++神堕ろし/レイ主



※夜のネオンの間にこういうシーンがあったかもという妄想



 思慕と言うには生ぬるい。恋慕と言うには不純さが交じりすぎている。何と形容すべきか、そう考えたときに、思い浮かぶのは執着の二文字だ。


「レイ、怪我してない?」

 彼女は震える声でレイの頬を撫でた。手が冷たい。すっかりと青ざめた顔の彼女は、レイが怪我をしていないかを確認する。

「すまない。お前の頬に傷を付けた」
「私は大丈夫だよ、致命傷じゃないし、仕事上怪我には慣れてる」
「痕が残るかもしれない。処置をさせてくれ」

 自身の出した氷でワンダラーを攻撃した際、彼女の頬を掠めた。あの場でできた最善の策だっただろう。負傷者も最低限におさめられた。
 氷が頬の薄い皮膚を切り裂き、わずかに血が滲んでいた。表情が僅かに歪んだが、彼女がレイの手を離すことは無かった。
 レイが患者の胸部を切り開き臓器を治すことと同様に、彼女もまたワンダラーと戦うことには慣れている。前線で戦闘を行えば怪我をすることも多いだろう。レイは彼女の心臓の検査のために、普段は衣服で隠れている彼女の肌を見ることがあったが、同じ年頃の女性より傷が多い。医学が進歩したといえど、負傷した箇所を元の状態と同じように戻すことは難しいのだ。
 怪我に慣れていることは、痛みを感じないというわけではない。レイもまた同じように、彼女の頬に触れた。そしてガラスの破片が落ちていない、腰掛けられるような場所を見つけてそちらに移動する。

「血は止まっている。消毒をしよう」

 レイは自身の鞄から消毒液を取り出すと、ガーゼで患部の下を押さえながら、彼女の頬に消毒液をかけた。染みるのだろう。彼女は少しだけ眉根を寄せる。
 会話もなく処置を続ける。一通り終わったところで彼女が尋ねた。

「……レイの手は、大丈夫? 私を引き寄せたとき、どこか痛くしてない?」
「無事だ」
「本当に?」
「そんなに不安ならば触れば良い」

 レイは自身の掌を開く。それを彼女は手に触れながらじっくりと見た。レイよりも一回りも二回りも小さい手だ。しげしげと見つめられ、丁寧に触れられると少しこそばゆいような気持ちになる。
 良かった、と彼女が嘆息した。心の底から安心したとでも言うような声音だ。ここまで彼女が弱っている姿は久しぶりに見た。いつもは飄々としていて毅然としており物怖じしない、快活さを持ち合わせている彼女だ。いつも明るく周囲を照らすようなムードメーカー、レイとは対極なのだ。彼女の顔色はまだ優れない。手もカタカタと震えている。よっぽど参ったのだろう。

「……あなたの手に何かあったら、私どうしようって。あなたの手は、何人もの患者を救う、神様みたいな手だから」
「私が神だとしたら、お前の頬に傷をつけることなくこの場をどうにかしていただろうな」
「軽口を言うのはやめて、違うの。そういうことじゃない。私は、あなたが死んだらどうしようと思った。レイを失うことがあれば医学界の損失は計り知れないと思う。救える患者の命もレイが居なくなったら救えなくなる」
「分かっている」
「分かっているなら、こんな危険な真似はしないで。あなたは一般人で、私はハンターなの。私は特別な訓練も受けてる。常日頃から鍛錬もしている。私は死ぬ覚悟が出来てる。あなたが死んでしまうかと思って、私生きた心地がしなかった」

 彼女が吐露する。声が震えている。きっと先ほどのことを思い出しているに違いなかった。
 ──私のことはいいから戻れ、レイはそう彼女に言葉を発した。今になって随分と酷な決断を彼女にさせようとしていたとレイは思った。レイは命綱を持っていたので、結果として彼女がその決断をすることはなかったが、人を見捨てるか、人を助けて諸共死ぬかなど。いくつか死線を切り抜けてきたレイにとっては出来るものだったが、それでも心苦しいことには変わりない。今でも時折夢に見ることがある。あの場所で異なる決断をしていれば違う世界になっていたのではないかと。
 
「約束して。レイと私、どちらかが窮地に陥ったとき、レイは自分の身を優先するって。……私にはレイしかいないの。もうレイしか、大切な人なの。だから、あなたが死んでしまったら私は、」

 彼女には血縁の家族も含めて、家族と言えるような人はもう居ない。
 言葉を詰まらせながら言葉を発する彼女の肩を抱いた。気丈な彼女が泣いている。もう彼女にはレイしか残っていないのだ。血縁は無い。幼い頃から親交がある、ただそれだけの関係でしかない。だがそれだけが彼女の心を、存在をつなぎとめている。

「約束は出来ない」

 どうして、と力なく彼女が言った。
 私も同じだからだ、レイが続ける。

「分かってくれるか」

 自身の命と彼女の命を天秤に掛けたとき、レイは次もまた彼女の命を優先する。医者として人を救わなければならないという性も戦地での応援で染み着いた考えも、体にしっかりと染み着いているから。だがそれとは別に彼女のことを反射的に助けてしまうだろうとレイは思った。今日と同じように、大切な人が窮地にあれば自らの身を挺して助けるだろう。心よりも体が先に動くのだ。
 レイはばかだ、胸の中で彼女が言った。


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