事実
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私には勇気が無い。振り絞っても周りの人々からすれば些細なものだ。
私には自信が無い。自分の長所を見つける事が難しい。考えても考えても出てこない。それより周りの人から迷惑そうな顔を向けられる私の方が思い浮かぶ。
そして私には、声も無い。
人に想いを告げられる、意志を告げられる、声が、私の音が無いのだ。
◇
「名前!」
名前を呼ばれて振り返る。後ろから走ってきたのは親友の莉央だった。
彼女は中学校も同じで、声が出ず筆談しか出来なくてからかわれたり、迷惑をかけてしまっていた私を助けてくれて、いつも一緒にいて守ってくれた心優しい親友だ
「おっはよーーう!!」
「っ!!!」
背中をばしんっと叩かれた。痛い…。莉央はこうやって背中や肩を叩いてくるコミュニケーションをよくしてくるけれど、痛いから本当にやめて欲しいと思う時もある
『おはよう』
持っていた携帯にそう入力して見せる。傍から見たら莉央しか話していないので奇妙に見えるが、これが私達の会話なのだ。
◇
「名前ってさ、ホントびびりだよね。ネガティブだし。頭も良いし可愛いんだからもうちょっとシャキッとしたら?」
莉央はたまにこのようなことを言ってくる。
こんな話題の時、声が出ないことを気にしないでひとりの人間として扱ってくれる莉央は本当に良い親友だ。
「この間だってさ、クラスの男子に肩軽く叩かれて声かけられた時。名前マナーモードみたいに震えてたじゃん!!あれは笑ったなぁ」
『急に声かけられるだけでもびびっちゃうのに、トントンって肩されたらそれはマナーモードにもなるよ』
「いや、開き直るなよ!!でも、真面目な話もうちょっと筆談にしても冷静に会話出来るようになった方がいいよ、私以外の人にも。」
『それは、私も思ってる。もっとちゃんと話せるようになりたい』
これは常々思っていたことだ。莉央や家族以外の人相手だと、いつもいつも萎縮してしまって、筆談するにも手が震えてしまったりいつもより書くのに時間かかってしまったりしまうのだ
いつまでも莉央が傍にいてくれる訳でもないし、大人になったら1人でもちゃんと生きていかないといけない。
高校1年生だからと言って悠長にしてられる程、私は私が短期間でコミュニケーション能力を上げられる自信がなかった。
「じゃあ練習していこう!まずは話しかけやすい人から…って思ったけど、名前の場合誰が相手でもびびって慣れるのに時間かかりそうだから、そもそもコミュニケーションとるのが難しそうな人からいかない?」
『無理無理。ヤンキーとか話しかけれない。無理です。』
「いや、誰もヤンキーに話しかけろだなんて言ってないじゃん?!あと、出来るだけ毎日話しかけられるような距離感の人がいいよね、じゃないと日にち開いて諦めそうだし」
うっ…私がすぐ諦める駄目人間なことなど莉央は当然知っている
「あ!そうだ!影山くんはどう??」
『影山くん!?無理だよ、顔怖いじゃん』
「えー?でも影山くん話しかけにくい感じあるけど、バレー部だし、チームプレーだからコミュニケーションはとれると思うよ?」
いや、無理だ。どう考えても無理だ。影山くんとは同じクラスの高身長男子でバレー部に所属している。
顔は整っていてかっこよく、2年や3年の先輩達が影山くんのことを話しているのをたまに廊下などで聞くほどだ。
しかし、私からしたらその綺麗なお顔のつり上がったおめめは睨まれたら死んでしまいそうだなと思ってしまうし
実際違うクラスの日向くんを怒鳴りつけているのを下校の際に見てしまったこともある。怖すぎた。
授業中は伏せて寝てる時もあれば、白目をむいて寝てる時もある。寝てるなんて無防備な状態なのに何故か恐怖心を芽生えさせるとんでもない人だ。
「まぁ、まずはやってみよ!ほら今日日直でしょ?どうせまた影山くん授業中寝て、ノート取り忘れるだろうから見せてあげたら?」
絶句。
いや、そもそも出ないけど、心からの絶句だ。
そういえば今日は日直だった。最悪だ。毎回英語のノートは授業終わりに全員分を日直が回収して職員室へ持っていくのだ。
そして影山くんはいつも寝ているため、誰かしらに見せてくれって言ってるのをよく見かける。
それを!自ら!見せましょうか、なんて!言えるわけないでしょ!!!
