あの日、影山くんと再会してから初めてご飯に行ったあの日から、たまにではあるが影山くんと会う機会が増えた。



頻度にしてみれば、2週間に1回の時もあれば3週間に1回の時もある。基本的に私は土日なら早めに言ってもらえれば空けることが出来たので、影山くんに誘われた時は大抵会うことが出来ていた。



頻度がまちまちなのは、恐らくだが影山くんが多忙だからであろう。試合に練習に取材に忙しいだろうに、私との時間まで取ろうとして体を壊さないか心配になる。



ある時、そんなに無理して会おうとしなくても、話したいことがあったら電話してくれれば…と言ったことがあるのだが



「そうか、じゃあ電話もする。」


と言って、会わない週は電話が来るようになった。電話でも、と言ったのにどこで電話も。に変わってしまったのか。



あまりに大変そうなのに、合間を縫って電話や会おうとする影山くんにどうか強制的にでも休んでもらえないかと、こちらからしばらく会うのを拒否した事があった。



彼と過ごす時間は高校の時同様、とても楽しいが、彼が体を壊してしまっては元も子もない。そう思って、誘われても時間が無いや、用事がある。しばらくは会えそうもないなどと無理矢理断り続けた。



その結果、影山くんからの留守電で



「何かしてしまったなら謝る……でも、わからないんだ。しつこく会いすぎだったか、電話し過ぎだったか。それだったなら本当に悪い…これから直すから、どうか会ってくれないか」



なんて悲しそうな声でメッセージが残っていた。あまりに悲しそうなので、慌てて電話をかけ直し、私の意志を伝えたところ、



「自分の体調管理ぐらい出来る。苗字は気にしないでいて欲しい。俺が、会いたいと思ってるから会うんだ。むしろ拒否される方が…しんどい……」



なんてまるで口説き文句のような言葉が返ってきた。そういう言葉はちゃんと片想いの相手伝えているのだろうか?なんて疑問に思う。これだけストレートに気持ちを伝えられるんだ、



影山くんの好意はきっと片想いの相手にダダ漏れなのだろう。影山くんに好かれているとなんとなく感じていて、こんな言葉を言われてしまったら私ならすぐ好きになっちゃうなぁ、なんて深刻に言ってくる影山くんを他所に考える。



「じゃあ会うけど、電話はやめよう?その時間もちゃんと休んで欲しい」



「俺が電話したいんだ。」



「話なら、会った時に沢山聞くよ!」



「そうじゃない、苗字の声が聞きたい。」



なんなんだ、なんで私にそんな言葉をかけ続けるんだ。と好かれているのは私では無いとわかっているのに、つい顔に熱が集まる。声が聞きたいなんて、元彼にも言われたことない。




「だ、だめ。ちゃんと休んで。……じゃないと2ヶ月に1回しか会わない。」



私だって生半可な気持ちで彼を心配している訳では無い。



簡単には折れてたまるか、と彼に厳しく言う。それに片想いしてるのに毎週仕事であるバレーボールにも関係無い女と電話なり会うなりしてるなんて、いざ恋が実った時の弊害と言うか、疑われる原因にしかならない。



