携帯越しに苗字に話しかける女の声がする
もしかして、篠原って奴だろうか。数回話した程度なので声なんて覚えていない。
こちらから苗字に声をかけても返事が無い、嫌な予感がする。返事が出来ないような状態って事だろう。
俺は今まで話した苗字との会話を思い出し、彼女の会社を目指して家を飛び出した
◇
この辺だと聞いていたが、暗くてよくわからない。どこだ、急げ、どうか無事でいてくれ苗字。
「私の事を許さないとでも言うのぉ!?」
女のヒステリックな叫び声の後、何かを叩いたような音がした。あそこか!!
「苗字!!!」
そこには篠原と血を頬から流し、泣いている苗字がいた
酷く震えているのが、遠目でもわかる。急いで駆け寄り抱き締める
何があったんだ、そう声を掛けた時にはもう苗字の意識は無かった。
「……なんで、影山選手」
「あんた、苗字に何した」
「あの、これは、その」
「何したって聞いてんだよ!!」
「ひっ……これ、使って頬の傷は…反対側は打ちました、手で」
手に持ったナイフを見せ、そういう女
「何でこんなことした」
彼女が理不尽に振るわれた暴力を知り、怒りが収まらない。収まらないが、ここで俺があの女を殴ってしまえばもっと大きな問題になる。報道だってされるだろう。
そうなったらきっと、苗字は自分のためとは言え悲しむ。そういう人だ、高校生の時から変わらねぇ。
「…あなたと、結婚したくて、邪魔だと思って」
「お前なんかと結婚しねぇ、相手は決めてる。さっさと手を引け。」
「は、はい…」
「あと、今俺に話したこと明日報道陣の前で自分の口で言え。自分がやったって。」
「!?…そ、それは…」
「出来ねぇなら、今ここであんたの顔を二度とモデルとして働けないようにするぞ。」
そんな事する訳ないが、脅しで言ってみる。
「…!!…わかりました、……その、ごめんなさい。…っ」
そう言って逃げ出す女。脅しが効いて良かった。効かなかったら、俺の怒りの限界を超えていたかもしれない。
そうだ苗字、急いで腕の中で眠る彼女の様子を見る。
顔からの血はまだ少し出ているが、そんなに出血していないようで安心した。右頬の打たれた痕は少し腫れてしまっていて痛々しい。
「……ごめん、ごめんな」
また、間に合わなかった。
いつも苗字が散々傷ついてから、俺は気づくんだ。あの時も今だって。
反省は後回しだ。とりあえず手当しないと苗字が辛いだろう。それに意識を失っているので、とりあえず横にしてやりたい。
苗字の家は知ってるが、勝手に鍵を探して使うなんて出来ないし、俺の家でもそこまで距離が変わらない場所だったので、自分の家に連れていくことにした。
カバンや靴を手に持ち、横抱きにする。急ごう。俺は彼女の負担にならない程度に急いで自宅へ向かった。
◇
目を覚ますと、知らない場所だった。
え、ここどこ……全く見覚えの無い場所に焦る。どうして、と言うかなんで私は寝ていたんだ
なんとか眠る前の記憶を思い出す、そうか、私あのモデルさんに、…
「いっ!!」
傷つけられた両頬を手で触ると痛みが走った。しかし、切り傷をつけられた方はガーゼで手当されていた。
もう片方も多少腫れていたような気がするのだが、触った時に少しひんやりとしていたので、誰かが冷やしてくれていたのだと理解する
でも一体誰が、と思った時意識を失う前誰かの温もりを感じたような、そんな気がした
兎にも角にも、とりあえずここはどこなのか。もう私自身は元気なので歩き回れるのだが、勝手に動き回っていいのだろうか…
とりあえず寝かせられていたソファーから起き上がる。ソファーと言ってもサイズがとんでもないので、私の自宅にあるベットよりずっと大きい。きっとお金持ちだ…と想像してお金持ちに大変お世話になってしまった…と震える。
シンプルだが物凄く広いリビングらしき部屋。巨大なテレビに綺麗なキッチン。そして部屋の隅に重ねて置いてある雑誌。
なんの雑誌だろう、興味本位で見てみると「月刊バレーボール」と書いてある。バレーボール…?その単語から連想されるのは1人だけなんだけど…
