「………。」


「…ん、おはよう」


朝目を覚ましたら、目の前にイケメンがいました。


状況をなんとか飲み込み、昨日は影山くんの家に泊まった事を思い出した。危ない危ない、あまりの顔の良さに叫ぶかと思った。


「顔、大丈夫か?」


顔はいつも通り、はたまた化粧してない分更に酷いですけど何か?なんて喧嘩腰に思ったが、違う、彼は怪我の事を聞いているのだと理解し、失礼でしたと反省する


「うん、大丈夫。もうそんなに痛くないよ」


「…そうか。……なんか、寝起きだと顔違うな」


「すっぴんだからかなぁ?彼氏でもない人にこんなの晒す事になるとは…」


あはは、と苦笑いする。笑えない本当に笑えない。向こうは寝起きでもしっかりかっこいいと言うのに私と言ったら。


「いや、…なんか可愛いから大丈夫だぞ」


「…へ?」


「顔洗ってくる」


そんなの言い逃げじゃないか。この赤くなった顔はどうしてくれるんだ。


なんて言い返す事も出来ず、ぱたぱたと手で顔を仰ぐことしか出来なかった





「なぁ、」


「ん?」


荷物をまとめながら聞く。昨日借りた服は洗って返すこととした。


「しばらくうちに住まねぇ?」


「ん!?」


ながらで聞き流していい話じゃなかった。しっかり彼の方を身体から向き、聞き返す。


「な、なんでそんな事に…!?」


「…昨日、侑さんと黒尾さんに相談した。苗字が寝た後」


「何を相談したの?」


「苗字が狙われて実際に襲われた話。……それで、これからも会うなら狙われる可能性は低くないって言われて、」


「今回は外で、俺が駆けつけられたから良かったけど、一人暮らしの苗字の家に入り込まれたらまずいぞって」


確かに、想像しただけで震えた。誰にも助けを呼べなくて、ただいたぶられる。そんな想像をして顔から血の気が引く。



「…悪い、嫌なこと思い出させた」


そう言って頭を撫でる影山くん。気を遣わせて申し訳ないが、凄く安心する。


「……それで、篠原の件は多分もう大丈夫だけど、これからなんてわからないし、俺は苗字の事守りきれないかもしれない」


「なら、もう苗字と会わなければいいんだろうけど……それは、…嫌だ」


きゅんっ胸が鳴った。嫌だって、可愛いし嬉しくなってしまうでは無いか。


「だから、その、行ける時は会社まで迎えに行くし、俺の家に帰ってくれれば俺も無事を確認出来るから、」


どうですか、コラと何故か最後は喧嘩腰で言われる。


凄く嬉しいし、私のことを考えてくれた結果なのだろう。黒尾さんや宮さんとも相談した結果なのだろう。よくわかる。でも、


「嬉しいし、安全だと思うけど…そこまでお世話になれないよ。それに、影山くん好きな子いるのに他の女の子と一緒に住むなんてやめときなよ!」


あははと笑いながら言う。私だったら、その事実だけ聞くと軽い男に聞こえてしまう。彼の恋路は応援したい。それに彼の生活を変えてしまうくらいなら、私は、会わない方がいいと思う。


「じゃあ、どうしたらいいんだよ。お前怖くねぇのか」


「怖いよ、…でも影山くんの家にお邪魔して、会社まで来てもらって、なんて影山くんの時間奪うくらいなら、やっぱり私達しばらく2人で会うの辞めておいた方がいいんじゃないかな?」


