マイナス13.7
「お疲れ。」
「お疲れ様!ごめん、待った?」
「いや、今来たところ。帰るか。」
「うん!」
するりと手を取られ、握られる。
これが私達の日常。いつも通り。ある意味近すぎる距離感、誤解される距離感。
なのに、私は最近この距離感に満足出来なくなっていた。
影山くんの、特別な女の子になりたい。そう思い始めていた。
しかし、その事に気づいてから思ってしまった。影山くんはこれまで沢山の人達に魅力的だと、お付き合いしたいと言われて来た筈だが、誰ともお付き合いしていない。
という事は、だ。彼女なんかいらないのでは?
「…………!!!」
絶対そうだ、バレーに集中したいから彼女なんて存在いらないのだろう。むしろ邪魔なのだろう。
「………??」
じゃあ女の子にも興味無い?いやでも影山くんの弱音を聞いた時、最初は少しだけ舞い上がったって言ってた。だから興味無い事は、無い。はず。
「……………。」
でも1周回ってモテにモテまくり、やっぱり彼女いらない。と言う結論になった?そうだとしたら告白し損になる?
「……………ふふ、はははは!!」
「!?」
「お前、何ひとりで色んな顔してんだよ、流石に堪えられねぇよ……はははは!!」
色んな顔、とは。
さっきまでの影山くんの彼女問題が故に百面相でもしていたのだろうか、影山くんが笑うような百面相を。
「またなんか悩んでんのか?」
「いや……………。」
悩んでいる、凄く凄く。
ここはもう考えたって仕方ない。本人にふわっと聞こう。
「…影山くん、彼女はいらないの?」
「は!?」
なんで。とでも言い出しそうな顔。
「だって、告白されても誰ともお付き合いしてないから、……彼女はいらないのかなぁ、と。」
「……いらない訳じゃあねぇけど……告られても誰だこの人、って事が多いから、そこまで考えた事もねぇ。」
誰だこの人、って人に告白される影山くん。恐るべし……。
どんだけモテ男なんだ、と遠い目をしてしまう。
「そ、そっか……。」
「苗字は?」
「え?私?……彼氏がいたら楽しいんだろうなぁとは思うかなぁ…」
「……付き合いてぇ奴でもいんのか?」
「…………うん。」
「………は?」
あなたですけどね、と心の中で付け足すが、目の前にいる影山くんは少し目を吊り上げている。
少し驚いて握った手に力がかかる。
「す、好きなやついるのか。」
「え、あ、うん。」
「誰だ。」
「えぇ!?い、言わないよ。」
「なんでだよ。」
いや、なんでだよ!?
「こ、こう言うのは言わないものでしょ。」
「誰にも言わないから。」
「い、いやそう言う問題じゃなくて、」
「誰だ、教えろ。」
「いや駄目だって!」
「なんでだよ!!」
いや、もう、何これ!?
言っても公開処刑、言わなくてもある意味処刑。地獄じゃん…。
「と、とにかく言わない!!」
「俺が知ってるやつか。」
「言わないってばぁ!?」
「……告白、すんのか。」
「そ、そんな勇気無いよ。……近くにいられるだけで嬉しい。」
って前までは思えていた。
今はもう駄目だ、もっともっとと人間らしく欲深くなってくる。
「………そうか。」
「……あ、もう着いちゃうね。今日もありがとう!おやすみ。」
「…あぁ、おやすみ。」
家の中に入ろうとして、影山くんの方を見る。
いつもより小さく見える背中に、なんか元気無い…?と思ったが、今の会話で元気が無くなる理由も見つからなかったので、気のせいだと思い込んだ。
◇
「ね、名前!」
「うん?」
「もうすぐホワイトデーだね!?バレンタインは影山くんにちゃんと渡せたんでしょ?」
「……うん。」
「じゃあお返しあるかな?楽しみだね!」
そうにこにこして言う仁花。私自身より楽しそうなのは何故だろう。
「……そうだね、でも影山くんあれだけ沢山貰ってたし…」
「いや流石に全員にお返しとか無理だと思うよ……、知らない人も混じってるって困った顔してたし。」
「そうなの?……まぁそれもそうか、モテるのも大変なんだねぇ。」
「ね、特に影山くんこう言うの苦手そうだから、バレンタインのチョコ達眺めて、こう……眉間に皺すっごい寄せてうぬぬぬ…ってしてた!」
