大事な人
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「……大丈夫、……だい、じょうぶ、わかってたよ、こんなの」
仲睦まじく並び立つクリエティとショート。
その光景が眩しくて、受け入れがたくて直視出来なかった。
最初からわかってたじゃないか、こんな事。ショートが私の事好きになるはずなんて無いじゃないか。
そんな自分で紡いだ言葉にさえ胸がえぐられ、悲鳴のように嗚咽が漏れた。
大学生活の傍らバイトしていた喫茶店、いつも大体同じ曜日同じ時間にやって来るショート。
う、わ、ほ、本物じゃん。なんて気づいてしまった時運んだコーヒーはガタガタと震えて。なんとか零さず置いた時、彼が吹き出したように笑った。
「……ふふ、大丈夫か?」
わ、…………、その笑顔の破壊力は凄まじく、そして初めて聞いた生の声に耳まで真っ赤になったのは、今思い出しても恥ずかしい思い出だ。
それからというもの、彼は私の勤務時間にいる事が多かってこともあり度々会話を重ねた。
そしてある日、
「……その、連絡先、教えてくれねぇか。」
「れ、…!?ひゃ、はい!!」
「っふふ、相変わらず緊張し過ぎだろ。」
そう言ってまたしても私に笑顔と言う爆弾を落とした彼は、本当に罪深い男だ。
そして一緒に過ごす日々を重ねて、彼の方から交際を申し入れられた。
正直、からかわれているのかな。とまず初めに思った。けれど、それでも良いと、それでも彼と過ごせるならそれで良いなんて思って首を縦に降った。
なのに今、こんなにも報道に動揺し傷ついている自分に呆れてしまう。
わかってたじゃないか、最初から。そんな気はしていただろう。
ぼろぼろと零れる涙、そっか、クリエティが本命だったんだね……。
傷ついたのも、裏切られたような気持ちにさせられたのも確か。でも楽しかった時間もときめきも、優しさも本物だった。
夢を、見せてもらったんだ。
むしろお礼を言うべきなのかな、なんて思いながら開いたトークルームには焦凍くんからのメッセージが沢山届いていて。
『今から話せるか。』
そんな内容に私はただ一言、
『今までありがとう、さようなら。』
そう送信して、携帯の電源を落とした。
◇
あれから数日、バイトは休んで大学に専念させて貰っていた。
とてもじゃないが、お客さんに見せられる顔じゃない。何日経っても引かない悲しみから目元は毎日腫れっぱなし。
友達から心配もされ、失恋した事は話したが勿論相手がショートだなんて口が裂けても話せない。
話したところで妄想じゃね?と言われそうだ。それ程に雲の上の存在。
…………いやほんと、妄想だったら良かったのに。
彼の声も、紡ぐ優しい言葉達も、愛おしそうに触れるその手も、優しく時に強引に触れる唇も、何一つ忘れられない。全てが本物だった証拠だ。
きっと遊ばれただけ、早く立ち直らないと。午前で講義が終わったため、明るい空の下家路に着く。
すると聞こえた騒然とする声、その方向を見るとヴィランが暴れているようで、やめろ!!放せ!!なんて抵抗しているように見えた。
凄いよな、ヒーローって。あんな彼らと戦わないといけないなんて。
改めて生きてる世界の違いを痛感していると、人混みの隙間から見えてしまった。
「…………焦凍、くん。」
ぽつり、漏れ出たように音になった言葉は誰の耳にも届かないはずなのに、
勢いよくこちらを振り返った彼には、焦凍くんには届いてしまったかのように見えて、
ばち、合った視線にたじろぎ逃げようとするが、
「あとは事後連絡だけですわね、迅速な対応ありがとうございました!流石ですわ、ショート。」
………………クリエティ。
目に入ってしまった、写真でさえ直視出来なかった光景。
並び立つ、2人。
…………お似合い、だ。
「名前!!!」
「…………っえ?」
なんて思っていたのに、ショートはこちらへ駆けてきて私を抱き締めた。
「え、ちょ、ショート…………まさかその子が!?」
「あぁ、迷惑かけて悪ぃ、事後報告だけど」
「えぇ!任せて下さい!!ショートはちゃんと話し合ってきてください!!」
………………え?
そう言うとクリエティは踵を返してヴィランの引渡しへと戻ってしまった。
「…………え、しょ、ショートさん、あっち行かなくても」
「…………なんで、」
「え?」
「なんで、勝手にいなくなった!!」
ビリビリと鼓膜が揺れる。
「喫茶店にもいねぇし、連絡しても繋がらねぇし…………でも仕事はしないといけねぇから探しになんて行けねぇのに、」
「ご、ごめんなさ、」
「さよならって、どういう意味だよ…………なぁ……。」
ぎゅうう、力を込められ焦凍くんの匂いでいっぱいになる。
「ちょ、と、とりあえずどこか話せる場所に行こ?ここだと目立って仕方ないから、」
チラチラとこちらを見る観衆。そりゃそうだ、数日前にクリエティとの熱愛報道されたショートが今度はクリエティ放ったらかしで別の女と抱き合ってるなんて、あらぬ噂でも流されそうな。
「このままでいい、目立てば良い。」
「え!?」
「俺は、お前のだって報道させれば良い。…………離れる気なんてねぇからな。」
「…………遊びじゃ、無かったの…?」
「…………遊び?」
「しょ、焦凍くんみたいな人が私のこと好きになるなんてありえないって、遊ばれてるんだって思ってて……クリエティが本命なんだって、」
そこまで話して、焦凍くんを見ると色の違う瞳たちは酷く揺れていて、瞬時にわかった。傷ついてるって、わかった。
「…………んな事しねぇよ、名前より大事な人なんていねぇ。」
「…………ありがとう、ごめんね。」
涙が零れてしまいそうな程傷つけてしまった、まさか本当に大事に思ってくれてたなんて。嬉しすぎて、幸せすぎて。
彼の火傷跡に滑らせるようにして手のひらを押し当てた。
「……私も、焦凍くんが一番大事。」
「…………ん。もう勝手にいなくなるな。」
「ほんと、ごめん。」
「次いなくなったら、全国中継で指名手配犯として探してもらうからな。」
「やり過ぎだよ!?」
「嫌ならもう離れるな。……その、俺も報道されないよう気をつけるから。」
「……うん、お願いします。」
そう言って笑顔を見せると、嬉しそうに笑った焦凍くん。
そして彼は公衆の面前だなんてこと気にせず私に口付け、次の日のニュースはとんでもない事になり、私の怒号が彼の笑い声と共に響いた。
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