うーん、どうしよう


大量に床に投げ捨てられた服たちを眺めながら考える。今日の夕方18時に影山くんと待ち合わせなのだが、未だ服装を決められずにいる。



何故夕方なのかと言えば、有名人な彼が少しでも目立たないようにする為だ。お店の予約は影山くんがやってくれるらしい、有名人御用達的な、個室なのだろうか。考えるだけで緊張してしまう。



モデル顔負けなスタイルを誇る影山くんの隣を歩くのにふさわしいスタイルなんか持ってない。なのでせめて服装で抵抗しようと思ったが、そんなデートに行くような服、何年も彼氏がいない私のクローゼットには少数しか無かった



昨日買った秋服も含めて、その少数精鋭達を着てみては悩み、投げ捨て、次の服を手に取り、を繰り返している。



まだ髪の毛も顔面も起きてからそのままなので悠長にしている時間は無い、早く決めなければ。



悩む余地もそんなに無い少数精鋭達の中で、まだマシだった服を手に取り身につける。



化粧を施し、暗い中でも顔が映えるよう強気な赤リップを唇に引く。地味な顔が少しでも明るくなると良いのだが。



髪の毛先を少しだけ巻き、準備万端。



日頃しっかりオシャレさんだったらこんな直前になって慌てる事も無いんだろうな、と今更過ぎることを考える。



とは言え、これが今の私の全力だ。影山くんがかっこいいことなんか日本中が認めているんだ、釣り合うなんて考えることすら烏滸がましい。



私は私の全力を、だ。もう少し可愛くしておけば良かったなんて後悔はしないだろう、自信が無いのはもはやステータスだ、仕方ない!!



時計を見て、集合時間が迫っていることに気づき荷物を手に取り、家を出た。どうかこの家に帰ってくる時には楽しかったと思えると良いのだけど…







集合場所に着くと、既に彼は待っていた



一瞬でわかる、あれは影山くんだと。身長と鍛え上げられた肉体は隠しきれてない。なんとか帽子やマスクなどによって顔が隠れているから騒ぎになっていないのだろうが、ファンが横切ったらバレそうだ。



「お、お待たせしました…!!」



「ん、おう、そんなに待ってねぇ。行くか」



「うん!!影山くん目立っちゃってるから、早く行こ」



「え!?」



気づいてないのか、身長もそうだがスタイルも良い彼は一般ピーポーとは明らかに違う存在感を放っていた。



服装だってしっかり似合っている。黒のスキニーに白のパーカー、その上からグレーのカーディガンを羽織っている。センスいいなぁ、自分が似合うコーディネートまでわかるのか、なんてモテそうなんだ…!



いざかっこよ過ぎる彼の隣に立つと、家で鼓舞した自分の自信が無くなってくる。いやしかし、今は落ち込むより先に彼を室内へ入れることが優先だ!



