「ヒーロー名?まだ寝ないのか?」
「……うん、事務作業が…………終わってなくて…………。」
ひょっこり。事務所を覗き込んできた焦凍くん。その姿は既にスウェットへと着替えられていて、もうすぐ寝るのだろうと推測出来る。
「手伝おうか?」
「いや、大丈夫。…………焦凍くんには色々とやってもらってばっかりだから……。」
むしろ今年プロヒーローになったばかりなのに、働かせ過ぎてほんとごめんって感じだよ……。
圧倒的に焦凍くんの方が賢いから、事務処理なども焦凍くんの方が速いし、むしろ現場以外で足を引っ張ってんのは私なので、自分の仕事ぐらい自分で終わらせなくては。
「別に良いのに。…………じゃあ終わるまで待ってる。」
「え!?い、良いよ、……ね、寝てて。」
「嫌だ。せっかく同棲してるのに。」
「どっ…………!!?」
「同棲、だろ?」
楽しそうに笑った焦凍くんに顔が熱くなる。
同棲。しかしながら内容としては合っていて。なんでサイドキックになってもらった事で、…………あと彼女になった事で同棲までする事になったかと言えば、
遡ること、独立前。
「いいだろ、親父の事務所だって宿泊設備整ってんだから。」
「いやだからって…………住んでるわけじゃ……。」
「良いんじゃないか?」
「え、エンデヴァー!?」
「焦凍も家を出て、外を知るべきだ。それにお前の元なら安心して送り出せる。」
「い、いや、そ、……そこじゃなくて!!」
「共に住むことか?それも良いだろう。お前たちは、その、……恋人なんだろう?」
「あぁ。」
うわあああ!!?エンデヴァーに何言わせてるんだ私は!?お、お父さんの気持ちよ!!焦凍くんはなんでそんな冷静なの!?
「いずれはそうなるんだ、冷達も賛成してるし良いと思うが。」
「ヴッ……。」
「…………俺と一緒に住むのは嫌か?」
しょんぼり、そんな顔をしてこちらを見つめる焦凍くん。
美形がしょんぼりしてしまって、私の胸はどきまぎしてしまう。
「ち、ちがっ!…………た、ただ…………。」
「ただ?」
「…………家の、中とか。…………恥ずかしいところとか、だらしないところ………………焦凍くんに見せたくないなぁと…………。」
それをきっかけにフラれちゃったらどうしよう、……充分に有り得るから嫌だ……!!
焦凍くんのように立派なお家で、しっかりとしたご兄弟やご両親に育てられたとかそんなんじゃなくて。なんなら10代から一人ぼっちで生きてきたので、誰かと一緒に住むことや、家の中で気を使ったりする事が到底出来る気がしない。
「だ、だから……。」
それに、彼女としても充分に務められるとは思ってない。可愛い、素敵な女の子とは縁遠すぎる生活を送ってきたんだ、なんなら今でもなんで焦凍くんが私のことを好きになってくれたのかもわからない。なのに、その上で、
だらしない格好して歩き回る私や、疲れて死んだように眠る私など晒せる訳が……!!
「見たい。」
「…………………………え?」
なんて?
「そういうところも全部見たい。俺も見せるから、」
「む、無理無理無理!!!そ、そんなの圧倒的に私の方が見るに堪えないって言うか………………しょ、焦凍くんはきっとどんな姿だってかっこいいじゃない…………!」
「…………え、」
「ぜ、絶対だらしないところだって…………私からしたらかっこよく見えるだろうし、…………疲れた顔だって、なんなら寝顔だってかっこいいに決まってる…………!!」
「ちょ、…………えっと、ヒーロー名、」
「なのに、私は!!…………私はそんないつでも人に見られて良いような顔してないし、………………そんな顔、1番嫌われたくない人に、……見せたくない。」
「……………………ヒーロー名。」
って私は何を、と思って焦凍くんを見ると、耳まで赤くして額に手を宛てていた。
「焦凍くん……………………?」
なにかまずい事でも言ってしまっただろうか、……いや全部まずいな。なんなら今からフラれてもおかしくな
「一緒に住もう、ヒーロー名。」
「………………き、聞いてた!?」
「あぁ、聞いてた。だからこそあなたと一緒に住みたい。」
「な、なんで…………。」
「ヒーロー名と一緒だ。」
「…………?何が、」
「俺からしたら、ヒーロー名のどんな顔だって可愛く見えるだろうから。全然平気だ。むしろ見たい。」
「…………そ、そんなわけ、」
可愛い、そんな呪いの言葉は彼に言われてしまうとなんの呪いでもなく、ただの褒め言葉へと変わってしまう。
熱くなった顔が仮面で隠れていて良かった、こんな顔見せたくない。
「大丈夫。…………全部引っ括めて好きだって言ってみせるから。…………だから、一緒に住もう?」
そう諭すように、そして優しく微笑んだ焦凍くん。
そんな顔ずるい、これ以上駄々なんてこねられない。
「………………わかった。」
「……………………………………話は纏まったんだな?」
「あぁ。」
「!!!!!!」
エンデヴァーがいるの忘れてた…………!!!!
