++まだ大人にならないで/花園百々人


※ちょっと下品なところあり



 花園さんの私への好意は痛いくらいに感じる。愛情をねだるものなのか、それとも恋慕なのか。おそらくそれは親が自身の子供に対するもののように、無償の愛情を求める類のものだ。盲目にプロデューサーという私を求めている。まるで雛鳥が親鳥をついて回る刷り込みだ。けれど時折、時折彼が向けてくる熱に浮かされたような表情と視線に背筋がゾクッとすることがある。




「一回食われちゃえばいいんじゃない?」
「うえっ、ごほっ」
「いいじゃんいいじゃん。アイドルと禁断の恋、年下の可愛い男の子、盲目で一途、もう少女漫画みたいでドキドキしちゃう」

 盛大に咽せる私を預かり知らんとでも言うように、うっとりと目を細めた旧友を冷たい目で見る。そんな無責任なことを、そうこぼすとだって無責任だもん、と元気な返答が返ってきて大きなため息をもう一つ吐いた。
 テーブルの上には缶チューハイと日本酒の瓶が無造作に転がっている。色んな場所に行く仕事柄、各地のお酒をよく購入する。一人で飲んでも面白くないので、そこで友人の出番というわけである。双方土日が固定休では無いので都合が合いやすいのだった。

「向こう未成年なんだけど」
「あと一年もしたら結婚できるじゃん。てか17歳ならセックスも出来るしもう大人でしょ」
「ね〜うちのアイドルそんな邪な目で見ないでくれる?」

 ひょろっとしてる男は長いから気持ちいいよ、と酒を煽る友人に下品すぎると一喝する。
 そんな頭固いから三年も彼氏いないんだよという言葉に、そんな誰にでも股開くから性病なるんだよと矢継ぎ早に返答すれば、やるじゃんという言葉が返ってくる。やるじゃんってなんだよという話である。
 深酒した宅飲みの女たちの会話なんて実際こんなもんである。することと言えば下品な話と恋愛の話だ。

「実際、男の子って母親離れ遅いって聞くし、うちの弟もそうだったけど。でも流石に母親と手繋いでたのは小学生の低学年だったし、抱きしめてキスまでしないでしょ」
「だよね……」
「次はベロチューでその次はセックス」
「本当に下世話で下品だな」






「倉庫に衣装取り行ってきます」
「僕も手伝うよ」
「一人でできるので大丈夫ですよ」

 ぴぃちゃんとせっかくふたりきりになれるから行きたいな、と有無を言わせず彼が言葉を放った。山村さんも行ってらっしゃいと言うばかりで、眉見さんも天峰さんもまたかと言わんばかりの表情をしているので断ることもできない。むしろここで断固として断ってしまったら不自然じゃないか。花園さんと私の間に何かあったという証拠になる。次はベロチューでその次はセックスだねという先日の友人の言葉が脳裏をよぎった。
 倉庫の鍵を左手に、スケジュール帳を右手に持つ。両手が塞がるのがせめてもの抵抗だった。
 かたんかたんと階段を登る音。私の少し後ろを着いてくる彼。少しだけ間が心地悪くて、ありきたりな話題を口にする。

「この前事務所の前に猫が居て、ハチワレの猫なんですけど花園さんは見たことありますか?」
「あるよ。まだ子猫なのかなふわふわしてて可愛いよね」
「たまに黒い猫と毛繕いしてますよね。お母さん猫か」
「最近ぴぃちゃん、僕のこと避けてる?」

 鍵穴に鍵をさし入れたところだった。穏やかな声で花園さんが問うた。
 どうかしましたか、平然とした風を装って尋ねる。必然的に彼はドアの近くに居て、私は奥にいる。しまった逃げ道が無い。書類や衣装が劣化しないように倉庫のブラインドはいつも閉まっている。小さな埃の粒子が舞う。ドアからは向こう側の窓から漏れる光が逆光となっており、花園さんの表情が見えなかった。