月刊バレーボールの山を眺めて固まっていると、扉が開かれる音がした
「……!!苗字!もう大丈夫か…!?」
手にビニール袋を提げた影山くんが駆け寄ってきて、顔に手を添え確認する。ち、近い…!!イケメンが近過ぎて少し心臓が暴れ出す。
やはり私の予想通り影山くんのお宅だった。ならばあのモデルさんから助けてくれたのも恐らく影山くんだろう。
「う、うん、もう大丈夫だよ、助けてくれたのも手当してくれたのも影山くん?かな?…ありがとう、本当に助かった」
「……いや、俺は全然助けられなかった。」
「え?」
「顔に、傷。……痛かっただろ、それに怖かっただろ。お前の元に着いた時、すげぇ震えてた」
ほんと、ごめん。そう言って優しく抱き締めてくれた影山くん。優しく温かい温もり。あぁこれは影山くんの温もりだったんだ、と安心して気づけば涙が零れていた。
泣いている私に気づいて影山くんは一瞬焦ったようだったが、ぎゅうっと力を入れて抱きしめてくれて、優しく頭を撫でてくれた。とても、優しい温度に包まれて安心する。
「……落ち着いたか?」
「ご、ごめんね、なんか泣いたりとかして」
「いや、全然。…俺のせいでこんな思いさせたんだからな。」
「影山くんのせいじゃないよ、あのモデルさんがちょっと過激だっただけで」
「でも俺と関わってたから苗字は狙われたんだ。」
本当にごめん。そう言って離れて、頭を下げる影山くん。慌てて私は頭を上げさせる
「あ、頭なんか下げないで!!…私それでも影山くんと会ったりお話した事後悔してないから。」
「…え」
「だって、怖かったのも痛かったのも事実だけど、助けてくれたのは影山くんだって言うのも事実でしょ!」
助けてくれてありがとう!だからもう謝らないで!そう言って笑ってみせる。本当はまだ怖いし、しばらく夜道は歩きたくない。でも私はもう大丈夫だって彼に見せてあげないと、彼はいつまでも落ち込んでいそうだったから。
「…おう、わかった。もう謝らねぇ。」
「うん、ありがとう。……じゃあもう私帰るね、お世話になりました」
「は!?もう0時回ってるぞ、こんな時間に外出るな」
強い力で腕を掴まれる。私だって今日の今日あんな事があって、夜道なんか通りたくない。でもじゃあどうしろと言うんだ。外に出ないで家になんて帰れない。
「でも、じゃあどうしたらいいの?」
「泊まってけ」
「は、え!?ん!?」
何言ってんだこの人!?
「着替えとか貸す。寝るだけならなんでもいいだろ。とにかく明日明るくなってから家まで送るから。」
「い、いやいや!そこまでお世話になる訳には…!」
それに仲の良い友人でも大人の男と女だ。こういう所はちゃんとしないと、そういう関係に私は影山くんとなりたくない。
「いいんだよ!苗字を連れて夜道に出るよりよっぽどいい。……あと当たり前だけど一緒には寝ない。俺はソファーで寝るから安心しろ。」
「わ、私がソファーで寝る!!さっきまでも寝てたけど快適でした!!」
「あ?俺が泊まれって言っといてソファーで寝かせるなんてする訳ねぇだろ。いいからベット使っとけ」
「嫌です!!申し訳なさで寝れない!」
「……ソファーだと、掛け布団がねぇんだよ。」
「じゃあ余計に駄目じゃ!?影山くんがソファーで寒い中寝るなんて自分の体調管理出来なくなっちゃうよ」
「苗字をソファーで寝かせるよりマシだ。」
なんなんだこの頑固お兄さんは。良く考えれば掛け布団が無いのは当たり前だ、影山くんは一人暮らしなんだし。
そんな事情があるなら尚更ソファーで寝る事を譲る事は出来ない。運が良く今日は金曜日、私は体調悪くなったとて土日休めばいいんだし。そもそもそんなに体は弱くない。1日くらいちゃんと寝なくたって平気だ。
「私は影山くんがベットで寝てくれなきゃ、帰る!!」
「はぁ!?お前話聞いてたのか!?」
「聞いてたよ!!でも影山くんに迷惑かけるくらいなら帰る。」
「………はぁ」
盛大なため息をつかれてしまった。ごめんなさい、影山くん。私も相当頑固だと承知の上です。それでも罪悪感の上で眠るよりはマシなんです…。
