グレードアップ


カランカラン、扉を開けるといつもの音。


「いらっしゃい!……あぁ!あんたか、2週間ぶりくらいかい?」


「こんばんは、ママ。それくらいになるかな?」


ここは会社から私の家までの通り道にある定食屋。


私はここの家庭的な味付けが好きで月に2回程度のペースで通っている。


ママと言うのはこの店を1人で切り盛りするおばさんの事。おばさんと言うととりあえず刃物を向けてくるからそれは禁句である。


ここの客は皆この人のことをママと呼ぶため、私も何度か通った辺りでそう呼び始めた。


今日は少し残業があった為、20時過ぎにここに着いてしまった為か、人はほとんどいなかった。


いつもは大体定時から直行してきて18時半や19時頃にはここにいるため、こんなに人がいないのは新鮮だ。


「今日は?何にする?」


「んー………じゃあカレーにする!」


「はいよ、ちょっと待ってな。」


ここの料理はなんでも美味しい。そしてなんでもある。メニュー表に無くてもリクエストしたら作ってくれる物も多い。


このメニューの豊富さ、美味しさ、そしてママの優しく温かな人柄もあり、この店は密かに人気のある店である。





ママの作るカレーはとても懐かしい味がする、まさに母の味だ。


本格的なスパイスの効くカレーも美味しくて好きだが、私が定期的に食べたくなるのはこっちの味だ。今日も美味しくて疲れも飛びそう。


カランカラン


「お、いらっしゃい。今日もデカイねぇ。」


「うす、カレーください。」


「はいよー」


私しかいなくなっていた店内にお客さんが来た。


カウンターに座る私の2つ程席を空けて座る男性。


あ、来たな巨人。


彼は何回か店内で見たことがある、背が高い男性。背が高いだけではなく肩幅も大きく、鍛えているのだろうな、と遠目で見てもわかる。


そして私は話したこともない彼のことを勝手に巨人と呼んでいる。だって、目の前に立たれたら体のスケール違いすぎて、うわぁっ巨人!!ってなるに違いないから。


あの人は大抵カレーを食べに来る。カレー好きさんなのだろう。わかります、ここのカレー美味しいよね。


なんてカレーを口に含みながら、味を堪能する。



「はい、お待ち!今日も沢山食べて大きくなりな」


「うす、あざっす!」


いや、ツッコミがいない世界。


これ以上大きくなってどうすんねん!!って誰かに突っ込んでほしい。


自分でつい言いたくなってしまったが、流石に知らない人に対してそんな事言える度胸なんてこれっぽっちもない。


もぐもぐと隣の隣の隣でカレーを頬張る巨人。


同じものを食べてるのに、なんでこんなに人間としての進化の差が出るんだろう?


なんてアホらしい事を考えてると


「ちょっと奥行ってくるから、客来たら呼んでおくれ」


「ん、ひょうかい!」


丁度カレーを口に含んでいたが、そのまま返事をした。しまった、巨人いたんだった。マナーのなってない女だとバレてしまった。


なんて思ったが、この定食屋に来てる時点でマナーなんてものと無縁な事は一目瞭然だろう。


そしてママがいなくなり、店内には私と巨人の2人だけになった。


お互い無言でカレーを摂取する。そう言えば巨人の顔とかちゃんと見た事ないな。イケメンだったりするのだろうか。


なんて見た事もない巨人の顔を想像する、イケメンだったらモテそうだよなぁ背高いし……とチラッと巨人を見ると



「ごほっっ!!…げほっ…!!」


むせてた。え!?


さっきまでそんな事になってなかったよね!?いつの間に!?