そう思い立ち、彼の案内する方向へ早足で向かった。






「美味しい!!」



「ん、良かった。今の好みとか知らなかったから。」



連れてこられたのはオシャレなレストラン。もちろん個室だ。



料理の種類だって沢山あって、自分の好きな物を頼ませてもらったが出てきた料理が明らかに高級そうで、食べながら金額に思いを馳せてしまう。手持ちで足りるかな…。



「高校卒業してから何してたんだ?」



「大学行ったよ、言わなかったっけ?地元の大学」



「聞いた。大学、楽しかったか?」



「うーん……まずまず?それなり?」



「なんだよそれ」


朗らかに笑う影山くん。でも事実だ、まずまず楽しかった。



「楽しかった事も多かったけど、授業についていけなかった時もあったし、課題に追われてた時もあったからずーっと楽しかった訳では無いなぁ」



「……高校卒業しても勉強するなんて、凄いな」



うげーっと嫌そうな顔をされる。影山くんからしたら考えられないだろう。



しかし、大学も出ずにそこそこな給料を貰うのはそれなりに難しい。それも烏野高校は商業高校などでは無いので、更にハードルが高い。



まぁそれも影山くんのようなプロの世界に入るなんてことを抜きにした話だが。…ともかく、私は大学に行く以外の選択肢が当時にはなかった。



「私からしたら、高校出てすぐプロのバレーボール選手になっちゃった影山くんの方が凄すぎるよ」



「……あざっす」



少しだけ照れたように言われる。影山くんって照れるんだぁ…。今更ながらに新発見。



「影山くんは?プロの世界はどうですか?大変?」



「まだまだ足りない部分は多いって思わされる毎日だ。…でも、やっぱり楽しい。強い奴と沢山試合出来るし、負けたくないやつも沢山いるからな。」



楽しそうだ、凄く。やはり彼にはバレーボールが似合ってる。



「そっかぁ、なんだか凄く楽しそうで安心したよ。高校の時からバレーばっかりだったし、今も変わらないのかなぁって思ったりしてた」



「……俺と、また会う前から?」



「え?うん、だって影山くんテレビとか、オリンピックとか出てたもん。見るとやっぱり思い出して、今も楽しくバレーしてるのかなぁって考えてたよ。」



むしろ、今の影山くんの活躍から思い出さずにいるのは難しいような気がする。




「…そっか、ありがとな。忘れないでいてくれて。」



「??…うん、私の方こそ。絶対忘れられてると思ってた」


たかだか勉強教わった程度。忘れてなかったとしても、またこうやって話す機会を設けてくれるとは夢にも思わなかった。



「忘れるわけないだろ、恩人だぞ」



「あははは!そうかぁ、恩人かぁ」



彼のようにイケメンなら、きっと私以外でもほかの女の子が助けてくれただろうに。なんて思ったが、もう過去の話なので今更言ってもな、やめておこう。



そういえば、ほかの女の子と言えば



「そう言えば影山くん、彼女いないの?」



「!?っごほっ…ごほ!!」



「うわぁ!?ごめんごめん!!」


びっくりさせてしまったのか、むせてしまった影山くん。申し訳ない、急に脈絡も無いこと言ってしまって…



お冷を渡し、落ち着くまで背中をさする。咳き込みすぎて涙目になってるのを見て、再度罪悪感に襲われた。ごめんね影山くん…



「ごめん、ごめんね。大丈夫……?」



「……ごほっ……ない。」



「え?」



「彼女、いない!」



「あ、そ、そうなんだ…」


力強く言われてしまった。怒らせてしまったのだろうか。



「ごめんね…?」



「…何がだ」



「急に変な事聞いて」



「いや、俺が動揺しすぎた。…彼女いるように見えるか?」



「うーん、どうだろう…バレーばっかりやってそうだから、いなさそうにも思えるけど…モテるだろうしいてもおかしくないかなぁとは思うよ」



「はぁ!?モテねぇよ」



「えぇ!?何言ってるの、絶対モテモテでしょ」



「そもそも、男ばっかりの世界だ。いてもマネージャーぐらい。モテるわけないだろ。」



「そのマネージャーさんとかとは接点ないの?…あとテレビの人とか、雑誌の人とか」



「ねぇよ……たまに凄い話しかけてくる女の人とかいるけど、そういう人達苦手だし、何より香水臭すぎてすぐ離れるようにしてる。」



「そ、そうなんだ…」


たぶんそのお姉さん方は影山くんに気が合って近づいているのだろうけど…


そう思ったが、そもそも影山くん自体が穏やかで、バレーの時はよく分からないが基本的にマイペースだ。なのでぐいぐい来られるのは苦手だと言う彼の気持ちもわからなくもない。



「で、でも、そういう人達って凄い綺麗じゃなかった?たぶんモデルさんとかでしょ?」



「あ?……どうだろうな、モデルだとは思うけど…俺はあんまりキレイだって思わなかった。…あ、でも宮さんに後からあの人美人だどーのこーの言われることはよくある」



やっぱり美人さんじゃないか、接点を自ら捨てるなんて勿体ない!



「宮さんが言うならきっと美人なんだろうねぇ…そういう人たちと付き合ってみたいとかは思わないの?」



「……苗字は俺に彼女を作って欲しいのか?」



「え!?いや、そんなつもりは無いけど、そんな美人さん達と知り合う機会があって、たぶん気があって近づいてきてくれてるのに全く接点持たないなんて勿体ないなぁ、って思っただけだよ」