「あっはははは声出てないけど今にも無理でしょ!って言ってきそうな顔だねぇ」
莉央はひーひー言いながら笑ってる。涙まで浮かべてる。酷い。
正直本当に嫌だけれど、自分がずっとこのままなのはもっと嫌だ。
莉央はこうやって面白がりながらもきっと私の背中を押してくれてる。わかってる。だから、ちゃんと私も前に進みたい。
こうして私は意を決して英語の授業に臨んだ。
◇
授業が終わった。当然のように影山くんは寝てて怒られてた。
そして日直である私は皆のノートを集める。残すは影山くん1人だけだ。
ふあぁっと欠伸をしている影山くんの前に立ち、持ち歩いてるメモにペンを走らせる
『日直です。あとノート出てないの影山くんだけなので、もらえますか?』
「…あ、わりぃ。…なんでメモ?」
え。入学式の日に自己紹介で私の声のことは言ったはずなんだけど…もしかしてあの時も寝てたのだろうか
『声出ないの。だから筆談で、話しづらくてごめんね』
「あ…そうなのか。いや、お前は何も、えっと苗字さんは何も悪くない。…あとノート貸してくれませんか。」
当たり前のように私のことは悪くない、と言ってくれた影山くんに驚いた。少しも迷惑そうにもしていなければ、私のことを腫れ物扱いもしない態度に私の中で影山くんの印象が変わっていった
『どうぞ』
ノートを差し出した。影山くんの大きな手がそれを受け取る
「あざっす。すぐ写すから待っててくれるか?用事あるなら俺持ってくけど」
あれ、思ってたよりいい人だ。影山くん。
『いや、大丈夫だよ、焦らず写してもらって』
「すんません。」
私は影山くんの前の席をお借りして一生懸命ノートを写している影山くんを見ていた。
やっぱりかっこいいお顔をしてらっしゃる。髪もさらさらそうだし、顔小さいし。手はゴツゴツとして男の子らしいけど、指先はバレーに影響するのかとても綺麗に整えられていた。
「あざっした。…やっぱり俺運んでくるぞ」
『大丈夫だよ、ありがとう、もらいます。』
そう書いて全員分のノートを持ち上げた。少し重たいけれど大したことはない。私の力でも十分運べる。
しかし、すっと手にあった重みが減った。
「やっぱり半分持ってく。一緒に運びます。」
微妙に敬語になってる影山くんに笑いそうになりながら、この人も頑固そうだなぁと思った
私は筆談はせず、笑顔で影山くんに頭を下げて、一緒に職員室まで向かうことにした。
◇
「ねぇ!!!見たよ!!!一緒に!!!影山くん!!!!」
昼休みになった途端莉央が叫びながらやってきた。
やめてくれ、影山くんも同じクラスなんだから!
ばっと影山くんの方を見たが既に教室にはいなくて安堵した。
「凄い進歩じゃん!!会話して、ノート貸してあげて、一緒に職員室まで行って帰ってくるなんて!!無事でよかった!!!」
莉央はそんなこと言うまで心配していたのか。というか影山くんをなんだと思っているのか。
『全然平気だったよ、影山くん思ってたよりいい人だった』
「そうなの??えー私もお話してみようかなぁー」
そんなことを言う莉央に少しだけモヤッとした。
『もうちょっと莉央に力を借りずに影山くんと仲良くなってみたい』
そして私が出した気持ちは莉央と影山くんを遠ざけるもので自分でも何がしたいのかよくわからなかった。あんなにも莉央に頼りきっていたくせに。
「そんなことを言う日がくるなんて…私泣きそう…」
『お母さんみたい』
「うるさいわ!!でもお母さんの気持ちくらい私も嬉しいよ、頑張ってね、名前!」
私は笑顔で頷いた。
◇
その日の帰り、私はバレー部が活動している体育館の前を通った
いつもはわざわざそちらから帰らないが、影山くんが所属していることを知っていたため少しばかりの興味心だった
「うおおおおおおおおおお!!!!」
叫び声がする。声がする方を見ると影山くんと日向くんが体育館へ向かって走っていた。2人とも顔がとんでもないことになっていた。怖い。
2人とも制服から部活用の服に変わっていた為、少し新鮮だ。影山くんは制服の方が見慣れている為さらけ出した足などを見て少し、胸が高鳴った
私なんかには気づかず体育館へと突っ込んでいった2人を見届け、制服じゃない影山くんを見れたのは収穫があったと思っていいな。などと思いながら家路につこうとした時、目の前に落ちていた物に気がついた。
烏野高校排球部、そう書かれたジャージ。