その表現に、確かに想像できるなぁと笑えてきてしまう。影山くんは割と表情豊かだからすぐに感情がわかってしまう。
「ね……、でも名前の事は知ってる人だし、それだけ貰っても受け取ってくれたんでしょ?じゃあお返し期待しても良いんじゃないかな!?」
「うぅーん……。」
どうなんだろう。そもそもバレンタインデーと言う言葉さえ知ってるか心配になるレベルの影山くん。お返しまで頭回るだろうか。
「…ちょっとだけ、期待して待ってみようかな。」
「うん!良いと思う!!」
◇
来たる3月14日。
いつもより、少しだけ緊張して校門で待っていた。
「お疲れ。今日早いな?」
「あ、…お、お疲れ様!キリよく終わったから早めに出てきたの。」
なんて言うのは嘘。そわそわし過ぎて練習にならなかった。
「そうか。」
するりといつもの如く手を握られ歩き出す。
「……苗字。」
「うん?」
「その、……ちょっと話せる時間あるか?」
「大丈夫だよ、何かあった?」
「いや…。」
影山くんに連れられ、よく話す公園のベンチに腰掛ける。
「……今日、バレンタインのお返しする日だって朝知った。」
「……なるほど。」
割と予想通りで笑ってしまいそうになる。この始まりからしてお返しは期待出来そうに無い、まぁこれも影山くんらしくて良いか!
「……だから、返せる物は用意出来てなくて…。」
「そ、そんなの全然気にしなくて大丈夫だよ!」
むしろ想像の範囲内です、とは言うと怒られそうなので言わないが。
「……でも、言いたい気持ちは用意出来てて、」
「……気持ち?」
気持ち。言いたい気持ち?
「……苗字。」
「は、はい。」
手をぎゅ、と強く握られる。
「……俺に、いつまでもお前の隣にいて良い理由をくれないか。」
「………え?」
「お前に好きな人がいるって言うのを聞いた時、誰にも渡したくねぇって思った。苗字の隣にいるのは今と変わらずずっと俺が良いって。」
「………………えぇ?」
嘘でしょ、
「……だから、俺に理由をくれ。……好きだ、俺と付き合ってください。」
ゆらり、頭を下げる影山くん。
心做しか握った手は震えているように感じて、勇気を持って言ってくれているのだと感じる。
こんなの、夢じゃないの?
「……本当に?」
「……当たり前だ、こんなの冗談で言えるように見えんのか。」
「……ふふ、見えない。」
「……だめ、ですかコラ。」
嬉しくて嬉しくて、私は握った手を離して影山くんに抱きついた。
「っおわっ!?」
「ありがとう。……ありがとう!!私も大好きです。」
「……え、」
目を丸くする影山くん。こんなに至近距離でも緊張しないのはなんでだろう、酷く高揚しているからだろうか。
「ずっと一緒にいたいです。」
ぎゅぅ。と抱き着いて言うと、はぁぁ……と大きな溜息をつかれる。え?
「ど、どうしたの。」
「……好きな奴って俺の事だったのかよ。」
「そ、そうですけど……?」
「心配させやがって。」
「えぇ!?」
じとーっと見られてたじろぐ。
「……これからは俺だけのもんなんだな。」
そう言って私の肩に顔を埋める影山くん。サラサラの髪が落ちてきて、少しだけくすぐったい。
「…うん、影山くんも私のもの。」
「おう。………おい、聞いてねぇぞ。」
「え?」
「好きだって聞いてねぇ。」
「え、えぇ!?言わなきゃ駄目…?」
そんなの恥ずかしくて本人を前にして言えない。
「駄目だ。俺は言ったんだからな。」
ふん、と威張る影山くん。
「………う、うぅ………」
「早くしろよ。」
にやにや笑われている。く、くそぉ……。
「か、影山くん!!」
「おう。」
「すきで、」
す、と言う言葉はくっついた影山くんの唇に吸い込まれてしまった。
マイナス13.7。
私を綺麗にしてくれる、私の苦しい部分を引き出させてくれる影山くんはきっと私のマイナス13.7。
私もあなたのマイナス13.7になりたい。
これはその第1歩目だ。
(純正律)
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