翌日、部屋に入り込んだ冷たい風で目を覚ました。ああ、昨日窓開けっ放しで寝ちゃったんだ。それにしても、今日はいつにも増して憂鬱な朝だな。
これから毎日あの女の子と蓮二が仲良くしているところを見なくちゃいけないのかと思うと、溜め息ばかりが口から溢れ出る。休みたい気分だけれど、例の課題を出さなければ補習が確定してしまうというのが悲しい現状。目を擦りながら、いつものようにカーテンを勢いよく開ける。
「えっ…」
カーテンを開け、なにげなく外を眺めると家の前には蓮二が立っているのが見えた。その光景に私の脳は一気に覚醒する。
そういえば今日は朝練が無いから、久しぶりに一緒に登校しようって約束してたんだっけ。昨日の件ですっかり頭から抜けていた。だとしても来る時間早すぎだけど。どうしてこんなことするのかな、「蓮二にはあの子がいるくせに、馬鹿」と、心の中で悪態をついてしまう。
昨日のことが無ければ今すぐ準備して蓮二の元へ駆け寄って「なんでこんな早く来たの」なんて言っていたのかな。自分で想像したことなのに思った以上にダメージが大きく、胸がチクチクと痛む。早く蓮二への気持ち、忘れないとダメなのに。本当は忘れたくなんて、ないんだけど。
と、いうよりも。蓮二が立ち去るのを待っていたら確実に遅刻してしまう。遅刻すること自体は別にいいんだけれど、昨日取り損ねた課題を朝早く行って終わらせる予定だったから、去るのを待っていたら確実に補習決定になってしまう。それは回避したい…どうしよう。同じ場所をぐるぐると歩き回りながら考え込む。
…あ、こんな時こその友達!閃いたと同時に、ポンと手を打った。思い立ったが吉日という訳でもないけど、早速自分家の向かい側に住んでいる男友達の仁王雅治に電話をかける。
「…んー…なんじゃこんな早くから。折角朝練が無いっていうのに…」
「一生の頼みなんだけどさ、今から一緒に学校行きません?」
「は? 柳はどうしたぜよ?」
仁王は本当いつも鋭いとこ突いてくる。でもそこはなんとなく空気を読んで欲しかった。仁王のことだからわざと聞いてる可能性もあるけど。
「とにかく…お願い! 詳しくは学校で話すから。私、課題やらなくちゃいけないの。補習が懸かってて…」
「ていうかもう家の前に柳いるんじゃが」
向かいの家の窓を見ると、仁王もカーテンを開け下を見つめていた。ちらりと仁王がこちらを見ると目が合い、なんで?とでも言いたげに怪訝そうな顔を見せた。
「その蓮二をどけて欲しいの」
「名前と登校する約束してたんじゃろ? それなら流石に無理ぜよ」
「とにかく! 後でちゃんと話すから急いで来て、お願い!」
仁王の言及から逃げるように電話を切る。向かいの窓を見れば、こちらに向かってわざとらしくため息をつく仁王が見えた。なんだかんだ協力はしてくれるみたいだった。
急いで支度を済ませ、再び外を見るとちょうど仁王が家から出て来たのが見えた。…よし、私も行こう。階段を降りて玄関の扉を開けると、蓮二がハッとしたような顔をしてこちらに近づいてきた。
「名前、昨日のことだが…」
「に、仁王!行こっ」
「おー…そうじゃな」
蓮二の呼びかけに対して、私はそれを遮るようにして仁王の名前を呼ぶ。一瞬見えた蓮二の顔が、今まで見たことがない位に辛そうな表情をしていて胸がズキズキと痛んだ。これも全て私達の為、と暗示をかけるように自分へ言い聞かせた。これくらいすれば蓮二もきっと、私へ関わるのは止めるだろう。隣を歩く仁王から、小さな溜め息が漏れる。
「…放課後気まずいんじゃが」
「本当ごめん…」
「まぁ、大体のことは今ので分かったぜよ。でもなんで…」
「それは学校で話す。…とりあえずお礼に何か奢らせて。何がいい?」
「じゃあ駅前のケーキ屋さんで新作ケーキ出たって丸井が言っとったから、それで」
「分かった。放課後行こ」
・
「…あ、あれ?」
教室へと着き早速課題にとりかかろうとしたのだが、机に課題は入っていなかった。早く見つけないと提出に間に合わなくなってしまうし、ここまでして早めに来た意味も無くなる…。
「ねぇねぇ、これ苗字さんのだよね?名前書いてあるし」
上から声がしてので、見上げると昨日教室で蓮二とキスをしていた女の子がプリントをヒラヒラとさせて、にこりと微笑んでいた。名前は確か…畠山さんだったかな。
違うクラスなのに何で貴方が私のプリントなんて持ってるの。昨日なんで蓮二とキスしていたの。彼女には言いたいことは山ほどあったが口をつぐみ、ぐっと堪えた。
「あ、ありがと…」
「そういえば、さっき仁王くんと一緒に学校来てたよね?柳くんはどうしたの?もしかして別れた、とか?」
「それはっ……!」
その言葉に思わず、キッと畠山さんを睨み大きな声をあげてしまう。教室に人がいない事だけが幸いだったが、そこにちょうど蓮二が教室へ入ってきたのが見えた。蓮二は私達の事に気付きこちらへ向かって来ようとしたので、私は畠山さんの手から荒々しくプリントを受け取り、
「蓮二のこと、悲しませないで」
それだけ言い残して、仁王のいる教室へと逃げるようにして向かった。
蓮二への気持ち、簡単に忘れられたらどんなに楽なんだろう。心は正直なもので蓮二の姿を見る度に心臓は高鳴ってしまう。早く忘れる事が出来れば辛い思いもしなくて済むのに。こんな状況では忘れられるのは当分先になりそうな気がして、胸がぐっと締め付けられたような気持ちになった。