帰り道
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今日も今日とて残業まみれ、そろそろ残業時間やばいしセーブしていかないとなぁ
ほんと、飽きずにどーでもいいことで怒ってられるよなぁあの上司は。とか、あの後輩は未だに覚えが悪いよなぁ、マイペースって域を超えてきてるよなぁ。とか
1日の溜まったストレスを発散する為、私は毎日の帰り道をなるべくゆっくり歩き、
心の中でムカつく奴らをボコボコにしてから家に帰ると決めているのだ。
そうすると、家に帰ってぬいぐるみをボコボコにするとかよりもずっと私は気持ちが楽になる。
そしてもう1つゆっくり帰るのには理由がある。
前方から走ってくる男の人。あっ来たみたいだ
彼は毎日ここをこの時間に私がゆっくりと歩くことで会うことが出来る恐らく高校生か大学生。
会う、と言っても会話はしないんだけどね。会話はしないけれどいつも通り走ってくる彼を見ると今日も1日終わったーという実感が湧くし、
暗くてよく見えないのもあるが、彼は相当なイケメンと見ている。もしイケメンじゃなかったとしても私の中ではイケメンだということにしておきたい。
毎日イケメン(仮)とすれ違い、日常を感じながらストレスを発散する。これが私のルーティーンだ。
◇
今日も疲れた。真っ暗になった外を歩く。
家から会社まで近いこともあり、私は歩いて通勤をしているがあまりに暗いとやっぱり車通勤にしようか迷う時もある
これでも一応女なんだから、用心するには越したことないし…
なんて考えながら歩いていると、いつもの彼が走ってきた。あの子も凄いよなぁ。毎日どれくらい走ってるんだろう。今日も髪サラサラだなぁ。
なんて邪なことを考えながら歩いていると、カシャンっと何かが落ちた音がする。
音がした方を振り返ると今まさに考えていた彼がポケットから携帯を落としたらしく、
そしてその携帯は私の方が近い位置に落ちていた。
ま、まさかランニングの彼と話す日が来るとは…
私は携帯を拾い上げ、こちらへと歩いてきた彼に渡す。
「どうぞ」
「あざっす。…あの、いつもここ歩いてますよね?」
なっなに!?向こうも私のことを認識していただと…?
まぁでもそれもそうか。毎日だもんね、毎日見てなくてもなんかよくいるなーくらいは感じるよなぁ
「はい、いつもこの時間帯歩いてますね」
「…仕事帰り、すか?」
「そうですよ、君は…大学生?」
「いや、高校1年生っす」
「え!?背高いね!?」
「あざっす。…あのいつも思ってたんですけど、女性がこんな時間に1人で歩くの危ないんじゃないんですか」
街灯によって薄暗い中見えたランニングの彼の顔は想像以上のイケメンで少したじろいだ。
しかもイケメンが私の心配をしている。いつも思ってたって!!え!!心配されてテンション上がってしまう!!
「いや、大丈夫ですよ!こんな可愛くもなんともない女誰も襲わないですよ!」
うわ!!何言ってんだ!!そんな事言われたらなんとなくフォローするしかないでしょ!相手は高校生だよ!!何やってんの!!
「いや…お姉さん凄い綺麗だと思います…けど…」
「……。」
今日が命日かな?
ちょっと神様に愛されすぎている気がするぞ、今日は。イケメンに社交辞令かもしれないけど褒められて意識飛ばしそうなくらい嬉しいし恥ずかしい。
「あ、あははは!ありがとう!でも本当に大丈夫だよ、ランニング邪魔してごめんね、頑張ってね!」
「いや、大丈夫っすけど…家この辺なんですか?」
「そうだよ、もうほんとすぐそこなの。会社もすぐそこで歩いて20分位で着くから徒歩通勤してるんだ。」
「へぇ…家まで送ってってもいいですか?」
いやいやほんと思考停止するからあまりBBAを虐めないでくれよ少年。
イケメンなんだから発言には注意しないとそのうち犠牲者が出るぞ
「い、いや!大丈夫だって!」
「俺に家知られるの嫌ですか?…というか名前も言ってなかったっすね。影山飛雄って言います。」
「ち、違うよ!!!私は苗字名前って言います。…何でそんな送ってくれようとするの?」
「…いつも見る人だから。何度か見かけるうちに1人で大丈夫なのか。とか無事に帰れたのか。とか気になり始めて。やっと今日話す機会手に入れて。もうもやもや考えるのも嫌なので自分自身で送っていけばすっきりすんのかなって。」
えっ…惚れそうだよ影山少年。例えそれが毎日見るから愛着湧いちゃった的なそれでも私は嬉しいよ…!
「…じゃあそんなに言うなら送ってもらおうかな」
「うす!」
「ありがとね!あ、走った方がいいかな?ヒールあるから遅いと思うけど…」
「いや、歩きで大丈夫っすよ」
こうして私は影山くんに家まで送ってもらい、お話も出来た。幸せすぎる時間だった…
これでまたすれ違うだけの人になるのかぁなんて考えていた
次の日
「……。」
「……。」
「えっと、影山くん」
「うす」
「なんで私が帰る時間にうちの会社の門にいるの?」
「大体いつも同じくらいの時間にすれ違ってたし、昨日すぐそこが会社って指さしてたから方角はわかって、20分くらいで着くところって探したらここでした。」
さ が し た の ?
