andante con moto



    「名前!!!」

     
    「う、うわぁ!?ど、どうしたの仁花?」


    大声で私の名前を呼び、抱きついてくる仁花。

     
    「す、すっごい美人と会話してしまった!!!!」


    「…へ?」

     
    「だ、男子バレー部のマネージャーの人みたいで…!勧誘されてしまった!」


    「え!そうなんだ?……マネージャーやってみたくなったの?」


    「いや…美人過ぎて気を取られてとりあえずはいって頷いてしまった…」

     
    「なんてこった…。」


    気を取られるほどの美人とは。そこまで言うなら見てみたい…。


    「でもね!とりあえず見学だけでも行ってみようと思うの!」


    「そっか…、良いと思う!がんばれ!」


    マネージャーとはきっと大変だろう、それにバレーボールのルールなんて私や仁花は詳しく知らない。


    始めるにあたって色々と心配な要素は沢山あるが、彼女の意欲を削ぎたくはない。頑張れ仁花。

     
    「あぁ…名前が部活入って無かったら一緒に来てもらいたかったのに…」


    「ご、ごめん。私も練習しないとだから…。」

     
    「そうだよね…。頑張ってね!大会夏休み入ってからなんだよね?」


    「うん、夏休み入ったら割とすぐ。」


    「名前も出るの?」

     
    「一応…人数それなりにいるのに、中学が強豪校だったからって理由でコンメン選ばれたの…。」

     
    それは自分の実力で選ばれたわけではないことを意味している、私の実力じゃなくて先輩たちや先生が見ているのは出身校。


    まだ入部して数か月だから仕方のないことかもしれないけれど、それなら今まで努力してきた先輩を出してほしい。実力で私が秀でていると判断した訳では無いのなら。


    「名前は真面目だから、そういうの嫌がるよねぇ」


    「…やっぱり選んで貰えるなら有難い、と思ったほうがいいのかな」


    自分の考え方がおかしいのかと不安になる。誰だって自分の実力を評価して欲しいと思うんだけどなぁ。


    「そんなことないと思う!!考え方なんて人それぞれだし、私は名前の音凄く素敵だと思うから選ばれて当然だ!って思っちゃうだけ!!」


    力強くそう言ってくれる親友に勇気づけられる。


    「…ありがとう、仁花。」

     
    「いえいえ!!あ、そろそろ行かないと!!」


    「うん、私も部活行くね。明日男子バレー部どうだったか教えてね?」


    「今日は顔出すだけだから大した感想用意出来ないかもだけど…了解した!!」


    しゅびっ!と敬礼して去っていく我が親友は今日も元気そうで何より。さて私も部室に行こうかな、荷物をまとめて教室を出る。


    私が所属しているのは吹奏楽部。

     
    烏野高校の吹奏楽部はそこまで強くも弱くも無い。私はそもそも高校で続ける気も全く無かったのだ。


    しかし他にやりたい部活も無かったし、仁花のように家で家事をこなす必要も無く、時間をただただ棒に振ってしまいそうだったので、結局吹奏楽部に入部したのだ。

     
    中学はそれなりに、いや、かなりしんどい練習量をこなして、強豪と呼ばれる吹奏楽部であり続けたが、その名前のせいで今は私自身の音をちゃんと聞いてもらえていないような気がして、少しもやっとしている。

     
    部室に着き、先輩たちや同級生とあいさつして、楽器を取り出す。

     
    今日を頼むね、相棒。


    きらっきら。ぴかっぴかの私の相棒、アルトサックスだ。

     
    中学生の時は学校の楽器がボロボロ過ぎて、まわりは親に楽器を買って貰い、ぴかぴかの楽器を吹いてるのを見てしまい、悔しくて泣いていた。


    懐かしいなぁ、と思いながらマウスピースとネックを繋げる。


    高校の楽器はそれなりに綺麗で、特にサックスは同級生があまり入らなかったので1年生でも綺麗な楽器を使わせてもらえたのだ、凄く嬉しい。


    ストラップを首から提げて、最後にリードを差し込みリガチャーを締める。


    そして今日も惚れ惚れするほどかっこいい相棒を眺める。

     
    今日もかっこいいぞ、アルトサックスよ。今日も今日とてこんな素晴らしい楽器を生み出してくれたアドルフ・サックスさんに感謝だ、ありがとうございます。

     
    お願いします!!と声を張り上げ、今日も部活が始まる。


    大会まであと約1か月。3年生はこれで引退だ。せめて足を引っ張らないように努力しなければ。そう気を引き締め、肺を膨らませた。





    「どうだった?男子バレー部。」


    「すごく…巨人でした…。」


    「え?巨人?」


    翌日、仁花は青ざめた顔でそう言い放った。巨人…?でもバレーって確かに身長高い方がいいんだっけ…?とはいえ、巨人とは言い過ぎなのでは…?


