con animato



    「おはよう!!私!!入部することにしたよ!名前!」


    「おぉ……おはよう…。そかそか…おめでとう……!」


    「え、ど、どうしたんだい、何かあったの??」


    「うぅ……仁花ぁ……。」


    「えぇ!?どうした!?泣きそうな顔しちゃって!!」


    「ごめんよ…仁花の良き報告を喜べなくてごめん…」


    「いいんだよそんなの!!私の事なんか後で!!どうしたの?」


    「……大会ギリギリまでアルトサックスのソロを先輩達と練習してて、昨日オーディションして一番上手かった人にソロ吹いて貰うって言われて……。」


    「…落ちちゃったの?」


    「逆……先輩達からソロを奪ってしまった……どうしよう、今日から虐められるかもしれない……!」


    「え、ええええ!?凄いじゃん!!そんな、先輩達虐めてくるほど怖い人たちなの!?」


    「いやわかんない……頑張って練習して来たのはお互い様だし…少なくとも良い気はしてないだろうなぁ……。」


    先輩達ともまだ数ヶ月しか共に練習していないので、どんな人達か分かってない部分も多い。そしてなんと言っても吹奏楽部は女ばかりのどろどろ人間関係だ。


    ソロのこと、なんて言われるだろう。仲間外れとかされないといいなぁ……溜息しか出ない。


    「で、でも名前だって選ばれたくて頑張って練習したんじゃなかったの?」


    「それは……そう、だけど、正直練習時間足りなくて去年の冬から練習してる先輩たちに適うわけないって思ってたから……」


    なんてこんな事言えるのは仁花だけだ。先輩たちの前で言ったりしたら、冷えきった視線を送られるだけだろう、それだけで死ねる、死んでしまう。


    「どうしよう……部活辞めたくないなぁ」


    「そ、そこまで!?……大丈夫だよ、きっと先輩達も名前が実力で選ばれたってわかってくれる。だって先輩達だって練習してたんでしょ?」


    「……うん。」


    「それならどれだけ名前が上手かなんてわかってるよ!!とりあえず弱気でいったり、申し訳なさそうな顔してると反感買うからいつも通り!!いつも通りで部活行こ?ね?」


    「……うん、ありがとう仁花。話して良かった。」


    「いいってことよ!」


    「仁花も明日から正式入部、マネージャー頑張ってね。」


    「うん!お互い頑張ろ!」


    むん!と意気込む仁花を見て、私も負けていられない。と気合を入れるため、ぱぁん!と顔を両手で叩いた。


    「………………え、だ、大丈夫?苗字さん!?」


    「……ど、どうした。」


    しかしその様子を今日は朝から勉強しに来たのか、私達の前に現れた日向くんと影山くんに心配されてしまい、あわあわと慌てたのは今朝の話。





    「で、何があったんだよ。」


    「うっ……。」


    今朝はもう時間無いし、勉強しよう!?と言って乗り切れたのだが、お昼はそうはいかなかった。


    絶対に言い逃れさせてくれないような、影山くんの鋭い視線に縮こまる。


    「べ、勉強しよう?」


    「してる、しながら聞くから。どうしたんだよ?」


    彼らに勉強を教え始めて早10日。距離はどんどん縮まり、影山くんとの会話にも少しだけ緊張しなくなった。少しだけだけど。


    相も変わらず鋭い切れ長の瞳に萎縮してしまう私は今日も小心者である。


    「えっと…。」


    仕方無い、と話そうとしてふと思う。彼らと会話を重ねることで知った彼らが持つバレーボールに対する情熱。


    そして日向くんも影山くんも現在他の2、3年生を置いてレギュラーを勝ち取っているという事実。


    実際に見ている仁花から聞く話でも彼らのプレーは凄まじいらしく、実力を伴ったレギュラー入りなのだ。


    そんな彼らに先輩からソロを奪ってしまい落ち込んでいる、なんて言ったら憤慨するのでは無いのだろうか。


    そんなの当たり前だ、とか。実力で勝ったんだから、とか。下手だった向こうが悪い、とか。


    それはそうなんだろう、第三者からしたらそうなのだろう。


    でも一緒に練習して来て先輩達だって努力したのも上達していたのも知っている。


    その上で私が申し訳ないって思っているのは失礼に値するって事も知っている。


    それでも、今そんな言葉を掛けられたら私は壊れてしまいそうなぐらい心が弱っているのだ。


    「え、えっと………あ、朝からお腹の調子が悪くて、」


    「は!?大丈夫かよ。」


    「あ、う、うん。だいぶ落ち着いたから……それで元気出そうと思って気合い入れてたの。」


    あは、あはははと無理矢理笑い声を繋いでみる。無理がありすぎるなぁと思うが、単純な影山くんはそれを信じてくれたようで、無理すんなよ。と心配してくれた。ごめんなさい影山くん。