え、新手のストーカーとかじゃないよね?いやでもこんなイケメンで優しいストーカーならばっちこい!!なんて思う私は男の人に飢えてるのだろうか。
「これなら苗字さんが会社出てから家に着くまで送れるなって思ったんで」
「え、でも、それだと影山くんのランニングの時間減っちゃうよ?」
「それでもいいです。苗字さんがちゃんと帰れたのか心配してもやもやするぐらいなら。」
「…そっか、ありがとう。」
「うす。行きましょう。」
社会の波にもまれ続けた私には影山くんの裏表の無い優しさが深く染みて、柄にもなく涙が少しだけ流れてしまった。私にもこんなにも心配してくれる人がいるなんて、なんと心強いことか。
◇
衝撃的な発言を繰り返し、私を毎日迎えに来て家まで送るようになって。
そして家に着いたら何事も無かったように「じゃ、また明日」なんて言って去ってしまう。
本当に影山くんがよくわからない。だけど私達は毎日(と言っても平日のみ)一緒に帰る中で色んな話をしたため、彼について色々と知ることは出来た。
バレー部のことや、家族のこと。ヒナタくんって言う相棒のような存在。オイカワさんっていう適わないと感じる先輩。
彼の表情は乏しく最初は表情筋死んじゃってるのかな?なんて思ったりしてたが自分のことを話す時は楽しそうだったり不機嫌そうだったりと忙しなく表情を変えるのを見てきた為、そんなことは無いのだと実感した。
そしてそんな日々が数ヶ月続いた。
私はきっと影山くんに恋をしている。でも無理はないとも自分でも思う。
その上で、気持ちは伝えるべきではないとも冷静な頭で導き出した。
私は社会人で彼はまだ、高校1年生。
とても現実的では無いお付き合いになってしまうし、実際年齢差もそれなりにあってそもそも何言ってんだこのBBA…っていうオチになるのは目に見えた
自覚してしまってからも私は特に表に感情を出すことなく影山くんと接することが出来た。
そんなある日のこと
影山くんはどうしても負けたくなかったオイカワさんに公式戦で負けてしまったらしい。
私にはそこまで打ち込んできたものが無いからそこまで悔しがる気持ちも理解してあげることは出来なかった。
「あの人は本当に上手いんです。スパイカーの能力を引き出すのも、サーブも。まだ俺が劣ってる所が多いんです」
「そっかぁ、影山くんはオイカワさんの事を尊敬してる?」
「…俺に対してムカつく言動が多いから率直にそうは言えないっすけど…プレーに関しては心から尊敬してます。」
「うん…そうやって悔しくても相手を尊敬、賞賛出来る影山くんは本当に素敵だし、まだまだ成長出来ると思うよ!」
「…なんでっすかね。苗字さんに言われるとムカつくとか何も感じなくて。言われた言葉全て身になるんすよ。」
「えっ!?そんないいこと言ったかな!?」
「たまに凄いいいこと言ってますよ」
「たまにかぁ…」
「でも、今の俺に苗字さんがいて良かった、って心から思います。」
ほらまた、裏表の無い言葉。
それはこっちのセリフだよばーーか!!
なんて言うことは出来ないけれど
「いつかね、影山くんは凄いバレーボール選手になるんだろうねぇ」
「俺は日本一のセッターになります。オイカワさんも勿論いつかは実力で抜かします。」
「うん、きっと大丈夫だよ。いつか影山くんとこうやってお話することが出来なくなっても、私は影山くんがどこにいても応援してるからね、忘れないでね」
「……俺は、」
あ、彼は何か言おうとしてる。
でも何故か直感でそれを言わせてはいけないような気がした。
「私は、影山くんの応援団長にでもなるかなー!」
影山くんの言葉に被せてそう言った。
「…あざっす。苗字さんがどこにいても応援してくれるなら頑張れます俺」
「ほんと?あ、プロのバレーボール選手になっても1番目のファンは私だからね!!って言ってもまだプレーしてるの見たことないんだけど…」
「試合見たことないけどファンってある意味凄いっすよ」
笑いながら影山くんが言う。
あー楽しいなぁ。こんな日々がずっと続けばいいのに。なんて願ってしまう
でも影山くんはこんな所にいつまでいていい人間じゃないんだろうな、私はきっと置いていかれて、前の1人の帰り道に戻るんだ
寂しいな、行かないで欲しいな、そんな気持ちが油断していた表情に出てしまったようで
「苗字さん」
刹那
影山くんに強く腕を引かれ、気づけば影山くんの腕の中にいた
抱き締められている
「俺、もう苗字さんはただの話し相手だとかそんなレベルじゃないくらい必要に感じてます」
「離れるのとか想像したくないし、出来ることならずっと会える距離にいたい。」
「好きです、苗字さん」
あぁ…言われてしまった
こんな。こんな風に腕に閉じ込められて必死に想いを告げられて、断れる人などいるのだろうか
「私、結構年上だよ?」
「年齢なんて気にしません」
「結婚願望もあるし。あんまり遅い人は嫌だなぁ」
「…善処します。」
「結構わがままだし、面倒臭がりだし」
「全部聞きましたし、話や仕草からも感じてます。」
それらも含めて全部好きです。
そう面と向かって伝えてくれた影山くん。
気づけば私は涙を流していた。
どこかで勝手に諦めていた。私なんかが影山くんを繋ぎ止めてはいけない、って
いつかは離れ離れになるのは仕方ないって
影山くんが光り輝く未来へ向かってくれるならそれで充分だって思ってた、例えそこに私がいなくても、それでいいんだってやっと思えるようになったのに
影山くんは全て飛び越えて、私の全部を好きだと言ってくれる
「私なんかでいいの?」
「苗字さんがいいんです、いい加減しつこいっすよ」
涙が零れる目尻を親指で拭ってくれながら
「俺と付き合ってください」
影山くんに告白された。彼と話すようになった日のように今日は神様に酷く愛されているらしい
「よろしくお願いします」
もう諦めない、彼の応援団長でもありファン1号でもありそして彼の未来で隣に立てる存在になることを
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