「時間なんていくらでもくれてやる。バレー以外の時間は全部苗字に割いたっていい。」


「そんなの、だめだよ」


「駄目じゃねぇ。俺がいいって言ってんだ。……それに、その好きなやつの事も問題ねぇ。暫くは忘れろ。」


忘れろなんて無茶だろう。今まで散々話してきたのに。


「お前が他人の事ばっかり考える奴だってのは知ってる。最初は断ってくるだろうってわかってて言った。でも、これしかお前を守れる方法が見つかんねぇんだよ…!!」


切実に訴えられる、心が苦しくなってくる。



「……俺に、苗字を守らせてくれ。」


こんなの殺し文句では無いか。


気づけば私は首を縦に降っていた。影山くんの切実な思いに折れてしまったのか、はたまた殺し文句にやられてしまったのか、自分自身の事なのによくわからなかった。


しかし、それに対して嬉しそうに軽い引越しだな、手伝う。とウキウキしてる影山くんを見たら、もうどうでも良くなっていた。





「これで全部か?」


「うーん……どれくらい影山くんの家にお邪魔しよう?1週間くらい?」


「……しばらく」


「暫くってどれくらい!?」


「とりあえずずっといればいいだろ!!」


なんて強めに言われる。ずっとって!?とりあえず1週間如きでは安心できない、と言いたいのだろうか。そう解釈し、とりあえず持てる分だけの服をキャリーバックやリュックを使って詰めていく。


服や愛用のシャンプー、化粧品など以外は影山くん家の物をお借りすることになるので、特に大きな荷物は無さそうだ。


「これくらい、かな?たぶん大丈夫」


「また忘れ物があったら取りに来ればいいだろ、遠くはねぇんだから。」


「そうだね、じゃあ行こう!」


そう言うと影山くんが私が詰めた荷物たちを攫って行く。それくらい私が持つのに…!!


「わ、私のだから自分で持つ!!」


「いい。……こうなったのも俺が心配だからだしな。」


そんな、気にしなくてもいいのに。むしろお世話になるのはこちらだ。


「全然いいのに……あ、そうだ、生活費はどうしたらいい?期限を設けないならどれくらい渡したらいいのか、よくわからないんだけど…」


「?そんなんいらねぇ。俺の家で生活してくれればいい。」


「へ!?そんな、駄目だよ!!私だって社会人なんだし払う!!」


「苗字1人くらい養える。気にするな。」


「……っで、でも!!」


影山くんの収入が私の何倍もある事なんて分かってる。しかし流石に家を使わせてもらって、家賃も生活費も何も払わないなんてそんな訳にはいかない。私だって社会人だ、稼いでいる。なのに影山くんにだけ払わせるなんて出来ない。