    「はぁ……。」


    放課後、部室の前で1つため息をついてしまう。大丈夫、大丈夫。きっと大丈夫。


    「あれ?名前ちゃん?何してんの?」


    「っ!!?」


    扉に手をかけようとした所で後ろから声をかけられる。そこにいたのは、昨日ソロを奪ってしまったサックスの先輩だった。


    「あ、えっと、」


    「入らないの?……え、どしたの顔色最悪じゃん。」


    「え、そ、そうですか?」


    「うん。何かあった?………もしかしてオーディションの事、気にしてる?」


    「あ……。」


    「やっぱりかぁ、名前ちゃん気が弱いし私達からソロ勝ち取っちゃったの気にするよねぇ、って皆で話してたんだよねぇ」


    「えっ?」


    「勿論私たちだって悔しい。最後の大会、ソロ吹きたかったし。」


    「……っ、」


    「でもね、誰より、群を抜いて名前ちゃん上手かったから。潔く負けを認める!だから頑張って。私達からしたら最後だから。……最後まで良い音楽作ろう。」


    「……っはい!!」


    仁花の言う通りだった。先輩はわかってくれていた。


    じわっと溢れそうになる涙を堪えながら、先輩のあとに続いて部室に入った。





    「「「ありがとうございました!!」」」


    挨拶を終えて、部活が終わる。


    「あ、あの、部長」


    「ん?どうしたの?」


    楽器を片付けようとしていた部長を引き止め、話しかける。


    「居残って練習して行きたいんですけど、鍵返しておくので借りていてもいいですか?」


    「あー…ごめん、部室の鍵は部長が責任持って管理するルールなの。」


    「そうですか…。」


    先輩たちに託された分、もっとソロもその他の部分も、課題曲だってまだ全然練習が足りてない。時間が足りないんだ。だから練習したかったけれど、ルールなら仕方無い。


    「あ、でも教室棟は先生が最後締めるまで開いてるから使っていいか聞いてみようか?」


    「え、いいんですか!?」


    「うん!ちょっとまっててね、」


    そう言って顧問の先生の所へ駆けて行った部長。優しくて頼れる部長で良かった。


    「良いって!あんまり遅くならないようにしなよ?帰り道危ないし。」


    「はい、ありがとうございます!」


    私は急いで楽器と譜面台を持ち、教室棟へと移動した。





    日が落ちてきたとは言えムシムシと暑い教室。窓際の席を借りて、練習を始める。


    室温高いからチューニングし直しだな…チューナーを取り出して、マイクを付けた所で明かりが今も尚ついている体育館が見えた。


    あそこは……たぶん男子バレー部のいる体育館だろう、仁花が言ってた気がする。


    きっと居残り練習とかも当たり前のようにやっているのだろう、仁花のバレー部のプレーについて語る様子を見ると、そんな気がする。何かよくわからないけど、凄まじいらしい。


    私も負けないぞ、と見えもしない3人を思い浮かべてB♭の音をチューナーに合わせた。


    今取り組んでいる自由曲は「マカーム・ダンス」。先輩たちの話では「ある街の風景」と悩んだそうで、私は「ある街の風景」の方が良かったなぁ…なんて今更過ぎる事を思いながら楽器を構える。


    「マカーム・ダンス」中盤のアルトソロは伴奏も無しで本当に一人ぼっちでスタートする。


    あぁ……本番を想像するだけで既に胃が痛い。苦しくなる。


    本番の為にも今練習しなければ。そう思い、息を深く吸った。





    いつの間にか結構時間が経っていて、自由曲しか練習出来ていない事に気づき、課題曲にも手をつけることにした。


    課題曲はU。「よろこびへ歩きだせ」。聞いているだけで泣いてしまいそうなほど綺麗な旋律と重厚なサウンド。本当に良い曲だと私は思っている。


    出来ることなら昨年から練習したかった。こんな良い曲付け焼き刃的に4月からしか練習出来ないなんて勿体無い。


    しかしそれもまた今更過ぎる。時間は戻ってこない。足りない時間を補う為に楽譜と睨めっこしなくては。


    トリオの美しいメロディー。崩さないように、濁らせないようにコードを意識して。自分は第何音か。


    そしてあくまでもMaestoso(堂々と、威厳に満ちて)なサウンドを。


    楽譜からのメッセージを読み取り、マーチのスタートとしては低いFをお腹に力を入れ、優しく音にした。





    「?何してんだ影山。」


    「……いや。」


    「?そろそろ片付けんぞ」


    「おう。」


    練習中、ボールの弾む音の合間合間で聴こえる音。


    昨日まではこんな音聞こえなかったのに、と耳を澄ますとただの音ではなく繋がった音楽のようなものに聞こえる。


    吹奏楽部だろうか、しかしこんな暗くなるまで練習しているのか。そんなに強豪だと聞いた事は無いが、熱心な部員も居るということなのだろうか。


    何度も何度も同じメロディーが聞こえて、納得がいかないんだろう、まだ練習し足りないのだろう。と自分がよく知る感覚と同じなのだろう、と勝手に音の主を想像する。


    「影山ぁー、手伝えよぉ!」


    「っ、悪ぃ」


    つい耳を澄ませて聴き続けてしまった。


    俺は急いで日向の元へと駆けた。


    (活気を持って、生き生きと)



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