平々凡々、それが私にお似合いの言葉だ。強いて言えば、多少勉強ができるくらい。それだって少しだけ、本当に少しだけだ。
1年3組苗字名前それが私だ。先程も言ったように成績は中の上程度。
それなのに、対して目立つ部分も頼りがいもないのに、
「じゃあ今日から頼むな、苗字」
「おい影山、ちゃんと言うこと聞けよ!」
「…うす」
本日付で影山くんこと影山飛雄くんの勉強応援係となった。何故。
事の経緯は、まぁそもそも成績が悪い影山くん。それはもはやクラスの皆、そして
バレーボール部が優秀な成績を修めてから、有名人となった影山くんの成績は学年が違っても芳しくないと知っている人がいる程だ。そして本人も隠す気が無い、潔い。
それ程に影山くんは勉強が苦手だ、その為私を影山くんに配属して少しでも成績向上を図ろうと言うのが先生方の魂胆らしい。
しかし、先程も言ったが私は成績クラストップとかでも無いし、特別影山くんと仲が良い訳では無い。
む、むしろ私が一方的に目で追ってしまってるような状態だ。
彼はとても端正な顔立ちをしている。顔だけではなくスタイルだって半端なく良い。小顔だし、足長いし。
それに1度だけ影山くんに助けられたこともある。大したことでは無い、集会中に気分が悪くなった私にいち早く気づき、保健室まで連れていってくれた。
あの見た目に加えて、優しいと来る。これはモテないわけが無い。
少し目付きが悪いのがたまにキズだが、そもそも1年生の間で密かに人気を博していた影山くんは
今は2、3年生のお姉さん達にも声をかけられてるのをよく見るほどになった。学年問わず、告白されていると専らの噂だ。
とにかく、私は彼に気があるのだろう。授業中や移動教室の際、彼を目で追っていることが多い。
それ程に私にとって影山くんは高嶺の花的存在だ。
なのに何故、私は影山くんの勉強を見ることになったのか。
影山くんからしたら、もはやお前は誰だと思われてるかもしれない。
嬉しいような複雑なような気持ちに落ち着かず、思い切って先生に聞いてみることにした。
すると
「え?苗字断らないでくれるだろ?あいつの勉強見るなんて、相当根性無いと出来ないから、頑張れよ!」
イエスマンだったかららしい。
少しだけイラッとしたが、これは影山くんと接することができるチャンスだ、と言い聞かせ
目前に迫りつつある中間テストに向けて影山くんと勉強する事になった。
◇
「こ、これはこの公式を使うと解けるよ」
「…ほんとだ、…これは?」
「これは、この公式。別物だから分けて覚えてね」
「…覚えんの多いな」
眉間にシワを寄せる影山くん、しかし今日も顔がいい。
教室に残って、影山くんの前の席に座り教える。これまででは考えられない距離感に、1番自分がビビっている。
「…あ、そろそろ帰ろうか。もう暗いし」
「おう、…苗字さん家まで送る」
「え!?大丈夫だよ、家近いし」
「俺の勉強に付き合ってもらったんだ、それくらいさせてくれ」
優しい。勉強中の集中した表情もかっこいいのに今の少し微笑んでる顔もかっこいいなんてずるい。
「じゃあ、お願いします」
赤くなった頬を隠すように、顔を逸らしながらお願いした。
◇
「じゃあ、ここだから。ありがとうございました!」
「おう、…また明日な」
「ま、また明日!」
家までの道中はほとんど無言だった。当たり前か、私達を繋ぐものは勉強だけだ。それに関すること以外は話せることがない。
きっと誰が相手でも、影山くんは女の子を1人で帰さないのだろう。よく出来た男の子だ。
私は特別ではない、そう少しだけ落ち込んだが、彼から「また明日」と言われただけで気分が上がる私は相当安い女である。
こんな毎日を約1週間続け、影山くんは全教科赤点の回避に成功した。奇跡だ。
先生方からも褒められ、教えた私も褒められた。嬉しい。だが、私が教えた時点では大体彼は?を飛ばしまくっていたのだが。
自分でも沢山復習をしたのだろう、でなければ申し訳ないが全教科赤点回避なんて難しい。
とは言え、教えた身としてはちゃんと成績向上してくれて誇らしく思う。これで私と影山くんを繋ぐものは無くなってしまったが、これはこれで良い。
…なんて考えていたのだが、これに味をしめた先生方は勉強応援係を無期限の延長を頼むなんて言ってきた。あれ?
