名前がいた。


しかし、その顔は悲しそうに歪んでいて、今にも泣きそうで。


「どうした、名前。」


抱き寄せようと伸ばしていた腕を払いのけられる。


「さようなら、飛雄くん。」


その瞬間名前の目から零れた涙。


なんで、なんでだよ、と叫んでも名前は何も言わなくて。


動いてないのに、どんどん離れていく。


待てよ。おい!!どこに行くんだよ!!


喉が枯れそうな程に叫んでも、聞こえてないみたいに離れていく。


嫌だ。そんなの嫌だ!!俺の傍にいてくれよ、名前。


堪えきれずに溢れてきた涙は、頬を伝い、枕にシミを作っていた。


「…………夢。」


身を起こし、目元を拭う。情けねぇ、大人になって泣くなんて。


でも、それ程に耐えられない夢だった。


…………それを、完全に夢だと割り切れないのが1番辛いけれど。


今日からシーズンオフに入り、日本に戻れる。


しかし、戻って会いに行っても拒否されないだろうか。


相も変わらず文字の上だけでの会話。なんてことない会話を続けているけれど、未だ直接話すことは叶ってない。


日本に戻って会いに行って。話したくなんかない、そう言われたら流石に立ち直れる気がしない。


名前に会うのを迷うなんて。こんな日が来てしまったことに悔しくて、悲しくて、そしてあの夢の事を思い出してまた泣きそうになる。


名前、今、名前は何を考えてるんだ。


俺にはもうわからない、教えてくれよ。





今年も綺麗に咲いた桜を見る。


私がここで蹲り泣いた時は、まだ桜がそんなに咲いていなかった時だったなぁ。


烏野高校。私と飛雄くんが出会った場所。


ふぅ、と息をついて電話をかける。


ここなら、勇気が貰える気がして。あの時、彼にとって私はどんな存在か、聞けた場所だから。


まぁその答えに泣いて蹲る結果となるのだけど…、と笑ってしまう。


コール音にドキドキしてしまう。出てくれるかな、もう怒って出てくれないかな。


そんな不安に駆られていると、切れるコール音。そして、


『も、もしもし!!』


慌てた様子の飛雄くん。


「も、もしもし。……名前、ですけど。」


『……わかってる、……急に、なんで、』


「………電話、したくなって。あと、」


我儘を言いたくて。と続ける。


それに対して何も言わない飛雄くん。何も言わない事に、少し不安にも思うけど、気にしない。私は、私の言いたい事を言うんだ。


「会いたい。今すぐにでも、会いたい。」


『………名前。』


息を吸う。喉が震える。


「会いに来てよ、飛雄くん。私の元に帰ってきて。」


声を震わせて、そう伝える。


つーっと頬を伝っていく涙は拭う事なんて忘れられ、顔を濡らしていく。


『名前。』


「会いに来てくれないと、嫌。寂しいよ、会いたいよ。」


子供のような我儘。本音をぶつける。こんなので良いのかなんてわからない、ただただ我儘をぶつけている。


『泣かないでくれ。』


「じゃあ、涙を止めに来てよ……!!」


懇願するように言ってしまう。困らせてる、そう感じても止まらない涙と言葉。


立っていられなくて、その場に蹲る。


あぁ、またここで、この場所でフラれるのかなぁ。


変わらぬ母校を眺めながら、えぐえぐと涙を零し続ける。


『………名前、』


泣き喚いている私に対して、ずっと静かな飛雄くん。


愛想つかされたかな、それもそうか。彼の大切なもの、そして仕事に対する理解が無くて、こうして我儘ばかり言う彼女なんかいらないよね、


スン、と鼻を啜って深呼吸。優しい飛雄くんはきっと切り出しづらいだろう。…………最後ぐらい、私から、


「………別れよっか、飛雄くん。」


『…………は?』


「ごめん、沢山困らせて。こんな私の彼氏なんか疲れちゃうよね。」


私から、解放してあげないと。


自分でも嫌になる、飛雄くんなんて素敵な人と付き合えたのに、こんな彼女でしかいられなかったこと。


『そんな事ない、疲れてなんか、』


「無理しなくて良いよ、大丈夫。……もっと、良い人いると思から、」


もっともっとバレーに対して理解のある人。飛雄くんの事ちゃんと支えられる人。


「私とは、お別れしよう?」


満開の桜の下、私は流れ続ける涙をそのままに、そう告げた。