「……一緒に寝るぞ」
「………………えっ?」
「背中向けるから!!」
「いやそういう問題では…」
「それしかねぇだろ!」
ぐわーっと影山くんが言う。い、一緒に寝るって…!でも言われて思った、影山くんなら何もしないでいてくれそうだと。
イケメンすぎて心臓は持たないかもしれないけど、彼の要求も私の要求も満たすにはこれしか無いのだと理解する
「…わかった、そうしよう!」
「……そ、その、今回は仕方ないからこうするけど、他の男とは簡単に一緒に寝るとかすんなよ」
「しないよ!?影山くんの事信用してるから出来るんだから!」
「…お、おう」
なんだかむず痒そうな顔をした影山くんが、飯買ってきたから食って風呂入れ。と言って帰ってきた時に持っていた袋からご飯を出す。
料理はしないのだろうか?と綺麗なキッチンと買ってきたご飯を見て思ったが、またも巨大なお世話を焼いてしまったら嫌なので何も言わないでおいた。
◇
「着替え、これ使ってくれ。…たぶんデカいから着られないくらいデカかったら声掛けてくれ」
「ありがとう!借ります!」
「おう」
影山くんから借りた服を脱衣所に置いて、自分の服を脱ぐ。
明日も着るので綺麗に畳んでまとめる。下着は流石に借りれないので今日は我慢だ…と思い、畳む。
お風呂はこれまた広くて広くて。大きな影山くんでも余裕で入れそうだなぁ。なんてぼんやり思う。
お金持ちになったらこんな良い家に住めるんだなぁ、ともはや社会見学のような気持ちでお風呂を堪能した。
借りた服を着て、ドライヤーで髪を乾かす。確かに服は大きかったが、裾を上げたりすればなんとか動けるようになったので寝るだけだしこれでいいだろう。
「お風呂もらいました!」
「お、おう…服、大丈夫か?」
「うん、なんとか。やっぱり大きいんだね影山くん」
だぼだぼしてしまって動きにくいが、そのサイズの差が私と影山くんのサイズの差だと感じて、少しきゅんっとしてしまう。
「苗字はちいせぇな。」
「そんな事ないよ!」
「ちいせぇよ。高校生の時から思ってた」
「高校生の時から伸びてないし…大体それくらいで成長止まるんじゃないの?」
「俺はもう少し伸びた。」
「え!?すご!?」
ふんっとドヤ顔をしてくる影山くん。なんか悔しいな。
「ほら、もう寝るぞ。」
「うん……あ、そう言えば」
「あ?」
「影山くんどうやって私ここまで運んでくれたの?米俵みたいに担いできたとか?」
ふとそんな疑問が入浴中に浮上した。私はたぶん意識が無く、ぐでんぐでんになっていたハズなのでおんぶは出来なかっただろう。カバンとかもあったので、米俵かなーと勝手に風呂で想像して笑っていたのだ。
「……こうやって」
そう言うと私の背中と膝裏に手を入れて、持ち上げる。え、え、これって、お姫様抱っこじゃん…!?
「え、う、うわぁ!?た、高い!!」
「よりによってそれが感想かよ」
「だ、だって!!恥ずかしいけど、それより高い!!床が遠い!」
「……。」
「うわぁぁぁぁあ!?回らないでぇぇぇ!!」
「っふふ、っはははは!!」
散々影山くんにいじめられた。酷い。しかしどんな風に動いてもビクともしない力強い腕にまたもきゅんっとしてしまった。かっこいいよなぁ、やっぱり。
影山くんは私を抱っこしたまま寝室に向かい、ベットの上に優しく降ろしてくれた。ここだけ見たら完全に王子様だ。……だめだめ、好きになっちゃだめだよ私。
彼はもう好きな人がいるんだから、叶わないとわかってて恋なんてするもんじゃない。
「狭いか?」
「ううん、大丈夫だよ」
2人並んで横になる。大きなベットなので2人並んでも多少余裕がある程だ。
ふかふかのベットに、隣にある温かい温度にすぐうとうとと眠くなる。やっぱり体は疲れているようだ
「…おやすみ、苗字」
「…うん、……おやすみ…」
睡魔によって意識が落ちる直前、おでこに何か柔らかい感触を感じたが、確かめる気力なんて無くそのまま私は眠りについた。
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