「ぴぃちゃんと目が合わない気がする」
「最近忙しかったからかな、ごめんなさい」

 探している衣装の場所なんて心ここにあらずが祟って既に頭から抜け落ちている。どこだったかなと見当違いの場所の段ボールの蓋をぺらりとめくっては元に戻す意味の無い作業だ。どんどんと彼の元から離れるように段ボールの中を探るも、一向に見つからないので入り口に近い場所にあるのだろう。ああだんだんと思い出してきた。すぐに使うからと思って入り口近くのハンガーに掛けていたのだった。
 つまずき転ばそうとする段ボールの角を避けながら入り口の付近、彼の居る場所を目指す。
 目が合わないのは私が意図的にそうしていたからだ。未成年と付き合ってもないのに仕事上の関係だというのに彼に唇を許した。不意打ちだったと思う。だけれど予期はできたはずだ。いつからだったか、表情や顔つきが子供が親に愛情を求めるそれではなくなった。何となく気がついていたのにそれをかわせなかった。
 それでもこの至近距離で目をそらし続けるというのも不自然だろう。どうかしたの、そう言うようにニコリと微笑む。しかし彼の表情は晴れなかった。
 ハンガーにつられた洋服を腕にかける。すると彼は私の手首を力強く掴んだ。抵抗はしない。花園さんは背を折り曲げて、私を覗くように見た。目が揺らいでいる。その目をまっすぐと見つめられるように努力をして、平静を保った様子を装った。実際は心臓が早鐘を打っているのに、おそらく彼は気がついているだろう。手首を、脈を掴まれているのだから。耳の奥でザッザッと心臓の鼓動に合わせて音が響いた。

「ぴぃちゃんが好き。手繋いだ時ドキドキした。キスしたとき続きがしたいと思った。ぴぃちゃんのこと考えて自慰もした。ぴぃちゃんのこと、神様みたいに母親みたいに思ってた。だけど神様と母親にこんなことしない、欲情なんてしない」

 腰が退きそうになる。腕だって振り放してしまいたくなる。けれどそれをしたら彼を傷つけてしまう。
 花園さんの育った環境は特殊だ。度を過ぎるぐらいの合理主義のご両親、殺風景な部屋、ご飯を作るのはお手伝いの人。異常だと思った。彼自身も一番を取ることに執心している。一番を取ったら褒められる、一番を取ったら愛して貰える。一番を取れないんだったら止めて一番が取れるものを見つける。彼と関わるにつれてその行動がようやく見えてきた。
 いつからか花園さんの口からご両親のことを聞く機会が減った。その代わりに花園さんは私のことをよく呼ぶようになった。彼は親の、自分に無償の愛を与えてくれる人への愛情に飢えていた。私が見つけた、私が見出した。ここで私が彼のことを拒絶したら、彼はどうなるのか。なんで起きちゃったんだろうと思うときがある、そんな言葉を聞いたら否応が無しに考えてしまう。布団にくるまって起きてこない冷たくなった彼の姿を。声をかけても肩を揺さぶっても起きることはなく、ただ穏やかに眠るように死んだ彼の姿が脳裏に浮かぶのだ。彼の言葉から滲み出る、必要とされないのなら生きる価値がないということ。彼の中で私の存在は大きくなった。そんな私が拒絶をしたなら。
 吐息の温さがすぐ近くにある。唇が重なりそうになる。手首を握った手が熱い。潤んだ目が私の目をじっと見つめる。花園さんはいつも果物の飴みたいなにおいがする。きっとお菓子をよく持ち歩いているから。その甘酸っぱいにおいが肺の中いっぱいに入ってきてクラクラする。それでもこの先は止めてしまわないと理性が働く。自由の利くもう片方の腕で花園さんの頭を私の首筋に押しつける。そのまま背中に手を回して抱きしめた。すると彼の私の手首を掴んだ手がゆるんで、私は両腕を使って彼を抱きしめる。男性だけれど薄い胸と背中。まだ幼い。彼の頭を撫でて、言う。何か辛いことがありましたか、と。うん、と彼の声が少しだけ震えている。どれだけ体が成長していても、不安で苦しげに人の温もりを求める姿は子供のそれだった。
 柔らかな髪を梳く。これは恋慕ではなく無償の愛を求めているだけだ、そう思った。いやそう思いたかった。彼の心臓は早鐘を打っている。どくんどくんと脈打つ音が伝わってくる。首筋にかかる熱い吐息も、腰に回された腕も、唾液が喉を通る音も、母親に縋る子供のそれではないことは分かっている。それでも後に引けない関係になるぐらいだったら私はいくらでも鈍感に無償の愛を彼にあげることにしよう。







20220720


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