驚きつつ、急いでカウンターに乗ってる水をコップに注ぎ、彼に渡す


「の、飲んで!!」


一瞬私を見て目を見開くが、コップを受け取り水を飲んだ巨人。あれ、なんかイケメンじゃないか。


咳き込みすぎてうっすら涙が浮かぶ目に、気づかなくてごめんよ、と少し罪悪感が湧く。


水を飲んで少し落ち着いたが、未だ咳き込む巨人の背を擦る。


「……っげほ、……すんません、あざっす」


「い、いえいえ、大丈夫ですか?」


「はい、もう落ち着きました」


良かった、ペコりと頭を下げる巨人に彼のつむじを見ることができる人間は日本になかなか居ないのでは?などと一瞬でアホらしい事を考える


「……あの、たまに来てますよね」


「…え、私?はい、月に2回くらい来たり来なかったりですね」


「たまに見かけます」


「え!?そうなんですか」


私は巨人のような特徴が無いので、よく覚えていられたな。と感心する


「でも、いつも見る時間帯じゃなかったんであれ、って思いました」


「今日はちょっと残業があって…遅くなっちゃいました。…きょ、あっえっと、貴方はこれくらい時間の方が多いんですか?」


危ない、巨人と本人に対して呼ぶところだった。


「…影山です。俺は時間バラバラです。」


「あ、そうなんですか影山さん。これくらいの時間になることもあるって残業ですか?お互い大変ですね」


まさかお名前を教えてくれるとは。びっくりだ、今日から巨人は影山さんにグレードアップすることになった、大躍進じゃん。


「いや、俺は……えっと、」


「……?あ、苗字と申します!」


名前を呼べずにむずむずしてた影山さんを察知。むずむずて可愛いな、巨人なのに。


「その、苗字さんってテレビとか見ないですか」


「んっ!?」


なんだこの突拍子も無い質問は


「あんまり、見ないですね。大体家では携帯いじってるか……寝てるか、あとはゲームしたりとか?」


とにかく私はテレビを見ない、でもこんな情報誰得だよ。なんで聞いたんだ巨人改め影山さん。


「……そっすか。じゃあ、その、電車とか乗りますか。新幹線とか。駅に用事あるとか」


え、全然脈絡無いんだけど。私は彼とちゃんと会話出来てるか心配になってきた。


「え、駅?用事はないですね、基本移動は車なんで電車や新幹線とも縁がないですが……それが何か?」


「あ、いや。すんません急に変な事聞いて」


電車や新幹線とも縁がないと言った時、一瞬目が輝いて見えたのは何なんだ。


しかも変な事聞いてる自覚あったんだ。


「いや、大丈夫ですけど…?」


「じゃあ、俺今日はもう帰ります。」


いや急だね。


「また、会えたらゆっくり話したいです。おやすみなさい苗字さん。」


「あ、あぁ…おやすみなさい」


そういうや否やお代を置いて店を出る影山さん。なんだったんだ?巨人は空に頭が近いから、凡人とは考えることが違うのだろうか。いやいや、またアホらしい事を考えてる。


終始理解出来なかった彼の事を考えながら食べた残りのカレーは、少しだけいつもと違う味がした。






「ねー、わかる。私も影山選手推しだもん!!」


「いや!でも私は宮選手だなぁ、ファンサ多いし!!」


「えー?絶対影山選手の方がイケメンじゃん!!」


……影山選手?


つい最近聞いた名前が昼休みの食堂から聞こえる


話していたのは後輩2人、気になったので少し聞いてみることにする


「ね、影山選手って誰?」


「え!?苗字さんが世の中のニュースに興味持つなんて……!」


「浮世離れがあだ名なのに……!?」


つくづく失礼な後輩達だ。とりあえず怒りに震える握り拳を見せつけ、黙らせる。


「こわぁ……影山選手って言うのは男子バレーボールの選手ですよ」


アドラーズって言うチームに入ってて、と言ってスマホをすいすい動かして写真を見せてくれた


「……は?」


そこにはカレーの巨人が映っていた。いやいや今は影山さんだ。ん?影山さんだけど影山選手?ん?


