++我餓死了/シン





 拾ってきた猫が食事を摂らない。
 摂らない、というのはいささか誇張しすぎた表現か。食事の量が少なすぎるのだ。料理人に作らせた料理も、一品二品手をつけ完食すると、あとはもう要らないと皿を後ろにずいっと下げる素振りをする。最初の頃は毒でも入っているのではないかと警戒する様子を見せていたが、今は手をつけるぐらいなので、警戒して食事を摂らないわけではないだろう。むしろ彼女自身が望んでこの場所に出入りしているぐらいだ。単に食事が彼女の口にあわないのか。
 食が進まないのであれば趣向を凝らせば良い。フレンチやイタリアンを出すことが多かったので、味付けや食材を変えて様々な料理を作らせたが、やはり摂取する食事の量は変わらない。



「……なぜ食べない」

 彼女はきょとんとした表情だ。
 豪奢な椅子にソファ、テーブル、来客用──引いては彼女のために用意された部屋には質の良い調度品が並んでいる。2人掛けのソファに座る彼女の目の前には豪勢な料理が並ぶ。シンは彼女が食事を摂るときは1人掛けのソファに脚を組んでその様子を眺めるのがお気に入りだ。小さな口で食物を食む姿が何とも言えず良い。彼女と言えば、じっと眺められると居心地の悪さを感じるようだが、張り手や平手打ちが飛んでこないあたり、そのばつの悪さも許容範囲なのだろう。
 今日は一般的な家庭料理を出した。空芯菜の炒め物、トマトと卵の炒め物、ピータン、湯葉のスープ、豚足。それだけではテーブルが貧相に見えるので、メインとして家鴨を丸ごと焼いたものを。きゅうりや特製のたれと薄く焼いたパンを包んで一緒に食べる。大皿に盛られたそれらを、彼女は少量皿に取り分けて、もう充分だと言った。
 いつもそうだ。これでは、彼女が残した料理のおこぼれを預かれるアキラとカゲトが喜ぶだけだ。あの2人は充分な量の食事をしているにも関わらず、彼女が残した食事をおやつだ夜食だと食べるのである。
 怪訝そうに眉根を寄せたシンに、彼女は至極当然だと言うように返答する。

「違う、量が多すぎるの」
「量が多い?」
「私はあなたほど体が大きくないからそんなにたくさん食べる必要が無いの。ここの食事は美味しいけど、毎食こんなにたくさん出されたら食べられないよ」
「それだとお前が適量だと思う食事量はどれぐらいなんだ」
「そうだな。普段の食事だと、朝は食べないかお粥、お昼はスープとおかず一品とご飯、それかカップラーメン。夜は遅ければ食べないし、食べるとしてもサラダとなにかタンパク質かな。プロテインを飲むこともあるよ。おやつにアイスや饅頭とか食べる日もあるね」
「足りないんじゃないか」

 彼女を見遣る。ウエストは薄く、シンが手を彼女の腹囲をぐるりと囲めば、左の中指と右の中指の先がくっついてしまうかもしれない。内蔵が全て入っているかも疑わしいぐらいだ。腕や足も細く柔らかそうで、なぜこれでワンダラーと戦えているのかが分からない。
 腰を鷲掴んだときにポキリと骨が折れてしまうかもしれない。腕を押さえつけた拍子に肩を脱臼してしまったらどうする。ベッドで脚の健が切れてしまったら。女はふくよかな方が安心できる。それを口に出せばデリカシーが無いだの言われることは明らかなので口は噤んでおく。

「適量だよ。育ち盛りも終わってるんだから」
「アキラとカゲトはお前の倍以上食べる」
「いくら食べてもお腹が空いてるような年頃はもう終わったの」

 客人には腹いっぱいに食べさせることが良いとされている。彼女はこの微々たる量で腹が満たされると言うが、これでは暗点の沽券に関わる。こんなに残されるのであれば、まるでここの料理が美味くないと客人をもてなしていないと言うようなことではないか。
 もっと食べろと言わんばかりに皿を押しやるシンに、彼女は勘弁してくれとでも言いたそうである。

「お腹がいっぱいになると、体が重くて動かなくなるの。活動量が多くない時に食べると太りやすいし。あなたが稽古をつけてくれるなら別だけど」
「いいだろう稽古をつけてやる」
「本当に? 暗点のボスに1対1で……。どうして部屋の鍵を閉めるの」
「さあな?」







20240814


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