近すぎる距離は危険だ、大人になった私はそう思い彼を突き放す。



「……わかった。でも、これからはちゃんと会ってくれ。」



「うん、また誘ってね、出来るだけ予定空けるから!」



絶対だぞ。そう言って切れた影山くんとの通話。やっと決着がついた、と息を着く。



しかし何故あんなに執着されるのか理解できない。会っても、電話しても特に片想いの恋愛相談される訳でもなく、会社の事とか、この間何してたとか世間話ばかりだ。



私は楽しいからいいけど、わざわざ定期的に会ってまですることでは無いなぁと感じる。



他に意図でもあるのだろうか、私の想像の範疇を超えた目的でも影山くんにあるのだろうか。







「あの人気バレーボーラー影山選手に熱愛」



「いやぁびっくりですねぇー、今アイドル的人気を誇るバレーボール選手なので、衝撃が凄いですね」



「私も影山選手かっこいいなぁなんて思っていたので、ちょっとショックですぅー」



「お相手は人気ファッションモデルの篠原亜紀さんとの事で、どちらも衝撃的ですね」



「記事によると影山選手が普段使っている練習所から、腕を組んで影山選手の自宅に帰る2人が撮られたとか」



「写真もありますね、他にも篠原さんの仕事場であるスタジオに迎えに行く影山選手の姿なども撮られています」



朝からこんなニュースばかりだ。



ほう、影山くんの片思い相手は篠原さんと言うモデルさんだったのか。



私はあまりファッション雑誌などは読まない、美容院に行った時ぐらいだ。なので彼女の名前は知らなかったが、写真を見るとどこかで見たことあるなぁ、程度には感じた。



一緒にお家に帰るなんて、全然落とすのに時間かかってないじゃないかぁなんて少し笑みを浮かべる。


朝の身支度をしながら影山くんにメッセージを送る。もう2人でご飯に行く事が出来なくなるのは少し寂しいが、彼の片想いが成就したのだ。お祝いするしかない。



「おはよう!片想い叶ったんだね、おめでとう!!もうこちらから連絡は取らないようにするね、また他の人も含めてだったらご飯行きたいな。彼女さんとお幸せに!」


よし、送信できた。また彼女さんも紹介して貰えたら嬉しいなぁいやいや私なんかに紹介する意味無いか。何の立場なんだ私は。



自分で自分にツッコミながら、家を出る。影山くんの熱愛報道で騒然としている世の中だが、今日は歴とした平日。私の1日は何も変わりはしない。






今日は忙しい1日だった。仕事がこなしてもこなしても減らなくて少々気が滅入ってしまった。なんとか終わらせたが、もう21時を回っている。今から電車に乗って帰るんだよなぁと家路を考え、嫌になる。


本当ならお昼ご飯の時間にでも、影山くんから返事が来ていたかもしれないので確認したがったが、そんな暇も無いほど忙しかった。お昼なんて5分で胃に詰め込んだ。


今更になって携帯を開く。するとおびただしい数の通知がメッセージアプリに届いていた。その数は80を超えている。


え、何…誰…!?そう思い、アプリを開くとそこには影山飛雄の欄に70と表示されている。何があったんだ影山くん…!?


彼女が出来た嬉しさからメッセージを暴発してしまったのだろうか、と彼のテンションを心配しながらメッセージを確認すると、


「ち」


「ちがう」


「報道違う」


「彼女じゃない、違うんだ」


「おはよう」


「不在着信」


「でんわでてくれ」


「不在着信」


「おい、苗字」


「違うんだ、会ってくれ」


「不在着信」


こんな調子で70個のメッセージが届いていた。違う?何が?


最後にメッセージが届いたのはつい15分前のようなので、遅くなってしまったが返事をする


「ごめん、今日忙しくて今始めてみた。違うってどういう事?片想いしてた彼女じゃないの?」


彼はもう家だろうか、寝てしまっただろうか。アスリートたるもの日々の生活には気を使っていそうだし、夜更かしなんてしないだろう。なんて勝手な想像をしてるとすぐに既読がつき、電話がかかってきた