「ね、イケメンだと思いません!?女性ファンも多いんですよぉ」


イケメンだとは、思う。実際顔を拝見した時も思ったし。


「サーブも強烈でかっこいいんですよぉ、あと口下手な感じが可愛い!」


「わかるー!不器用そうだよねぇ!!」


「口下手……不器用……」


確かに、そうだと言われればそんな印象を抱いた。


「あとはー…ほら、このCM見てください!このCM結構流れるから、これで知った人もいるくらいですよ」


見せられたスマホを覗く。


「パワーカレーでサービスエース」


影山さんだ…!!カレー食べてるのを見ると余計に感じる。これは、巨人だ。間違い無い。


今思えばあのテレビとか駅とかの話は自分を知らないのか確認していたのだろうか。


たぶんテレビを見ればこのCMとかで見かけることがあるだろうし、駅や電車は試合があると宣伝したりするから。


ふむふむ、段々影山さんの謎が解けてきた。でもあの素振りだと知らない方が嬉しそうだったな、テレビ見ないって言ったら目がキラキラしてたし。


「ありがとう、ちょっと気になっただけなんだ。」


「いえいえー。でも苗字さんが興味持つなんて凄いですね、流石影山選手!!」


いや、実際はカレーを食べてむせた影山さんに興味があるんだけどね


次会った時、どうしようか。影山さんの正体を知ってしまった。知らないフリでもする?でも嘘は長続き出来ないような気が……



………うん、やっぱり隠さないでおこう。むしろ会った瞬間に言おう。最近知りました。有名人なんですね、って言おう。



そう意気込み、次いつ会えるかもわからない影山さんへの第一声を考えた。






「なんでまたあんたは、白い服の日にカレー食べるんだい」


「あ!?………またやっちゃったよ」


「馬鹿だねぇ、あっはっは!!」


店の店主につられて笑う女性


この店でよく見る人だ、俺はカレーを食べながらあの人が話すのを眺める


あの人はいつも楽しそうで、見てるこっちまで笑顔になりかける


飯だっていつも美味しそうに食べるし、挨拶だってしっかりする。よく笑い、よく話す。俺とは真逆だ。


気づけば俺はあの人がいる時、必ず目で追うようになっていた。何故だか分からないが、ずっと見てしまう。


思えば、最初に見た時も笑ってたなあの人。その時に可愛い人だと思ったのはよく覚えている。


それについて、以前あの人の人柄や目で追うことも含めて高校時代の先輩や同級生に話したところ、それは一目惚れってやつだべや!!と先輩セッターに言われた。


一目惚れ、なのだろうか。なんだか思っていたのとは違う。別にビビっと来た訳じゃないし、雷が落ちたような衝撃もない。なのに、一目惚れ?