「……苗字が納得いかねぇなら、…その、家事やって欲しい。それで生活費の代わりにしてくれねぇか。」


「え?家事?」


「おう、俺家事全然出来なくて。料理も全然しないから外食とか、練習所の方で食べてくるとかだから…家で飯食えると有難い」


「それくらいでいいなら全然するけど、そんなんでいいの?私だって料理上手とかそんなんじゃないし…」


「いい。むしろそれがいい。俺よりは絶対上手いから。」


「そんなに?」


真顔で言い続ける影山くんに面白くなってくる。むしろどれだけ不味いものを作り続けたら、そんなに下手な事に自信満々になるんだろう。つい笑ってしまう。


「……苗字はそうやって笑って、俺と一緒にいてくれればいい。」


あまりに優しい眼差しで、私の顔を撫でる影山くん


そんな事されてしまうと、勘違いしてしまう。……好きになってしまう。


ぼぼっと赤くなった顔を隠すように、私は影山くんから顔を逸らした。





「じゃあ、改めて今日からよろしくお願いします!」


「おう、よろしくな」


無事影山くんの家に着き、荷物を片付けた。広すぎる影山くんの家には空いてるスペースが沢山あり、私の荷物程度余裕で入った。


「…あ、ベット。買わなきゃだね?」


「?いるか?」


「いや、いるでしょ!?」


「昨日結局一緒に寝ただろ。狭かったか?」


「い、いや狭くなかったけど……暫く一緒に住むのに、ずっと一緒に寝るのはどうかと」


「??……別に俺はもう気にしねぇけど。」


今更何を?という顔をする影山くんを見るとこちらまでもういいか。なんて気持ちになってくる。


影山くんの感覚は少しズレている気がする、家に簡単に居候させてしまったり、一緒のベットで生活してしまおうとか。


でも、私もそれにつられてしまいそうになる。彼はかっこいいし、何より初恋の相手。1度忘れたと言えど最近の彼の言動に振り回されている私がいる。


きっと、私はもう影山くんにまた心奪われてしまっているのだろう。


嫌だった、だって恋した時点で失恋だなんて。そんな恋したくなかったのに。


でも彼がまだその片想いを成就させるまでは、彼が許してくれるこの近い距離で生きていてもいいだろうか。


自分だったら嫌なのに、なんて片想いの相手の事を考えていた少し前の自分を思い出し、苦笑いする。もうそんなこと考えていられる余裕が無い。


「…わかった、一緒のベットで寝よう」


「おう」


こうして私と影山くんの同居生活は始まった。





「か、影山くん!!起きて!!今日試合でしょ!?」


「…っ!?今何時だ!?」


「8時!!」


「!!!」


急いで洗面所に走る影山くんを見送り、食べる時間が無いであろう朝ごはんをタッパーに詰める。


朝ごはんのタッパーとお昼ご飯のお弁当を1つの鞄にまとめる。


彼が毎日背負っていくリュックを用意し、ジャージやユニフォームを詰めていく。


「っ弁当とユニフォーム!」


「準備した!着替えて!」


「あ、あざっす!」


急いで部屋に戻っていく影山くんを見て、クローゼットから上着を持ち出し、リュックとお弁当の鞄を持って玄関へ向かう


「す、すまん。用意してもらって」


「大丈夫だよ!それより急いで!!」


上着を着せて、リュックを背負わせ、お弁当を持たせる


「忘れ物はない?」


「あ、あぁ…たぶん…」


「何かあったら言って、届けに行くから。」


「っ今日も頼もしいな」


「笑ってないで!ほら!行ってらっしゃい!」


「行ってきます!」


彼の背中を見送り、ふぅ、と息をつく。


彼は基本寝坊しないのだが、たまにこんな日もある。一緒に住み始めて数ヶ月経って知ったことだ。


いつも冷静でそんなに慌てる所を見ない影山くんのこんな姿は、きっとファンも知らない1面なのだろうな、なんて考えてにまにましてしまう。


彼の試合は何回か見に行った事があり、あまりのかっこよさに家に帰ってから顔を合わせにくくなったりした。今日も本当は見に行こうか悩んだけれど、やめておいて良かった。朝からこんなバタバタするとは思わなかったし。


今日は土曜日。彼が帰ってくるまで何しようかな。





「ただいま」


「おかえり!」


「…カレー?」


「正解!今日勝ったんでしょ?お疲れ様で賞のカレー。」


「…あざっす。でも誰から聞いたんだ?」


「黒尾さんから速報が入ったの」


「…黒尾さんといつ連絡先交換したんだよ」


「え?言ってなかったっけ、この間一緒に飲みに連れてってくれた時に。影山くんもいたよ。」


「……そうか」


風呂入ってくる、そう言って影山くんはお風呂場へ消えてしまった。少しご機嫌を損ねてしまったようだ、なんでだ。私としては影山くんに無神経に試合の結果を聞かなくて済んでるので助かるというのに。


カレーをことこと煮込む。もうすぐかなぁ、と温玉の準備をする。彼の好物は高校生の時から変わっていないらしく、あの頃聞いた好物を一か八か作ってみたら、目がキラキラして食べていたのだ。あれは流石に可愛かった。


