名前がいた。
しかし、その顔は悲しそうに歪んでいて、今にも泣きそうで。
「どうした、名前。」
抱き寄せようと伸ばしていた腕を払いのけられる。
「さようなら、飛雄くん。」
その瞬間名前の目から零れた涙。
なんで、なんでだよ、と叫んでも名前は何も言わなくて。
動いてないのに、どんどん離れていく。
待てよ。おい!!どこに行くんだよ!!
喉が枯れそうな程に叫んでも、聞こえてないみたいに離れていく。
嫌だ。そんなの嫌だ!!俺の傍にいてくれよ、名前。
堪えきれずに溢れてきた涙は、頬を伝い、枕にシミを作っていた。
「…………夢。」
身を起こし、目元を拭う。情けねぇ、大人になって泣くなんて。
でも、それ程に耐えられない夢だった。
…………それを、完全に夢だと割り切れないのが1番辛いけれど。
今日からシーズンオフに入り、日本に戻れる。
しかし、戻って会いに行っても拒否されないだろうか。
相も変わらず文字の上だけでの会話。なんてことない会話を続けているけれど、未だ直接話すことは叶ってない。
日本に戻って会いに行って。話したくなんかない、そう言われたら流石に立ち直れる気がしない。
名前に会うのを迷うなんて。こんな日が来てしまったことに悔しくて、悲しくて、そしてあの夢の事を思い出してまた泣きそうになる。
名前、今、名前は何を考えてるんだ。
俺にはもうわからない、教えてくれよ。
◇
今年も綺麗に咲いた桜を見る。
私がここで蹲り泣いた時は、まだ桜がそんなに咲いていなかった時だったなぁ。
烏野高校。私と飛雄くんが出会った場所。
ふぅ、と息をついて電話をかける。
ここなら、勇気が貰える気がして。あの時、彼にとって私はどんな存在か、聞けた場所だから。
まぁその答えに泣いて蹲る結果となるのだけど…、と笑ってしまう。
コール音にドキドキしてしまう。出てくれるかな、もう怒って出てくれないかな。
そんな不安に駆られていると、切れるコール音。そして、
『も、もしもし!!』
慌てた様子の飛雄くん。
「も、もしもし。……名前、ですけど。」
『……わかってる、……急に、なんで、』
「………電話、したくなって。あと、」
我儘を言いたくて。と続ける。
それに対して何も言わない飛雄くん。何も言わない事に、少し不安にも思うけど、気にしない。私は、私の言いたい事を言うんだ。
「会いたい。今すぐにでも、会いたい。」
『………名前。』
息を吸う。喉が震える。
「会いに来てよ、飛雄くん。私の元に帰ってきて。」
声を震わせて、そう伝える。
つーっと頬を伝っていく涙は拭う事なんて忘れられ、顔を濡らしていく。
『名前。』
「会いに来てくれないと、嫌。寂しいよ、会いたいよ。」
子供のような我儘。本音をぶつける。こんなので良いのかなんてわからない、ただただ我儘をぶつけている。
『泣かないでくれ。』
「じゃあ、涙を止めに来てよ……!!」
懇願するように言ってしまう。困らせてる、そう感じても止まらない涙と言葉。
立っていられなくて、その場に蹲る。
あぁ、またここで、この場所でフラれるのかなぁ。
変わらぬ母校を眺めながら、えぐえぐと涙を零し続ける。
『………名前、』
泣き喚いている私に対して、ずっと静かな飛雄くん。
愛想つかされたかな、それもそうか。彼の大切なもの、そして仕事に対する理解が無くて、こうして我儘ばかり言う彼女なんかいらないよね、
スン、と鼻を啜って深呼吸。優しい飛雄くんはきっと切り出しづらいだろう。…………最後ぐらい、私から、
「………別れよっか、飛雄くん。」
『…………は?』
「ごめん、沢山困らせて。こんな私の彼氏なんか疲れちゃうよね。」
私から、解放してあげないと。
自分でも嫌になる、飛雄くんなんて素敵な人と付き合えたのに、こんな彼女でしかいられなかったこと。
『そんな事ない、疲れてなんか、』
「無理しなくて良いよ、大丈夫。……もっと、良い人いると思から、」
もっともっとバレーに対して理解のある人。飛雄くんの事ちゃんと支えられる人。
「私とは、お別れしよう?」
満開の桜の下、私は流れ続ける涙をそのままに、そう告げた。
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