「もしもし」


「違うんだ!」


「う、うぉっ…ち、違うって?」


主語も何も無い発言についうろたえる


「あれは、数回程度しか会ったことないモデルだ。家になんか連れてったことないし腕だって一瞬勝手に組まれただけ。その瞬間を切り取られた」


「え?でもじゃあスタジオに迎えに行ったって言うのは?」


「呼び出されたんだよ!次の日そのスタジオで仕事があったから打ち合わせがあって、スタジオに着いた時にあの人と少しだけ会話して、それを撮られた!」


全部でっち上げだ!!すぐに否定して報道陣にも連絡してある、そう言って疲れたようにため息を零した影山くん


全て嘘だった事には驚いてしまったが、既に対応済みな様なので安心した。その内この噂も消えるのだろう。


「そうだったんだ…てっきり私、あのモデルさんが好きだったのかと思っちゃって。」


「全然違う。俺はあの人のことそもそも全然知らねぇ。」


「でもなんでそんなタイミング良く撮られたんだろうね?」


「……わかんねぇけど、そういう事する芸能人はいるから気をつけろって今日バレー協会の方から言われた」


「…そういうことって言うのは?」


「俺と付き合ってるって嘘をマスコミを使って広めて、周りから固めて本当に付き合おうとする事、らしい」


「え!?そんな事ある!?」


「知らねぇよ……でも、実際起きたこれがそうなんじゃねぇの。」


「へ、へぇ……そんな世間に嘘をついてまで、付き合いたいんだね」


「えぇ、そうよ。何が悪いの?」


え、


知らない女の人の声がする、あたかも私へと向けたような言葉


振り返ると、綺麗な綺麗な女の人がいた。あ、知ってるこの人。今朝のテレビで見た人だ。悠長にそんな事を思い出す。


「あなた、影山選手の彼女?」


「えっ……ち、違います」


声色は優しく穏やかなのだが、彼女が持っている物を見て私は足の震えが止まらない。


あれは、きっとナイフだろう。鋭利なナイフ。鋭い切っ先が見える。


なんで刃を露出させて持っているのか、私を、刺すつもりなのか。そう考えた途端、足の震えが更に酷くなり、呼吸も荒くなる。


「違うの?じゃあなんで頻繁に会ってるの?こそこそ隠れてデートするみたいに」


「……ち、ちがいます。デートじゃなくて……ただの高校の時の、同級生です」


「おい、苗字!?誰と話してる!?」


携帯越しに影山くんの声が聞こえる。助けて、助けに来て。そう叫んでしまいたいが、そんなことした瞬間あのナイフはどこに行くのか。想像しただけで気を失いそう。


「同級生?あっそう、じゃあ邪魔しないでくれる?私ね、影山選手大好きなの。かっこいいし、うるさくないし、高給取りだし。結婚するには丁度いい案件なの。」


「…けっ、こん」


「そう、結婚。影山選手も恋愛とかどうでもいい人でしょう?バレー出来ればいいでしょ?だから形上だけでいいから私との結婚して欲しいのよ。でもそれにしては競争率高すぎて、もう面倒くさくなっちゃって。だからマスコミから囲めば彼ももうそれでいいやってなるんじゃないかしらって思ったんだけど…思ってたのと違ったのよねぇ。あんたのせいかしら?」


頬にナイフの先端を突きつけられる。そのまま横に引かれて私の頬に切り傷を作った。


血が垂れて、傷がピリピリする、痛い


気づけば影山くんとの通話は切れていた。頼みの綱は、切れていた。


「あんた本当は影山選手のこと好きなんでしょ」


「ちが、います」


「かっこいいもんね、彼。でも私に頂戴?彼にはあんたみたいな地味女似合わないわよ。本人も分かってるんじゃない?あんただって少しは自重して彼に絡むのやめなさいよ。邪魔なの、あんたみたいなのが彼の生活に関わってるの」


結婚したいだけなのに、何故彼の交友関係まで奪おうとするのか。この女の人の考えは1ミリも理解できない。


「…なぁに、その目。嫌だって言いたいの?渡さないって言いたいの?……それともこんなことしてる私の事を許さないとでも思ってるのぉ!?」


切られた頬とは逆、右頬を強く打たれる。痛い、痛いよ。思わず涙が零れた。あぁ、あの頃を思い出してしまう。


影山くんに勉強を教えていただけなのに、嫌がらせを受けた日々。あの頃も怖くて、痛い思いもした。精神的に強くない私はその度泣いていた。


今もそう、この女の人がいつになったら解放してくれるのかもわからないし、何より顔が痛い。あのナイフでまだ何かされるのだろうか、想像するだけで震えが止まらない。


はやく、早く終わって。……あの頃はどうして嫌がらせが止んだんだったっけ、


あぁ、そうだ。影山くんが気づいてくれて。誰より早く気づいてくれて、


「苗字!!!」


彼が助けてくれたんだった。


暖かい温度、優しい温度。力強い腕に包まれ、私の意識は落ちていった。