cantabile



    2月13日。バレンタインデーが明日に迫った今日。


    「仁花はどうするの?」


    「一応バレー部の皆さんには用意しようかなぁと。…名前は?……影山くんに渡すの?」


    「……渡したい、なぁ。」


    「いいじゃん!!絶対喜んでくれるよ!」


    「そうかなぁ…?」


    仁花は何故か私の影山くんに対する恋心を見抜き、応援してくれている。嬉しいような恥ずかしいような、だ。


    作る準備は家に出来ている、あとは作ってお父さんと、……影山くんに渡せたら100点満点だ。


    「で、でももし、体に悪そうだからいらねぇって言われたら、立ち直れる気がしないんだけど……。」


    「あぁ…………有り得なくもない……いやでも名前からだったら流石に貰ってくれると思うけど……?」


    「いや待てよ、そもそも影山くんめっちゃ貰うんじゃないか?明日。」


    なんと言っても学校の人気者、アイドル、モテ男。それが影山くんだ。


    「た、確かに。」


    「だよね?それに加えて私まで貰ってくれって言ったら……困らせるだけなのでは…!?」


    「うぅ、私に負けずとも劣らないネガティブ思考!!流石だね名前!?」


    仁花よ、それは褒めてないよね…?


    そして来たる2月14日。バレンタインデー。


    鞄には今朝お父さんに渡してきたブラウニーが、より可愛くラッピングされ入っている。


    「おはよう!名前!」


    「お、おはよう。……その、仁花。」


    「うん?」


    「バレー部皆にって言ってたじゃん?……その、……影山くんどうだった?」


    「あぁ!!全然普通に受け取ってくれたよ!いらなかったら全然良いから、って言ったけど、貰いますって!」


    「そ、そっか!!」


    自分でもあからさまに喜んでしまって、にやぁ…と笑う仁花の顔を見て恥ずかしくなる。


    「大丈夫、ぜっっったい喜んでくれるって!!」


    「……うん、頑張って渡す!」


    「その意気だ!」





    「…………………お疲れ様、でした。」


    「……おう。」


    しかし朝の決心は、いつも通り練習後校門にて会った影山くんの両手に持たれた紙袋、


    そしてその中に入っている可愛らしくラッピングされたお菓子達を見て消え去った。


    「……とても、大量、ですね。」


    「………おう。」


    居心地悪そうな顔をする影山くん。何故。ドヤ顔をしてもいいんだよ、俺こんなにモテるんだぜって言ってもいいんだよ。


    「えっと……全部バレンタイン?」


    「……たぶん。下駄箱とか、机とか沢山詰められてた。」


    げんなりした顔で言う影山くん。たぶん影山くんからしたら知らない人からも詰められていたのだろう。流石に怖いかもしれない。


    「今日いつもより来るの遅かったのもそのせい?」


    「…悪い。」


    「い、イエゼンゼン。」


    バレンタインにかこつけて告白する子だっていただろう。私なんかよりずっと勇気ある彼女達に憧れる。


    それにしても想像を遥かに超えた量を影山くんは貰ったようだ。


    ………流石に、これ以上はいらないよなぁ。


    鞄に入ったブラウニー。ごめんね、可愛く包んだのに。私が美味しく頂くよ。と美味しく出来たのを喜んだ昨日が恋しくなる。


    「……苗字は、誰かにあげたのか。」


    「え?……うん、一応。」


    お父さんにね。毎年のことだけど喜んでくれるお父さん。今年もしっかり喜んでくれて嬉しかった。


    「…そ、そうか……。」


    「影山くんはそれ全部食べるの?」


    「…流石に無理だな。バレー部の人とかと分ける。」


    「だよねぇ、全部食べたら病気になっちゃいそうだね。」


    「体には悪いだろうな。」


    「流石にこれ以上貰ったら困っちゃうよね。」


    なんて言ってしまって固まる。


    「………なな、なんちゃって。」


    咄嗟に誤魔化そうと出た言葉はいつもの如くどもってしまって、逆に怪しいだろ馬鹿野郎!!と脳内の私が叫ぶ。


    「……あぁ確かに困る。」


    あわあわと熱くなっていた顔から熱が引く。


    そりゃ、そうだ。自分だってそう思って言ったんだし。


    「だ、だよね、」


    「…でも、……苗字のだったら、……欲しい。」


    引いた熱が再び集まる。


    私のだったらって。


    「……俺の分は、無いんですかコラ。」


    耳まで真っ赤にした影山くん。むっ、と突き出した唇が可愛らしい。


    「………ほ、本当にいる?」


    「いる。苗字のだったら…いる。」


    「……お、お納めください…!」


    そう言って鞄から出したブラウニー。嬉しい、ちゃんと彼の元に送り出せた。


    「お納めくださいって…ははは!」


    「わ、笑わなくても…!?」


    あははは!と楽しそうに笑われる。咄嗟に出た言葉なので、恥ずかしくて仕方ない。


    「……これ、手作りか?」


    笑いが収まった影山くんに聞かれる。


    「……はい、お腹壊したら本当にごめんなさい。」


    「んな事まで気にすんな。……ありがとう、すげぇ嬉しい。」


    にっ、と笑った影山くん。あんなに貰った後なのに、私に対しても誠実な態度を取ってくれるあたり、やっぱりかっこいいなぁと惚れ直してしまう。


    「帰ったら1番に食べる。」


    「え、い、いや、もっと凄いの作ってもらってるだろうし、」


    「じゃあな。早く寝ろよ。」


    「え!?あ、ちょ!?」


    いつの間にか着いていた我が家。そして私の声も聞かずに帰ってしまった影山くん。


    家の中に入ってから、ブラウニー形崩れてなかったかな!?とか、ラッピングも綺麗なまま渡せたかな!?と心配事が次から次へとやって来て。


    そしてその後やって来た影山くんからの『美味かった。来年も楽しみにしてる。』のメッセージに私は倒れ込んでしまったのだった。


    (歌うように)



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