切ったばかりの


「………………?」


「あ、おはよう!影山くん。」


「……はよ。……苗字、それ……?」


「それ……?……あぁ!髪?切ったんだぁ。」


首筋にサラサラと触れる髪の毛。


こんな短さいつぶりだろう、ずーっと長かったからなぁ。


長い事が、絶対だったもんなぁ。


「急だな、なんで?」


隣の席に腰を下ろしながら、ぐんぐんヨーグル片手に聞いてくる。本当にそれ好きだよね。


「えっとー……なんでって言われると困っちゃうな……。」


影山くんの質問を反芻して、苦笑いしてしまう。


あんまり人には言いづらい、言いたくない。


しかし影山くんはこう言った人の気持ちに鈍くて、


「困る?なんで。」


ひぃ。思わず心の中で声が漏れる。


察してくれ、なんて高度なことは彼に求めちゃいけない。


なのに、嘘なんてついたら謎の野性的勘を発揮して、見破られる。なんてタチが悪いんだろう。


諦めた私は周りのクラスメイトに聞こえないよう、影山くんに近づいて、小声で言った。


「…………彼氏と別れちゃったんだぁ。」


「…………え。」


ばっ!と距離をおかれて、目を見開いてる。ほんのり頬が赤く見えるのはなんでだろ。


「…………悪ぃ。」


「いや、全然。フラれて髪切るなんてフラれましたって言ってるようなもんだし!」


フラれるなんて影山くんには無縁な話だろう。


今や先輩にも後輩にもかっこいいと人気な影山くん。


同級生も然りで、同じクラスの子達からも隣の席に座る私は妬まれたり、羨まれたり。


しかも何故か1年生の時から影山くんの隣の席になる確率が高かった私は、他の子達よりほんの少しだけ影山くんと仲が良い。それも妬まれた原因の1つ。


しかし、中学の頃から付き合っていた彼氏がいて、それを公言していたが故か、いじめや嫌がらせに発展したことは無かった。


なのに、別れちゃったからもう言い訳というか言い逃れというか、出来ないなぁ。


「……苗字が、フラれたのか?」


「……うん、重いんだって。私。」


「重い?」


「……他の女の子と仲良くして欲しくなくて。2人で出かけるのとかやめて欲しいって言ってたら、しつこいって。」


嫌なものは嫌だった、我慢なんて出来なかった。


言えばわかってくれると思って勇気をだして言ったのに、彼が私を見る目は、大切な彼女を見る目じゃなかった。


そんな視線を送られても、彼を失った傷は大きくて。


泣き腫らした目は今もまだ少しだけ赤らんでいて、彼の好きだった長髪は見るのも嫌になって切り落とした。


「……そんなの、当たり前じゃないのか?」


「……え?」


「あ、その……俺は付き合ったりとかした事ねぇから、あんまわかんねぇけど、他の誰かと仲良くされて嫌になんのは当然っつーか……。」


元彼の瞳は冷えきっていて、お前は間違ってる。そう言われた気がした、なのに、


今目の前にいる影山くんは、酷く心配そうにこちらを見ていて、私のした事を当たり前だと肯定してくれた。


そして今も、何故かもう一本持っていたぐんぐんヨーグルを私の机の上に置き、こ、これやるから、元気出せ。なんて言って謎の励ましをしてくれている。


決して人付き合いが得意ではない影山くんの優しさが、本当に本当に暖かくて。


気づけば瞳から涙が零れ落ちていた。


「……あれ、……?」


ぽたぽたとスカートに染みを作る涙。


そんな私を見てギョッとしている影山くん、ご、ごめん。泣くつもりなんて、


「ほ…………保健室!!」


え?


そう叫ぶや否や、クラスメイト達の視線を浴びながらも彼に腕を掴まれ教室を連れ出された。


「……ふふっ、あはははは!!」


あまりに慌てて私を連れ出すものだから、笑えてきてしまう。


「…………も、もう大丈夫なのか?泣き止んだか?」


もうホームルームには間に合わない。


静かな校舎を抜け出して、外へ出た。


何だか凄く悪いことをしてるみたい、してるんだけど。


「うん、止まったよ。ごめんね、ありがとう。」


「い、いや…………すまん、連れ出して。苗字まで怒られるな……。」


「いいのいいの。こんな事した事ないし、ドキドキする。」


それにこれも影山くんの不器用な優しさの賜物だと思えば、なんでも許せる気がした。


「影山くんは優しいね。」


モテてるのは外見からだろうけど、彼の中身も本当に素晴らしい人だ、モテるのは当然。


「……別に、誰にでも優しい訳じゃねぇし。」


「え?そうなの?」


「……ん。」


意外だ、彼にも苦手な人とかいるんだ。


苦手って言うより興味無い人の方が多そうな印象だったので、少しだけ驚く。


「苗字には、優しくしてぇ。」


面と向かってそんな事を言われる。


こんな所影山くんファンの人に見られたらおしまいだ、誰もいない外でよかった。


「ありがとう、私も影山くんに優しい人になるね。」


「お前はもう優しいだろ。」


「え?そう?」


「おう、充分優しくしてもらって、……沢山良い所知って、」


「……うん?」


「………………好きになった。」


「………………へ?」


「だけど、彼氏いるって知ってたから黙ってた。」


「…………え、」


「…………でも、もう別れたなら良いよな。」


「え、ちょ、ちょっと待ってよ、」


「待たねぇよ。……今すぐ考えてくれなくて良い、ゆっくりで良い。……だから、」


凛とした瞳。綺麗な顔だなぁ、なんて思ってて、凄い人気があって、仲は良いけど遠い人だって思ってたのに、


「……好きだ。俺じゃ、駄目か?」


今は凄く凄く近い、近すぎて、火傷しそう。

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