あの2人のどちらかが落としたのか、はたまた私の知らないバレー部の方が落としたのかわからないがこれは届けた方が良いだろう。
私はそう考え、ジャージを抱えて体育館へと向かうことにした。
◇
既に練習は始まってしまったらしく、少しだけ開けた入口から中の様子を伺うことしか私には出来なかった。
皆さん凄い迫力で…集中してて…邪魔出来る雰囲気じゃない…どうしよう
入って少し歩いたところにマネージャーさんらしき人がいるけれど、そこまで行くのに大きな音を立てて入口を開ける勇気が無い
あぁ、どこまでも意気地無しめ
でもその入口の隙間から影山くんが見えた。
高くボールを放り投げ、助走をつけて力強く打つサーブ
「おぉーう!今日も強烈だなぁー!」
なんて声も聞こえる、確かに力強かった。
しかし私にはそれよりも、どうしようも無くかっこよく感じた。
「あの…何かご用でしょうか…?」
「!!!」
私が影山くんに見惚れている間にマネージャーさんの1人がこちらに気づいて声をかけてくれた
私は完全に影山くんに釘付けだったのでまたいつものようにびびってしまい、持っていたジャージをぎゅっと握りしめた。
それに気づいたマネージャーさんは
「あ…うちのジャージですね!もしかして外に落ちてましたか?」
そう優しくマネージャーさんは聞いてくれた。しかし私は突然知らない人に話しかけられるという最も苦手な緊張感の中1つ頷くことすらままならなかった
「えっと…?」
あぁ、困らせてる。せっかく気づいてもらったのに、どうしよう、め、めも。めも…メモがない!!!
なんで、どこかで落としてきたようだ。と、とりあえず携帯にでもいいから筆談を…っいやそれよりジャージを差し出そう、そしてもう帰ろうっ
極度の緊張と優しい方を困らせてしまっているという状況に私は一刻も早くこの場を立ち去りたい気持ちでいっぱいだった。
しかしそんな余裕が無いくせして、可愛らしく、目がくりくりとした小柄なマネージャーさんを見て、あぁ影山くんの周りにはこんな可愛らしい人がいるのか。もう1人のマネージャーさんはとても美人だし、私なんか…なんてネガティブにはなっていた
「あ、えっと、拾ってくれてありがとうございました!」
可愛らしい彼女にジャージを半ば無理矢理押し付け零れそうな涙を必死で堪えて私は体育館へ背を向けた時
「苗字さん?」
振り返ると影山くんが駆け足でこちらへ向かってきた
「うちのジャージじゃねぇか、落ちてたのか?」
「えっと、さっきそれを聞いたんだけど何も返事が無くて…」
影山くんに聞かれてマネージャーさんが困ったように返事した。ごめんなさい、迷惑かけて、すぐ消えますので
私は影山くんに向けて外に落ちてました!という意思表示で大きく頷いた、何度も
「そうか、ありがとな。誰のか聞いてみる。…あとメモはどうしたんだ?」
何も反応が出来ない私に
「無くしたのか?」と聞き返す影山くん
1つ頷くとそういうことか、という表情をしてマネージャーに向き直った
「えっと、同じクラスの苗字さんだ。声が出なくて話せない。だから筆談なんだけど、メモ無くしたっぽくて話せなかったらしい」
「えっ!?!?…本当にごめんなさい!!そんなの知らなくて返事を催促してしまったみたいで…」
とんでもない!!!マネージャーさんは何も悪くないです!!という意味を込めて引きちぎれんばかりに首を横に振った。
では私は帰ります、と扉の外を指さして手を振る
「あぁ、気をつけて帰れよ」
なんてことないひと言だけど。そのひと言が極度の緊張感に充てられた私には効果抜群で
気づいたら涙がぽろぽろと落ちていた。
「!?」
「あー!!!影山くんが女子泣かしたー!!!」
「なんだとぅ!?」
「うわーいけないんだー!」
「ち、違います!!!…よな!?」
これはいけない、影山くんが泣かせたみたいになってる。私は再度首を横に振った
メモもなく、話すことは出来ないので弁解は出来ないがこれ以上彼がからかわれない為にも早く出よう
今度こそ、影山くんに手を振って私は体育館を出た
そして気づいた。
影山くんに見惚れてしまった事実、マネージャーさんが可愛くてネガティブになった事実、影山くんのひと言で泣くほど嬉しかった事実。
今の排球部ジャージ騒動の中で起きたことだけど、これは紛れもなく
私が影山くんに恋してしまったという事実に直結するのではないだろうか。
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