しかし、そう言われてからあの人を見ると、鼓動が早まるのを感じた。


あぁ、確かにあの人に俺は惚れているみたいだ


でもだからと言ってどうしたらいいのかわからない。


急に話しかけても驚かれるだろうし、もしあの人が俺の事知ってたら。選手としての俺でしか意識されないのだろう。


俺は、俺自身を意識して欲しい。これはワガママになってしまうのだろうか。


なんて悶々としているうちに、なんと話せる機会が到来した。カレーよ、喉につっかえてくれてありがとな。


しかも反応や質問の結果、俺の事は知らないようだ。聞きたいことだけ聞いてしまい、おかしな奴だと思われたかもしれないが、別にいい。


これから距離を縮められたら、とこれからの事を考え、頬が緩んだ。






「……あ」


「……あっこんばんは」



「いらっしゃーい、何にする?」


「んー今日はカツ丼!」


「はいよー 」


噂をすればなんとやらだ。影山さんの正体を知ってしまってからそんな日にちが経たないうちに再会できた。


「こんばんは、苗字さん」


「こんばんは!!……あの、バレーボール選手だったんですね」


あ、やばい、直球過ぎた。


「……はい」


「え、なんでそんな顔するんですか。凄い人じゃないですか!!」


「……そんな、凄い人でもなんでもないっすよ。」



何故そんな謙遜するんだろうか?まぁ日本人だから仕方ないのかな。


「俺の事、知ってたんすか」


「いやいや、つい最近知りました。CMも見ましたよ!パワーカレー!カレー好きですもんね、似合ってました!」


「?カレー好きってよく知ってますね」


あ……いつも見てた事バラしてしまった。不覚。すいません、いつも勝手に眺めてました。そして巨人って呼んでました。


「あーっ…実はいつも見てまして、背高いなーとか特徴的だから、影山さん」


「……そ、そっすか」


あ、引かれただろうか。


「すいません、不快ですよね…」


「いや!!違います!!……その、俺もよく見てて。苗字さんの事」


「え?そんな見るとこありました?」


食べ方汚ねぇなこいつ。とかだろうか…あとは…笑い声がうるさいんだよボケェ…とかかな…


「や、あの……いつも、可愛いなって思ってました」


は。


驚き過ぎて声も出なかった。


「えっと……からかってたりは…?」


「!?してないです!!ほ、本当にそう思ってて……だから、バレーボール選手としてじゃなくて、影山として知り合いたくて……俺の事知らなさそうだったからすげぇ嬉しかったんす。」



そうだったのか。なんて簡単に飲み込めるわけも無い。


え?イケメン高身長なアスリートが?私のことを?可愛いって?そんでずっと見てたよって?知り合いたかったって?



そんな出来すぎた話があるか!なんて言いたくもなるが、目の前にいる影山さんの表情は決してふざけてなんかいなかった。


「……ちょっと、急すぎてあんまり頭が追いついてないんですけど、」


「……すんません、急に変なこと言い出して。」


「いやいや、あの、私も、影山さんかっこいいなって顔見た時思ったし、純粋に、バレーボール選手として立派に試合で活躍しているのは凄いって思ってます」


「…あざっす」


「だから、その……なんですか……私も影山さんと知り合えて、光栄だし、嬉しく思います」


なんか社交辞令感がたっぷりになってしまった


でも、私の顔は赤くなっている、はず。火が出そうなくらい熱いから。


この顔の赤さから社交辞令では無いと感じてはもらえないだろうか。


「……はは、あざっす。嬉しい。」


わ、笑った。巨人が笑った、イケメンが笑うと3割増なんだなあ。なんてドキドキうるさい心臓から学ぶ。



「……あの、苗字さん」



「…はい?」


「俺達お互いのこと全然知らないっすけど、これから知っていったらいいと思うんです。」


「は、はい。」


「だから……」


「ちょっとあんたら、イチャつくなら他所でやりな。」


「うわぁ!!!」


思わず声を上げた私と、固まる影山さん


「ほら、さっさと行きな。お代はいいから。」


「え、ちょ、ママ、」


「幸せにしてもらうんだよ。あと、ちゃんとこれからも来ること。」


これからは2人でね。なんて言って茶目っ気たっぷりに笑うママ。


幸せに、って言うことはやっぱりそういう事なのだろうか


「……うん、約束する!」


「…!……あざっす、また来ます。」


私の返事に目を丸くする影山さん。彼からちゃんと聞いてはないが、私が勝手に返事をした事になるのだろうか。


2人で外へ出て、歩き出す


「……あの、続き話したいんすけど」


「は、はい!!」


「……ははっ元気いいっすね」


そんなとこも好きです。なんて言われて固まる。


そして言った本人まで固まってる、なんで。


お互いに立ち止まってしまう、運が良くここは人通りが多くない場所なので目立ちはしない。


「あ、あの…」


「…はい」


「もう何が言いたいかなんてわかってると思うんすけど、」


「……は、はい。」


「…大事に、します。幸せにもする予定です。だから、俺と付き合ってくれませんか。」


覚悟していたとはいえ、実際に言われると破壊力は凄まじい。


「…不束者ですが、よろしくお願いします」


頭を下げ、少しだけ震えた声でお願いした。あなたに釣り会えるような人間では無いかもですが、よろしくお願いします。


その言葉に花が咲いたように笑う影山さん。あれ、その顔は可愛い、ぞ。ドキィッと胸がおかしなくらいに高鳴った。


「ありがとうございます。……まだ、全然知らないことばっかりなので、まずは名前から聞いてもいいですか」


「はい、なんでも教えます。彼氏なので!」


にぃっと笑って答える


カレーの巨人から影山さんにグレードアップし、影山さんが恋人の飛雄くんにグレードアップした。


未来の飛雄くんは私にとってどんな存在にグレードアップしているのか、今から楽しみだ。

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