影山くんには既に通達されているらしく、なんて事ない顔で「これからもお願いします。」なんて大きな背を丸めてきた。あれ。
もう1人で勉強出来るのでは?勉強法だって分かったから赤点回避したのでは?なんて疑問は浮かんできたが、
先生の言う通り私はイエスマン。とりあえず、なんて気持ちで彼の教育係を続けた。
それから期末テストを経て
2年の1学期が終わり、2学期が終わり、3学期が終わった。
そして3年生の1学期が終わり、2学期が終わり
残す学校生活は3学期のみとなっていた。
あれ?私、延長し過ぎでは?なんて今更になって気づく。
しかも、私と影山くんは3年生まで3年間同じクラスになっていた。先生の陰謀だろうか。
私達の関係はいつの間にか知れ渡り、最初こそ付き合ってるんじゃないかだとか、皆の影山くんに言いよってんじゃないわよだとか、
嫌がらせを受けた事もあった。靴に画鋲が入れられていたり、机に落書きされていたり。流石イケメンだなぁ。なんて思いながら水をかけられた時は涙が出た。私はそんなメンタル強くない。
しかし、いつも影山くんが気づいてくれた。私を保健室へ連れてってくれた時のように、誰より早く気づいて、いつの間にか嫌がらせは止んだ。
そして、嫌がらせを受けていたことを黙っていた私に対して酷く怒った。なんで頼らない。俺に言えば良かっただろ、そんな思いしてて我慢するな。と。
今思えば、私と影山くんは約2年間とちょっと一緒にいたが、怒られたのはあれが最初で最後だった。大事に思ってくれてたのだろうか、なんて自惚れてみる。
そして今日も私は影山くんの前の席に座る。
1年生の時よりこの距離感には慣れた。雑談も少しだけ出来るようになったし、休みの日にお互いの家に行って勉強したこともある。1年生の時に比べれば大躍進だ。
3年間同じクラスでほぼ毎日見てしまう顔なので分かりにくいが、3年生になって影山くんはさらに大人っぽい顔つきになった気がする。
かっこいい、優しいなんて思って目で追い始めて2年とちょっと。今日も全然飽きないなぁ。なんて思って笑みを浮かべる。
「?どうかしたか苗字」
「いや、なんでもないよ。…もう3年生なんだなぁって」
「…おう」
どこかで聞いた、影山くんは高校卒業後プロのバレーボール選手になると。
じゃあもう勉強なんてしなくていいじゃないか。なんて自由登校になる前のテスト直前に思う。きっと影山くんもどこかで思ってるであろう。
私と影山くんを繋ぐものはもう何も無いんじゃないか。なんて思うが、私はまだ影山くんの傍にいたい。いて良い理由が欲しい。
だから私は思っても、何も言わず日々を過ごしていた。しがみつけばしがみつく程、離れる事が辛くなるとわかっていたのに。
◇
そして烏野高校卒業式の日
ついに私たち3年生はこの学校を旅立つ時が来た。なんだかんだ友達も沢山いたし、ここから上京する人もいるので、別れは想像以上に悲しかった。
そして、私が1番離れたくない人は
「…俺はバレーを続ける。世界とも闘える選手になる。」
私なんかとはもう会えないような所へ行ってしまうようだ。
「そっか…頑張ってね、応援してる!テレビで見かけたら、私この人に勉強教えてたんだぁって自慢するね」
「…おう、そんなんで良いなら俺の名前使ってくれ。」
ははっと笑う影山くん。2年ちょっと一緒に居たけど、こんな爽やかに笑うのは初めて見た。
もしかして、もしかしたら、あわよくば、なんて欲が出てくる。
少しでも、特別な女の子になれたんじゃないか。なんて自惚れ始める。
だめだ。いけない、高校最後の思い出を、影山くんとの最後の思い出を悲しみで終わらせたくない。
おかしな事を言い出す前に、もう、綺麗にお別れしよう
「それじゃあ…私行くね。2年間とちょっと。ありがとう、楽しかった。」
「俺の方こそ…ありがとう。苗字がいたから俺赤点回避だってできた訳だし…本当にありがとう。」
やばい、気持ちが溢れそうになる
「か、影山くん」
「?」
「私は、影山くんにとってどんな存在でしたか!!」
何を言っているんだ。そんなの答えは決まってる、影山くんだって急にそんな事言われて困るだろう。
そんな事は頭でしっかり理解していたのに、止まらないほど私の気持ちは溢れていた。
「!?どんな存在…?………優しくて、面倒見が良い友達、だ。」
友達。
いやその前にも褒めてもらった。充分すぎる。未来のスターに褒められた、喜んで。お願い喜んでよ私。
「…苗字…?」
黙りこくる私を覗き込む影山くん
大丈夫、大丈夫。わかってたでしょ、もうずっと見てきたんだから。彼が私を見る目は、そんなんじゃないって。
「ありがとう、私も影山くんみたいな優しい友達出来て、良かった!!…じゃあ、ばいばい。プロになってもバレー頑張ってね!」
「…おう!」
そう言って別々の道を行く私達
彼の姿が見えなくなって思う。終わってしまった。私の恋も、彼との関係も。
握った拳が痛い。きつく噛み締めている唇が痛い。力が入り過ぎている目や眉間が痛い。
全部全部、痛い、でも。1番痛いのは痛くて叫びそうだったのは心だった。
私の2年とちょっとは、幸せだった。幸せだったけれど、
ハッピーエンドでは無い。
私は、今、幸せじゃない。
道端で蹲る。苦しい、痛い。心が、痛い。
どうしたら、ハッピーエンドになったのかなぁ。
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