不器用なんです
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「うん、行ってらっしゃい!」
遠ざかる背中に、零れたのは溜息。
もう二度と戻ってこなかったりして、なんて縁起でもない事を考えてしまう。
でも、それ程に彼は私に対する執着を見せない。
飛雄くんとお付き合いを始めて約1年。
高校の卒業式で私の方から告白して、まさかのOK。
あんなにも女の子に靡かないと有名な、飛雄くんだったのでよろしくお願いします、なんて言って頭を下げられた時はしばらくフリーズしたっけな。
それからは、東京にてチームに入った飛雄くんと東京の大学に進学した私。それぞれ家は違うけれど、休みが合えばそれなり会うことが出来ていた。
しかしながら、飛雄くんは何も変わらない。
ご飯を一緒に食べても、遊園地や水族館、映画などに遊びに行っても学生の時のまま。
私たちの距離は、恋人同士と言う名前に対して酷く寂しいものなのだ。
なので勿論、キスやハグなんてした事ない。その先なんて有り得ないし、彼に知識があるのかさえ怪しい。
手を繋ぐのは私が手を繋ぎたい、と言って困惑しながらも繋いでくれた1度きり。
こんなの、恋人同士と呼んでも良いのだろうか……。
もやもやとした中で、最近は海外遠征に行くことも増えてきた飛雄くん。
長期で行くので、しばらく会えない。私はこんな寂しい関係だとしても飛雄くんが、告白するぐらいには大好きなので会えないことに寂しくなる。
しかし彼は相も変わらずで、それじゃ行ってきます。それだけでいつも背を向けてしまう。
今回もそうだった、なんの感情も感じない表情に寂しさなんて1ミリも無いんだろうなぁ、と見せつけられた気がする。
そんな彼が私の元に帰ってこないかもしれない、そう思うのは温度差を酷く感じていた私からしたら、当然の事だった。
………………きっと、私はいらないんだろうなぁ。欲しがってるのは私だけ。飛雄くんからしたら私はたぶん、不必要。
付き合っちゃったし、フルのは申し訳ないし。なんて理由でこの関係を続けてそう。あまりに有り得そうで少し笑ってしまう。
しかし、笑っていたはずなのに私の頬は濡れていて。
急いで玄関の扉を閉め、見送りから帰ってきたばかりの体を抱き締め、独り泣いた。
告白するのも凄く勇気を出したのに。
付き合えた時はびっくりしたけど、嬉しかったのに。
…………自分で、終わらせないといけないなんて。
なんて酷い人だろう。
◇
「おかえり、飛雄くん。」
「…………あぁ、ただいま。……今日授業は?」
「今日は無いの。だからお迎えに来たよ。」
「ん、ありがとう。」
「家まで荷物運ぶの手伝うよ。」
「助かる。」
駅から移動し、飛雄くんの大きなお家の玄関を閉めて、荷物をリビングへと運ぶ。
「…………飛雄くん。」
「ん?」
「ちょっと、お話したいな。」
「ん、なんだ。」
「…………あのね、」
あ、やばい。泣きそう。
悟られぬよう顔を強ばらせる。
「…………?なんだ。」
「えっと…………。」
言葉を詰まらせる私を、不思議そうな顔して見ている飛雄くん。
あ、なんか、駄目だ。今日はなんか駄目。言えない。
なんとなくそんな事を思ってしまい、言おうとした言葉は引っ込めて、笑顔を作った。
「やっぱりなんでもない。今日はもう帰るね、まだやることあって。」
「……え、あ、…………おう。」
困惑しながらも返事した飛雄くんに笑顔を返し、荷物を掴んで玄関へと向かう。
駄目だった、なんでだろう。……飛雄くんの顔を見ちゃったからかな、大好きな人の顔。
次、ちゃんと覚悟決めてお別れしよう。覚悟はした、きっと、……きっとお互いのためになる。
靴を履き、玄関のドアノブを掴む。
…………そこで、私の歩みは止まった。
否、止められた。
「…………その、悪い。」
大きな手に包まれた私の手とドアノブ。
背後には今までに無いほど近い距離の飛雄くん。
「と、飛雄くん……!?」
突然イケメンに迫られて、冷静でなんかいられるわけなく動揺する。
「…………なんか、このまま帰しちゃいけない気がした。」
「…………え。」
「…泣きそうな顔してた。」
そんな顔したまま、帰せない。そう言われて腕を引かれる。
リビングのソファーに座らされて、向かい合う。
「……なんか、悲しませてたら本当にごめん。」
「え、いや…………。」
こんな飛雄くん初めてだ。私の事をちゃんと見てる、私の事をちゃんと認識してる。
「……寂しい思いさせてるかもって思ってた。……日頃も全然構ってやれてなくて、ごめん。」
「そんなこと……。」
「俺、付き合うとか初めてだからどうしたらいいのかわかんなくて、1年経っちまった。…………もっと近づきたいって何度も思ったけど、……傷つけたくなくて、どうしたら傷つけずに触れられるかわかんなくて。」
「…………え?」
近づきたい?触れたい?…………そんなこと思ってたの?
「だから、すげぇ素っ気無かったよなって自分でも思ってた……ほんとごめん。」
「いや、……それは、私も気づけてなかったところだし、」
「俺がちゃんと伝えられなかったのが悪いから。…………その、ちゃんと好きだから。名前の事。……だから、…………その、泣いて欲しくない、デス。」
しりすぼみになりながら、顔をほんのり赤くさせながら伝えてくれた飛雄くん。
「…………その言葉だけで、充分です。」
「え?」
少しの勇気と、溢れる気持ちから目の前にある大きくて逞しい体に抱き着いた。
「うわっ……ちょっ……!?」
慌てる飛雄くんに、きっと今私達は同じくらい真っ赤になってるんだろうなぁ、なんて想像しながら、思っていたよりずっとずっと逞しい体に心拍数を上げた。
彼が紡いだ愛しいメッセージに、私の不安なんてどこかへ吹っ飛んで行った。
私達の恋路は、ここからスタートするんだ。
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