「…何笑ってんだ」


「あ、おかえり。温玉乗せたポークカレーを最初作った時、影山くん凄く嬉しそうだったなーって思い出して」


「あぁ、美味かったからな。今日も期待してる。」


「作り方同じだから、よっぽど同じ味だよ。」


「じゃあ美味いな。……苗字の料理、カレー以外も結構好きだ。」


皿準備する。と言って目の前から消えた影山くん。


ちょいちょいこんな発言が飛び出るので、心臓に悪い。毎回慣れずにドキドキしてしまう。毎日かっこいいので私は悪くない。ときめいたって仕方ない。


「いただきます」


「いただきます!」


「ん、うめぇ」


「ありがとう、いつも褒めてくれるから作りがいがあるよ」


「ホントのこと言ってるだけだ、…家でこんな美味い飯食えるのやっぱいいな。」


頼んで正解だった。と嬉しそうに笑う彼。こちらまで幸せな気持ちになる。私だって貴方にこんな顔をしてもらえて幸せだよ。


「……そう言えば、」


「ん?」


「来週、海外遠征入った」


「海外遠征?」


「…イタリアに、1週間行く事になった」


「え!長いね。そうなんだ…」


毎日一緒にいるのに、1週間もいないなんて少し寂しくなるなぁ


「……寂しいか?」


にやにやしながら聞いてくる、なんだその顔。ちょっとムカつく。


「ぜ、全然!!」


「っふふ、そうか。」


恐らく嘘だと言うのはバレているだろう。笑われてる時点で察する。


「最近は特に苗字に被害は無いから、よっぽど大丈夫だと思うけど、俺が日本にいない間何かあってもおかしくない。だから、遠征の間守って欲しいことがいくつかある」


聞いてくれるか?と心配そうに聞いてくる影山くん。私の事を考えて言ってくれているのだ、聞かないわけが無い。守れるかどうかは聞いてからだけど。


「もちろん、なあに?」


「…1つ目。毎日、黒尾さんが家に来てくれる。大体夜8時。無事な事を確認しに来てくれるから対応して欲しい。」


「え!?そんな事してもらっちゃって大丈夫…?」


「黒尾さんの方から言ってくれた。俺が離れる間は気をつけるべきだって。だから様子見に行くくらい任せろって。」


凄くいい人だ、黒尾さん。日頃からお世話になっていてよく知っているが、ここまでだとは。にやりと笑う黒尾さんが脳裏に過ぎる。笑い方は悪い人だけど、本当はいい人だ。


「わかった、黒尾さんにはまた改めてお礼しよう?」


「おう。…2つ目。出来るだけでいい。明るい時間に帰るようにしてくれ。仕事の関係で無理なこともあるかもしれない。それなら1度黒尾さんに連絡してくれ。時間が合えば送ってくれるだろうから。」


「わかった、それは1週間何とか定時で毎日帰れるように頑張ってみる。」


「…3つ目、毎日俺に電話してくれ。」


「えっ?」


「無事を確認したいのもあるし、…たぶん声聞きたくなるから。」


これは、安全のためとかじゃなくて…俺の我儘だ。なんて恥ずかしがりながら言う影山くん。


もう、自惚れてもいいだろうか。彼は、本当に私じゃない誰かを想っているのだろうか。


ついそんな事を口に出しそうになる。しかし、そんな勇気なんて無くてその言葉が音になることは無かった。


「…うん、わかった。私も話したい。」


「…おう。」


お互いに照れてしまう。なんだこれ、恥ずかしい。





「忘れ物はない?」


「おう、昨日確認した。」


いつもと違い、大きな荷物を背中に背負った影山くん。今日、イタリアへ発ち1週間帰ってこない。少しばかり寂しく思うが、毎日電話するという約束もあるので割と平気だ。


「じゃあ、行ってくる」


「うん、頑張ってね!」


「おう、約束守れよ」


「うん。黒尾さんと会うことと早く帰るのと毎日電話、ね」


「…どうか無事でいてくれよ」


心配そうに眉を寄せる影山くん。私が傷つくことに対して怯える彼に、気づけば私は抱きついていた。


「!?」


「あ、いや!ご、ごめん!!」


急いで離れる。なんで抱きついたんだ自分。馴れ馴れしすぎるよ。自分の行動に理解が追いつかず、軽くパニックになる。


「か、影山くん時間!!」


「あ、お、おう、行ってきます」


「いいい、行ってらっしゃい!」


影山くんを見送る。あぁ、どうしよう。今日の夜には電話しないといけないのに。なんて話せばいいんだ。


電話の事を考えて、恥ずかしさから頭を抱えた。