年下のあの子


「苗字さん、これお願いします。」


「……はい!頂きました。焦凍くん、今日は終わりかな?」


「……そうですね、この書類で最後です。」


「そか!お疲れ様!気をつけて帰ってね!」


端正な顔立ちに別れを告げるが、中々動かない若手人気ヒーロー。あれ?


「え、と?どうしたの?」


「あの、前々から思ってましたけど、その台詞は俺に言う台詞じゃないと思います。」


「その台詞って?」


「……気をつけて帰ってね。」


「あぁ!!」


言われてみれば確かに。事務所の後輩全員に伝えていた言葉は、実力も兼ね備えたイケメンヒーローには失礼に値したか。


「ごめんね、特に意識せず皆に言っちゃってた。……気分悪くさせちゃってたなら本当にごめん。」


うわぁ、今まで何回言っちゃっただろう。……もはや思い出せないぐらいには言ってしまってる。申し訳ない……。


「いや、そんなんじゃないですけど…………むしろ俺が苗字さんに言いたいです。」


「え?そう?」


「はい、気をつけて帰ってください。……最近夜道にヴィランの目撃情報多いんで。」


なるほど、そういう事か。と頷き心配そうにこちらを見ている心優しきヒーローに笑いかける。


「ありがとう!充分用心して帰るよ。」


「……はい、……あの、……苗字さん、」


「うん?」


まだ何かあるのだろうか、中々帰りたがらない所長の息子さんに首を傾げる。


「……今日、何時ぐらいに帰りますか。」


「え?今日?……うーん、20時くらい?かな。なんで?」


「え、と………………いや、なんでもないです。」


お先失礼します、と今度は逃げるようにして出ていってしまった焦凍くん。えぇ?


一体なんだったんだ、少しばかり不思議に思ったがそんなことを考えているほど暇ではないと、目の前にいる仕事達が訴えかけて来ていたため、私は潔くデスクに向かった。





「……ほう。」


昼休みにスマホで見ていたコラムで、やはり男を落とすには胃袋を掴むことが1番だ、と書かれていて唸ってしまう。


胃袋かぁ…………料理は自炊してるからある程度は出来るけど、私のレベルで胃袋は掴めるのか否か。


「何見てるんですか。」


「うぉ、おかえり焦凍くん。」


「ただいまです、これ報告書。」


「はい、頂きました。」


「それで、何見てたんですか。」


「えぇ?焦凍くんは興味無いよきっと。」


「それでも。苗字さんが何見てたのか気になる。」


うっ。焦凍くんはもうちょっと自身のお顔が整ってることを理解して欲しい。


スマホを覗き込もうと近づけてきた顔は随分近くて、そしてこの距離感でそんな嬉しいこと言われちゃうと、お姉さんちょっと顔が熱くなってしまう。


「これ。男の人を落とすには、胃袋を掴むのが1番なんだって。」


「…………へぇ。」


「やっぱり興味無いでしょ?」


「いや…………落としたい人でもいるんですか。」


「え?いないけど。いつか出会う運命の人の為に勉強中。」


モテモテな彼にはわからんと思うが、私は地味に焦っていたりもする。割と結婚適齢期が近づいているのだ。あんまりぼやぼやしてられない。


「そう、ですか。……苗字さん料理出来るんですか?」


「いやそれをね、考えてたの。私程度の料理の腕前で男の人を落とせるのかってことを。」


「……今度、」


「うん?」


「今度、手料理食べさせてください。」


ぱちぱち、目を瞬かせてしまう。え!?


「え!!?」


「あ……嫌、ならいいです、けど。」


「い、嫌とかじゃないよ!!全然!!ちょっとびっくりしちゃっただけ。」


明らかにしゅん。としてしまった焦凍くんに慌ててしまう。


「え、と、じゃあ今度うち来る?」


一瞬写真撮られたらどうしよ、なんて考えたが事務所の事務員です、と言えば片付くな、よし。なんて思って彼を誘えば


「…………はい。」


嬉しそうにふわりと笑った。


うっ……イケメンだな、ほんと……。


なんて思っているとどんどん近づいてくる焦凍くん。


「え、ちょ、なに、」


「……男を家に上げる意味、わかってますよね?」


………………え?


「楽しみにしてます。」


そう言い残してパトロールに出てしまった焦凍くん。


「え、と、…………ええぇ…………。」


まさか焦凍くんはそういう事で、そういう意味で私を見てて、それで私とそういう関係に…………いやいやいやいや!!!


ゴン、机に頭をうちつけ冷静になる。が、


「…………あんな顔は反則でしょう……。」


去り際に残した色っぽい笑み。顔が熱くて仕方が無い。


いつの間にあんな風に女をたぶらかせる人になったんだ、ほんと。


お姉さんをからかってると、痛い目見るぞ。と教えてやらねば。


と意気込んで焦凍くんを家に招いたが、


彼が抱えていたのは純粋なる恋心で、それを打ち明けられ、迫られ彼を拒絶なんて、出来るはずもなく。


焦凍くんにこれ以上なく甘やかされる生活が始まるなんて、想像すら出来なかった、否出来るわけがなかった。

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