幸福のおかわり


「遅れてすまない。講義が長引いてしまった」
「そうだろうと思った。じゃあ食券買いに行こ」
「あぁ、待ってくれ」


 席を立とうとすると、手を握られ引き止められる。少し驚きつつも、どうしたの?という意味を込めて首を傾げると、蓮二は鞄の中からランチバッグを取り出した。


「え!作ってきてくれたの?」
「たまにはな」
「今朝も作ってくれたのに…」
「明日は名前が作ってくれるんだろう?」
「そうだけど…ありがとう」


 そう礼を言うと蓮二はランチバッグの中から2つのお弁当箱を取り出す。同じ柄で色違いのお弁当箱。先月一緒に買い物に行った時に、私が一目惚れして買ったんだっけ。買った翌日に私がノリノリで二人分のお弁当を作った日以来のお目見えかもしれない。蓋をパカッと開けると、色とりどりの具材が顔を見せた。


「わあ…美味しそう!いただきます!」
「ふ、いただきます」


 最初に目に入ったほうれん草の胡麻和えを箸で一つまみし、口へと運ぶ。程よく甘く優しい味に思わずうっとりとする。朝も昼も蓮二の手料理が食べられるなんて、今日は一段と幸せだ。


「何か気付いたことは無いか?」
「ん?この胡麻和えの?」
「そうだ」


 蓮二の言葉に私はじっくりと味わうように、何度ももぐもぐと噛み締める。言われてみればいつも蓮二が作ってくれるほうれん草の胡麻和えより、まろやかに感じた気がした。


「確かにいつもと味が違うかも…。なんだろう。味噌とか?」
「正解。流石だな」
「蓮二の料理は私が1番食べ慣れてるもんね」
「俺が言わないと気が付かなかったけどな」
「そ、そこは言わないの」


 私たちのいる食堂は沢山の学生が賑わっており、ひどく騒がしい。けれどその喧騒もどこか遠くで聞こえているような、普段家で2人でテーブルを囲んでいる時と同じような、そんな気持ちになった。蓮二が作ってきてくれたお弁当のお陰かもしれない。


「名前!私たち先に教室行ってるね?」
「あ、うん。席とっておいてもらっていい?」
「了解。ラブラブしすぎて遅れないようにね〜」
「そんなことしないってば」


 頬を膨らませながら友人達をじぃと睨むと、「ごめんごめ〜ん」と言って逃げるように私たちの元から離れていった。


「…いつもごめんね。私の友達いつもあんな調子で」
「ふ、相変わらず楽しげだったな」
「一緒にいて楽しいんだけどね」
「それが何よりも一番だろう」
「ふふ。そうだね。蓮二の友達はみんな落ち着いてるよね」
「そうだな。アルコールが入ると陽気になる奴もいるがな」
「そうなんだ?ちょっと想像出来ないかも」


 名前が酒癖悪いのも皆想像出来ないだろうな、と意地悪そうに呟く蓮二の両頬をつねりたくなる気持ちをぐっと堪えた。


「お家にいたら絶対つねってた」
「学校だから言ったんだ」
「む…むかつく〜」
「そういえば名前は今日バイトだったな。何時までだ?」
「あ、うん。混んでなければ22時上がりかなぁ」
「分かった」
「いつもお迎えありがとうね。なんか私ほんと蓮二におんぶにだっこ状態だよね。不甲斐ない…」
「今朝も言ったが名前が申し訳なく思う必要なんて1つも無い」
「そうだけどさぁ…それでもモヤモヤしちゃうの!」
「それなら、ちゃんと家事分担決めるか?」


 蓮二の言葉に私はハッとする。そうじゃん。同棲したらルールをちゃんと決めるのが普通だよね。高校時代の友人が彼氏と同棲を始めた時、ルール決めで揉めたという話を不意に思い出した。私達もそんなことで揉めちゃったら嫌だな。


「そういえばそういうこと何も話してなかったよね…」
「俺は気付いた方がやればいいと思っていたが、名前がそれでモヤモヤしてしまうならしっかり話し合って決めた方がいいな」
「そうしたいな。らありがとう」
「それなら名前がバイトから帰ってきたら決めるとしよう」
「ん、分かった」


 何気なく腕時計に視線を落とすと、いつの間にか教室へ向かわないといけない時間になっていた。蓮二といると時間が過ぎるの、本当にあっという間だなぁ…。そんな私を見てか、蓮二も自分の腕時計を見た。


「時間だな」
「うん…あ〜あ、嫌だな講義…」
「これで本当に遅れたらまた茶化されるんじゃないのか?」
「う、確かに…それも嫌だ」


 小さくため息を吐きながら空になった弁当箱を片付ける。すると蓮二が私に向かって手を出してきたので、「ん?」と首を傾げると私の手元を指差してきた。


「お弁当箱がどうかしたの?」
「かさばるだろう。一緒に持って帰る」
「え、あ、ありがとう…」


 手にしていたお弁当箱を蓮二に手渡した。どこまで気が利くんだろう彼は。それに比べて私って……。つい自分と蓮二を比べて卑下してしまう。


「それではまた夜にな。バイト頑張れ」
「うん、ありがとう。お弁当ご馳走様、美味しかった」
「それは良かった」


 互いに手をヒラヒラと振り、それぞれ次の講義がある教室へと向かった。講義が始まる前に結局友達達に茶化されたことは、蓮二には言わないでおこう。
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