    「仲良くやっていけそう?」


    「わ、わかんない…そもそも昨日は本当に顔出しただけで、すんごい勢いであいさつされて…そ、そうだ!!暗殺者がいた!!!」


    「えぇ!?暗殺者って何!?」


    この親友は時々、いや結構な頻度で突拍子も無いことを言う。この暗殺者だってそうだろう、きっとどこかの誰かが暗殺者だと勘違いされたのだろう、可哀想に…。


    「私があまりにも美人の隣に長くい過ぎたから…殺される!!」


    「流石に殺されはしないよ…」


    昨日同様に気になる、暗殺者を生み出すほどの美人とは。


    「わかんないよ!?あれだけ美人だったらストーカーとかいるかもしれないし…」


    「考え過ぎだって、ほらお昼食べようよ。」


    「…そうだね、あー…今日バレー部どうしよう。」


    「今日から仮入部なんだっけ?」


    「そうなんだぁ、やっていけるか心配。」


    「でもまだ仮入部でしょ?嫌になったらワンチャン辞めれるでしょ?」


    「まぁそうなんだけど…」


    「失礼しまーす!!」


    そんなこんなで話していると、うちのクラスに誰か入ってきたみたい。見たことない人達だ、違うクラスの人かな?…っていうか片方の黒髪の人、おっきいなぁ。


    「う、うあ、うあああああ!!!」


    「うわ!?ど、どうしたの仁花!」


    「あ、あの人達バレー部の人達だ!!な、名前が…名前がわからない、やばい、どうしよう、こっち来てる!!」


    「お、落ち着いて仁花!!」


    そして突如彼らを見て狼狽えだす仁花。え、バレー部の人達なの!?


    「こんにちは、谷地さん!俺日向翔陽!これ影山。」


    「ちわっす。」


    「ち、ちわっす。」


    「あ、ごめん。友達と話してた?」


    申し訳無さそうにこちらの様子を伺ってくるオレンジ髪の日向くん。優しそう。基本的に男の子と会話することがなく、コミュ障な私でも話し易そう。


    「あ、い、いえ。私ことは気にしないでください。」


    「ごめんね?なんで敬語?俺1年!同い歳だよ!!君は何さん?」


    この人はコミュニケーション能力の鬼かな?


    凄すぎる、なんてことないふりして敬語を外させ名前まで聞く。コミュニケーションのプロだ。見習わなければ…!


    「え、えっと苗字名前です。よ、よろしくね、日向くん。」


    後ろに控える巨人さんは非常に目つきが怖くて、目を合わせないように意識してしまう。


    日向くんにでさえどもってしまう私なんかが話しかけられる人ではない、怖すぎ。


    「よろしくね、苗字さん!ね、谷地さんと苗字さん勉強好き?」


    「え、き、嫌いじゃないかな…」


    「私も嫌いじゃないけど、好きでもないかな…?」


    「じゃあさ、勉強教えてくれませんか!!ほら影山も!!」


    「教えてください。」


    ぺこりと腰を折りお願いしてくる巨人さんとしゅばっ!と頭を下げる日向くん。


    私たちは目を合わせて、快諾した。彼らは部活前後にメガネのっぽさんに罵詈雑言を浴びせられながら勉強しているらしい。


    仁花がそれより優しく教えられるかどうか…と言ったところ二人とも死んだ目をして、その心配は無いと言っていた。


    その物凄く怖いメガネのっぽさんと言い、美人すぎるマネージャーさんと言い。バレー部は個性豊かだなぁ、と思ってしまった。





    「そ、それで、ここはこれを読んで答えを探します。」


    「………???」


    うわあああああ助けてよ仁花ああああ!!!!


    だらだらと冷や汗が止まらない。


    目の前で眉間の皺を深くしていく巨人さんを前にして私は涙ぐんでいた。一方日向くんと仁花は隣の席で勉強を教えている。私も日向くんが良かったのに。


    彼らが座った席がそれぞれ私たちの前だったので、それじゃあそういうことで。とこんな組み合わせになってしまった。地獄じゃん。


    「よくわかんねぇっす。」


    「す、すいません!!!私じゃ役不足ですね…!?」


    「あ、いや、そういうことじゃなくて、」


    「ごめんなさい!!勉強が足りてないですね、私!」


    「そ、そうじゃなくて…俺が頭悪ぃからわかんねぇだけで、その…苗字さんはなんも悪くないっす。すんません。」


    自分の不甲斐なさを嘆いていると、そう言ってちょっとだけ困ったように眉を八の字に下げた影山くん。


    あれ…?意外と怖い人じゃない…?


    「い、いえ…!が、頑張りま、しょう、頑張ろう!!影山くん!!」


    私としては勇気をだして励ましてみる。名前だって呼んでみた。


    「……おう、よろしく頼む。」


    それに対して先程までより柔らかな声色で返事をしてくれた影山くん。あれ、ちょっと仲良くなれたかも?





    「直射日光を浴び続けた気分…。」


    「日向くん明るい人だったね……でも悪い人じゃ無さそう。」


    「うん、それは思った。きっと優しい人だと思うなぁ。」


    「影山くんも見た目の割にあんまり怖くない人だったよ。」


    「え、そうなの!?」


    「うん、ちゃんと返事してくれるし謝ってもくれる。」


    「(それは人として当たり前なのでは……。)」


    「それに苗字さんは悪くないっす、って言ってくれた。きっと優しい人だよ。」


    「そ、そっかぁ…。」


    「だから仁花も大丈夫だよ、きっとバレー部の人達は優しいよ。」


    「名前…。」


    個性は日向くんと影山くんを見ても分かる通り豊か過ぎるくらいだろうが、きっと悪い人達では無いだろうなぁ。


    「もし他に怖い人がいても、日向くんと影山くんはもう怖くないし!頑張れ仁花!!」


    そう言って彼女と肩を組む。うわああ!!って言ってはしゃぐ私たちは傍から見たら仲の良い友人に見えるのだろう。実際仲良しなのだが。


    「私!!頑張ってみる!!」


    「うん!頑張れ!」


    「名前もコンクール頑張れ!!」


    「頑張る!!」


    (動きをつけて)



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