財布の彼


忙しなく歩く大人や学生たち、独特のアナウンスが響く構内

その中で私は胃痛と闘っていた。




今日は年に1度の本社研修の為、宮城を出て東京まで行かなくてはならない

日頃は車に頼りっきりで電車も新幹線もろくに乗らない私は

無事に辿り着けるか、はたまた無事に研修を終えられるか

などと考えては胃を抑え、を繰り返していた。

遅れる分にはまずいが、早く来る分には迷惑にはならないだろうと

電車に乗る予定の時間よりかなり早く駅に来たため、

同僚が来るまで暇を持て余していた。


それにしても、今日は学生が多い気がする。

普段利用しない為、気がするだけかもしれないけれど

もしかして、今日は入試の日だったりする?

身の回りにもはや学生はいないので情報は確かではないが、

駅員さんに多くの学生が押し寄せてる様子を見ると恐らく私の勘は当たっているような気がする

いいなぁ、若いなぁ。なんて思いながら改札へ向かう学生たちを見送る。頑張ってね入試、なんて。心の中でエールを送りながら。



暫くその様子を見ていたが、まだ同僚が来るであろう時間まではかなりありそうだ

段々と研修に対する緊張にも慣れてきてしまい、私は今から戦場へ向かうであろう学生達へと意識を向けていた

彼らは中学生だろう、入試の時期としては高校入試のタイミングだろうし。


そんな彼らを見ている中で1つだけ大きく抜けている頭があった

えっ、あの子大きくない!?

1人だけ周りより背が高い男の子がいた。しかもイケメン。

うわぁ、大きいなぁ。運動部っぽいよなぁ。なんて考えながら彼を見守る

彼は改札前の切符売り場まで来て、どれを買えばいいのか路線図を確認し、そして財布を取り出そうと鞄へ手を突っ込む


しかし、彼は?と首を傾げながら鞄を大きく開けて中身を確認した

そしてみるみるうちに顔が青くなり、遠くから見ていてもわかるくらい彼は慌てていた

あれ、もしかして財布忘れたのかな

うわぁ、あるよねぇ、こんな日に限ってー!ってやつあるよねぇ

なんて他人事だと思いながら私は焦る彼を見ていた

しかし、私が考えている通り入試を受ける為電車を乗りに来たとしたなら、

他人事とは言え、受けることすら出来なかったなんて考えただけで背筋がヒヤッとした

大丈夫かな…でも確か駅員さんにお金って借りられなかったっけ?

そんな事を考えてはみたものの、先程と変わらず駅員さんには何線に乗ればいいのかなど質問する為に学生たちが押し寄せていた

あの状態ではきっと貸してもらえてもかなり時間がかかるだろう

そして先程から財布の無さそうな彼は時計を見ては青くなり、鞄の中を再度見て青くなり、とどんどん顔色が悪くなっている


そんな彼を見ていて、普段なら見知らぬ人に手を差し伸べるのは少し躊躇をしてしまうけれど、

いつの間にか私は彼に何の躊躇も無く話しかけていた

「あの!」

「!?」

彼は大きな目を見開いて突然話しかけてきた私を見ている

け、警戒されてる…?それもそうだよね…

「もしかして、財布忘れてきたの?」

「う…うす」

やはり忘れてきてしまったのか。まさかの途中までは持ってたのに落としたっていうパターンじゃなくて良かった。

それなら、と私は自らの財布から千円札を何枚か出して彼に差し出した

「えっ?」

「お金、無いと電車乗れないし、駅員さんにも頼れなさそうだから良かったら使って?」

「いや、受け取れないです!」

それもそうだよね(2回目)でも、彼にはあまり選択肢が無いはずだ

「でも、そうは言ってられないんじゃないのかな?時間大丈夫?」

「!!!」

そう言うと時計を見て、焦って、考えて、その綺麗な髪をぐしゃぐしゃにして考えて、

「助かります。必ず、返します」

「いや、いいよ!大丈夫、たまたま会っただけだし」

律儀に腰を折ってこちらにお辞儀をする彼はきっと礼儀正しいのだろうなぁ

「いや、必ず返します!!名前と連絡先、教えて貰えませんか」

「いやいやいや、本当に大丈夫だから!」

わざわざまた会ってまでお金を返してもらわなくてもいい

君が無事に入試を受けてくれれば私は満足だよ、本当に入試かどうかわからないけれど

断っても断っても引き下がらない彼に対して私はいい事を思いついた

「あ、じゃあ私も宮城県内に住んでる人間だから、また会うことが出来たらお金返してもらおうかな」

「……わかりました。本当に助かりました。あざっす。」

ぐぐぐ…と納得のいかない顔をしていた彼だったが、時計を見て、なんとか了承してくれた

改めて礼を言うと彼は駆け足で切符売り場の方へ行ってしまった

残された私はその後すぐ来た同僚と共に東京へと向かう新幹線の中で人助けをした満足感と

とても綺麗な顔立ちをしていた彼を思い出し、お金を返して欲しい訳では無いけれどまた会えたらなぁなんて考えていた。


それから数ヶ月後。車に乗る私を見つけて全速力で後ろから財布の彼に追いかけられるのは、また別の話。

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