ、という思いでまじまじと教室内を見つめる。
……って、あれ。ていうか、この背丈って……まさか。
「れ、蓮二…?」
教室にいたのは紛れもなく、私の恋人である柳蓮二だった。そんな彼が、私ではない他の女の子とキスを――背中しか見えないけど、この後ろ姿は蓮二で間違いない。
目の前の状況に理解が出来ず、ぼーっとその光景を見つめていると相手の女の子と目が合った。見間違いでなければその子は、私を見て笑みを浮かべた…気がした。そんな彼女を見た蓮二がこちらへ振り返ろうとしたので、私はその前に逃げるようにしてその場から立ち去った。
・
─ピコン。
自分の携帯が鳴ったが、誰からの連絡なのか確認する気力も起きなかった。ベッドの上で膝を抱えるようにして座り、そこへ顔を埋める。
あれから私は、教室で見た事を頭の中から追い出すように必死に家まで走って走って、走った。家に着き、自分の部屋に入った途端、何かがプツリと切れたように目から涙が溢れ出た。
頭の片隅で課題を取り忘れてしまった事を思い出したけど、そんなことはもうどうでもよかった。あんなもの見るなら課題なんて取りに行くんじゃなかった。結局忘れちゃったんだし。今日の蓮二いつもと変わらなかったのに。お昼だって、2人で一緒に食べたのに。…あ、それ思い出したら余計辛くなってきたかも。
今まで全部私の思い違いだったのかな。勝手に私だけが舞い上がっていたのかもしれない。どう頑張っても考えは悪い方向にしかいかない。
蓮二が浮気するだなんて、正直今でも信じられないし信じたくない。だけど、あんなものを見てしまったら、このまま付き合っていく自信なんてあっという間に消えてしまった。私の為にも、蓮二の為にも、別れるのが正解なのかもしれない。そう思い、さっきから幾度となく鳴っている携帯を手に取る。
「…っ、」
携帯を開くと待ち受け画面には、以前一緒に勉強した時にこっそり撮った蓮二の写真が映っていた。この後撮ったことがバレてすごい怒られたんだっけ。その写真を見て、蓮二との色んな思い出が走馬灯のように頭の中を駆け巡る。
一瞬別れを告げることを躊躇いそうになったが、私達の為だと心に再び言い聞かせメール機能を呼びだす。本当は電話や直接会って話したかったけど、声を聞いたり顔を見てしまったら本当に思い止まってしまいそうだから、メールで別れを告げることにした。
「あれ…」
新着メールが何件か届いていた。…あぁ、さっきから鳴っていたやつかな。
差出人を見ると”柳蓮二”と表示されており、心臓がドクンと大きく波打つ。指先が少し震えながらも、そのメールを恐る恐る開く。
『名前、話したい事があるのだが今平気か?』『電話してもいいだろうか』『名前にどうしても謝らなくてはいけないことがある』
まさか、蓮二からこんなメールが来るとは思わなかった。きっと、他に好きな人が出来たから別れたいとかそんな事を言われてしまうんだろう。でも、それならある意味好都合かもしれない。このままこちらから別れを告げてしまえば、あっという間にこの関係は終わってしまうんだろう。
『私も蓮二に話したい事があるの。きっと蓮二も同じことだと思うんだけど、私と別れてほしい。』
もっと伝えたい事があったけど、今の私にはこの文を打つので精一杯だった。そして、数分もしないうちに再びメールの着信音が鳴る。内容は大方予想がつくが、蓮二からのメールを開く。
『見ていたのか。』
見てたよ馬鹿。小さく呟く。このメールによって、教室にいたのは本当に蓮二だったという現実を改めて突きつけられた気がして、携帯を持つ手に思わず力が入る。
『うん、見てた。言い訳は聞きたくないよ。少しの間だったけど、蓮二の彼女としていられて本当に幸せだった。今までありがとう。あの子と幸せにね』
そう送り、蓮二のメールアドレスを受信拒否に設定した。言い訳は聞きたくないとは言っても、してくるのは目に見えていたから。何度か電話が来たので携帯の電源を落とし、携帯を閉じる。
これで終わったんだよね…私達の関係。蓮二はこれからあの子と付き合うのかな。そんな想像するだけで、胸が張り裂けそうな気持ちになってしまう。
今日はこれ以上もう何も考えたくない。もう寝よう。全てをシャットアウトするように、頭まで布団を被るとぎゅっと瞼を閉じた。