な、なんて言う恥ずかしいやり取りを、う、うわ、き、きえた、うわああ!!なんて居心地の悪そうなエンデヴァー!!ご、ごめんなさい!!!
◇
なんてことがあって、こんな事になっている。
なので今私たちは、1階が事務所となっていて、2階が居住スペースとなっている事務所で生活している。
家事などはそれなりに分担して、………………ね、寝る時は一応同じベッドだ。
シングルとダブルを1つずつ用意してあるので、一緒に寝られる時はダブル。どちらかが仕事が終わらなかった場合それぞれ。そんな感じでなんとか落ち着いた。
なので今日のように私だけ仕事が終わらなかった場合、先に寝てもらいたいのだが、
「…………ね、寝ないの……?」
「寝ない、ヒーロー名が終わるの待ってる。」
そう言って事務所の椅子に腰掛けて、小説を読み始めてしまった焦凍くん。
「まだまだかかるよ……?」
「…………そんなに溜め込んだのか?」
「ヴッ。」
「ヴィラン殴ってばっかいないで、事務作業もやれよって言っただろ……。」
「ヴッ……!!!」
情けない。その一言に尽きる。
年下に呆れられる情けないプロヒーロー。こんな姿見せられな…………いや、しょっちゅうネットニュースに上がってるな。ショート、今日も呆れる!!なんつって。
「やっぱり手伝うよ。」
「い、良い!!」
「なんで意固地になってんだ、俺の方が早いだろ。」
「ぐぅっ…………、で、でも、」
「ヒーロー活動の方もちゃんとやる、どっちも両立させるから。」
「…………でも、焦凍くん他にも色々、」
「色々?」
「…………メディア対応、とか。」
「…………あぁ。」
焦凍くんは私の後始末に追われることが多く、現場に留まり易い。その為メディアに取り上げられることも多く、逃げたくなったら逃げても良い。そう教えたのだが、
その結果私にしつこく付きまとうなら俺が対応します、なんて言って彼はメディアへの露出が増えた。そしてその端正な顔立ちはみるみるうちに人気を呼び、今や若手ヒーローの女性人気ナンバーワンなんて地位を確立した。でしょうね。
そしてそれらの人気から、焦凍くんはヒーロー活動に事務処理、家事に加えて雑誌の撮影やグッズの制作などにも度々呼ばれて大忙し。
それなのに私が事務処理苦手だからって、さらに彼に負担を掛けるのはとんでもない話だ。日頃ヴィラン殴ることしかしてない私が頑張らねば。
「それはヒーロー名のせいじゃねぇし、結果として露出が増えただけだ。……だからやらせてくれ。」
「だ、だめ!!寝なさい!!」
「…………それはこっちの台詞だ。」
ム。と唇を尖らせている焦凍くん。
「昨日も一昨日も、遅くまで事務処理に追われてただろ。」
「…………ほんと、…………苦手なもので…………。」
「しかも夜中に緊急連絡来て、ヴィラン確保に行ってたよな。」
「それも…………仕方ない事なので…………。」
「仕方ねぇのはわかる。でも朝になって血みどろになったまま、事務所の入口で倒れてるヒーロー名を見た俺の気持ちを考えろ。」
「…………す、……すいません…………。」
1人で住んでいた頃にもよくあった事だ、夜中に出動して朝方眠気に耐えられず玄関で寝るやつ。
「…………ヒーロー名が大変なのも、色んな人に頼られるのもわかる。だから事務所立ち上げたばっかりなのに忙しいのもわかる。」
「…………ごめん。」
「頼られないよりずっと良い。…………でも、頼れるヒーロー名に俺は頼られたい。」
真剣な眼差し。…………どこまでも優しい子だな。
「頼むよ、手伝うまでは言わないから今日は寝てくれ。」
そう言って私の手を引く焦凍くん。とか言って君は朝になったらこの事務処理を終わらせておいてくれるんだろう。
それがわかっているから腰を上げる気も起きなくて、
「…………でも……。」
「…………でもはもう聞き飽きた。」
え、と思っているとふわりと抱き上げられた体。
「え、ちょ、焦凍くん!?」
「もうヒーロー名は営業終了だ。」
そう言って器用にも私を抱き抱えながら事務所の電気を切ってしまう。
そして階段を上がって行き、私たちのお家へ。
「今からは、…………俺と名前の時間。」
あまり呼ばれない名前にきゅん、と胸を高鳴らせているとちゅ。と軽く口付けられる。
う、うわ、な、流れるように…………年下に翻弄されっぱなしなまま、私は寝室へと連れていかれた。