「俺は別に好きじゃない人と一緒にいるつもりはねぇ」



「誰だって最初は好きじゃない人だよ、まずは仲良くならないと!」



なんだか、彼の将来が心配になってきた。



このまま影山くんがバレーばかりやっていて、独り身のままおじさんになるのなんて見ていられない。友人として、せめて結婚して1人ぼっちの老後は回避して欲しいところだ。




「……俺は、もっと穏やかで優しそうで、俺の話を聞いてくれて、香水臭くなくて、化粧だって濃すぎない人がいい。」



「そ、それは外見的な話は相談の余地ありだよ!言ってみなきゃわかんないし…内面的な話はちゃんと話してみないとわからないんじゃないかな?」



こんなワガママさんだっただろうか。と言うか好みの女性とかあったんだ…バレーが恋人だと思っていたよ、失礼でした。



「……もう、いるからいい」



むむむ顔のまま、ふいっと顔を逸らして言う影山くん



え、彼女居ないんじゃなかったの



「彼女いるの?」



「違う、…付き合いてぇって思う人、もういる」



「え!?そうなの!?」



なんだよ、それなら早く言っておくれよ!!巨大なお世話でしたね、ごめんなさい!!



「どんな人なの?穏やかで優しい人?」



「…おう」



「話聞いてくれて、香水臭くなくて、化粧も濃すぎないんだ?」



「……あぁ」



「凄い良い人だね!!どこで出会ったの?」



「……言わない。」



「え!?」



急に!?



急に教えてくれなくなってしまった。何故。



「え、ええ…じゃあ年齢は?」



「…同い歳」



「そうなんだ!東京の人?」



「……言わない。」



「!?」



また!?なんなんだ、どういう基準で教えてくれないんだ。



もしかして、私の知り合いだったりする?…でも、私の周りで未だ影山くんと接点ある人なんていなかったと思うけど…



「お、俺の事はもういいだろ!!苗字はどうなんだ、……その、彼氏、いんのか」



「いないよ、大学の時に出来たっきり。もう数年一人ぼっちで過ごしてる」



あははと乾いた笑いが出る。影山くんのようにイケメンでモテモテで片想いしてるなんて状況とは程遠く、しばらく乾ききった生活を送っている。



「…そっか」



「影山くんみたいに片想いしてる訳でもないし、今は全然恋愛出来てないよ」



とりあえず笑う。笑える状況ではないけれど。



「じゃあ、まだ苗字と会い続けてもいいんだな」



「え?」



「彼氏出来たら、駄目だろ。」



「確かに。私も影山くんの恋が実ったら会えなくなるね」



でもそれは寂しいような嬉しいような、だ。影山くんのような人が振られるなんて想像中々できないので、割とすぐ会えなくなりそうだなぁ



「…そう簡単にはいかなさそうだから、しばらく平気だ」



「影山くんでも落とせない女の子なんているの!?大丈夫だよ、影山くんはかっこいいし優しいから、きっと大丈夫!私が良い男だって保証する!!」


いつになく自信なさそうな彼に、調子良く言ってみる。いやいや、何様だよ私。



「…ははっ、ありがとな苗字。なんとか振り向かせてみせる。」



「その意気だよ!影山くん!自信たっぷりな方が似合うよ!」



こうして話しているうちに、気づけば時刻は20時を回っていた。



私はまだ平気だと言ったが、そんな遅い時間に帰すわけねぇだろ。とどうせ送ってくれるのにそう言う影山くんにお店の外へと連れ出されてしまった。



あれ、そう言えばお会計は。と思い影山くんに聞くと



「さっきトイレ行った時払っといた。」



「え!?いくらだった?」


急いで財布を出す。いつからそんなスマートな人になったんだ、同い歳なのにすごく置いていかれてるような気分になる。



「いい、気にするな。俺が誘ったんだしな、俺が出したかったから出した、それだけだ。」



「だ、駄目だよ!!彼女でもあるまいし……友達、でしょ?これからも仲良くしていきたいから、出させて!」



「……あぁ、友達だからな。じゃあ次から割り勘にしよう。」



そう言って結局お金は受け取って貰えなかった。次は、必ず私が奢るから!!と宣言したがはいはいと流される。あれれ。








「今日も送ってくれてありがとう、またご飯行こうね。楽しかった!」



「おう、俺も楽しかった。また誘う。……じゃあな、おやすみ」



「おやすみ!」



そう言って家の中へ消える苗字。



今日の会話から、苗字が俺に1ミリの好意も抱いていないことが発覚した。当たり前か。



友達。あの頃恐らく苗字を傷付けた言葉が、今は俺に返ってきた。この痛みは想像以上だ…。



まだまだ好きにさせるにはかなり時間がかかりそうだ。それに俺は女性を落とすテクニックなんて知らない。そんな事してる間に彼氏を作ってしまうかもしれない。



そんなことになってたまるか。そう思い、俺は頼れる先輩に連絡することにした。